第6話 プルミー・エン・ダイナスト⑥
◇◇◇
プルミーはこれは夢なのだと理解した。
目の前の少女───アンジェリカが現在の彼女よりも幼かったからだ。
この数年で急激に成長を遂げた彼女は今や、抜群のスタイルを誇る美女となったはずなのだ。
「ねぇプルさん! プルさんのフルネームって『プルミー・エン・ダイナスト』よね?」
ああ、そうだ……ん、いや、違うか、正確にはうちの両親が───って、まあそんなことはいいか。
ここでは大した話じゃないだろう。
「ミドルネーム持ちって王族か上位貴族だけじゃない? ってことはプルさんは王族なの? まさかエルフの女王様なの?」
このアルカナ王国でミドルネームを有するのは、王族もしくは上位貴族のみであった。けれどそれは人族の決まりごとであり、エルフの名は当然これらとは別物であった。
「へぇー、ヒトとエルフの名付けは全然違うのね。じゃあプルさんの名前はどういう意味があるの?」
エルフの名前は人のそれと比べると単純なもんである。
彼女の場合であれば、はるか
「へぇー、何だか面白いわね。エン地方のダイナスト氏族だって一人や二人じゃないわけじゃない? なら、その地方に行けば、全員がプルさんと同じ『エン・ダイナスト』の名前を持っているのね」
実際には彼女の名前は
それはそれとして、実際に『エン・ダイナスト』は沢山いる。というかコミュニティほぼ『エン・ダイナスト』だった。
それにしても、今更名前がどうとか、やぶから棒にどういうつもりだ?
「あー、それはね、オネストなんて名前捨てちゃってさ、プルさんと同じ『エン・ダイナスト』を名乗りたいなーなんてさ」
このシチュエーションを覚えている。
恥ずかしげに顔を赤くし、それを帽子で隠したアンジェリカに、プルミーは何と答えたか。
アンジェリカはどんな気持ちでプルミーにそれを告げたか。
そこまで考えて彼女は、ベッドの上で目を覚ました。
◇◇◇
アンジェリカが旅立つ日が近付いてきた。
自分ではわからないが、最近のプルミーが不機嫌に見えたからだろう。プルミーは今朝アンジェリカに昼の仕事を早く切り上げて、少し時間を欲しいと懇願されたのだった。
執務室にて急いで書類仕事を仕上げ、彼女は娘に指定された時間に、ギルドの訓練場へと向かった。
「昨日ぶりです。差し入れの菓子ありがとうございました」
そこにはヤマダと、手をひらひらとさせたアンジェリカの二人が待ち構えていた。
プルミーは二人に頻繁に差し入れしてはいたものの、長居することはほとんどなかった。娘が男友達(?)といるときに長居するのも如何なものかという彼女なりの思いやりである。
何の用だと尋ねようとするも、その前に目の前の少年が急に、
「アンジェを……アンジェリカさんを連れて行くことを、許してください」と頭を下げた。
プルミーは口をパクパクとさせた。
この男は何を言っとるんだ。
これじゃまるで、結婚の許可を取りに来た彼氏じゃないか。プルミーは鈍感ではないので、アンジェリカ達が《光の迷宮》攻略した後も、迷宮踏破の旅に同行するための許可なのだと思い至った。
「はぁー、何をバカなことを急に。私にお願いなどをせずとも、もう決まった話……というか元々そのつもりで私は君に紹介したんだけどね」
「プルさん、違うわ。そういうつもりじゃないの」
アンジェリカが、プルミーを安心させた上で勇者パーティとして旅に出たいのだ。
「ふぅ……君達の言いたいことはわかったよ。ならどうやって私を安心させてくれるんだい?」
プルミーは肩を
◇◇◇
一つヤマダから金属の
「こ、これは」とプルミーが驚いたのも当然のこと。塊の正体はミスリルだった。これだけの量があればその価値は計り知れないものになるだろう。
アンジェリカが緊張した面持ちでプルミーに顔を向けた。
「プルさん、見てて」
プルミーは頷いて「わかった」と娘の
アンジェリカがプルミーでさえ聞いたことのない術式を行使した。
「《
アンジェリカからとんでもない勢いの水がレーザー状に放出され、的ごとミスリルを真っ二つに断ち切ったのだった。
「これだけじゃないのよ」
驚いたプルミーへとアンジェリカがそう言い、ヤマダへと一つ頷いた。呼応するようにヤマダも頷きマジックバッグからモンスターの素材を取り出した。
彼の手にあったのは
ヤマダがアンジェリカの詠唱に合わせてそれを宙に放り投げた。
「《
アンジェリカの詠唱によって、鎌が球状に張られた氷の結界に閉じ込められ、さらに───
「《
彼女が告げると、結界で形作られた球が赤く煌めき、爆発を起こした。そこには
◇◇◇
その日の夕方は宴であった。
そこは娘の成長を喜ぶ祝いの席であり、彼女の前途を願っての送別の席でもあった。
三人ははしゃぎ自然と酒の量も増え、特にヤマダは弱いのか酔い潰れてしまった。アンジェリカにしても礼儀正しいからか酔ってるからか給仕がテーブルの片付けをするのを手伝っていた。
「少し外の空気を吸ってくる」
プルミーは先に十分事足りる量の金貨を渡し、外に出た。
夜の匂いを吸い込みしばらくすると、
「プルさん」
背後から声が掛かった。
アンジェリカだ。
「ん?」
「ありがとう。これまでずっと私を見守って、助けてくれて」
「何を言ってるんだ。私達は家族じゃないか」
プルミーは今なら己の胸の内がするりと出ることに気づいた。だから言葉を続けた。
「『エン・ダイナスト』を名乗りたいって、昔お前が私に言ったこと覚えてるか?」
「ええ、覚えてるわ」
「お前なら名門オネストの当主を目指すことができる。実際には水面下ではあるが、オネストの中には賢者派閥なるお前のための派閥だって、未だに無視できないレベルで存在するしな。だからどちらがお前のためになるのか、ずっと考えあぐねていた」
アンジェリカは黙って耳を傾けた。
「けど、もういいだろ。悩むのにも疲れた。
アンジェ、《光の迷宮》を踏破したら一度ここに戻ってこい。それまでにきっちりと準備はしておく。だから、お前の気持ちが変わらないのであれば、『エン・ダイナスト』を名乗れ」
「それって───」
アンジェリカが口を手で覆った。
「そもそも、お前のことはずっとうちの子だと思っていたんだがな。それでも、言葉にするかしないか、書類にするかしないかの違いは大きいみたいだ」
アンジェリカが感極まり、自分より小柄なプルミーへと抱き付いたのだった。
◇◇◇
その二日後彼女はグリンアイズを発った。
自分達は親子なのだと考えると寂しくはなかった。
一週間ほどすると飛竜便で手紙が届いた。
結構な金額が掛かるはずではあるが三日に一度は手紙が届いた。
内容の半分は聖騎士の少年のことであったので、ぐぬぬと
そして《光の迷宮》に突入する当日に記したであろう手紙が届いた。
◇◇◇
『この手紙が届く頃には、迷宮を踏破し終えていることだと思います。
必ず貴女の元へと戻ります。
アンジェリカ・エン・ダイナスト 』
◇◇◇
手紙が届いてすぐ、勇者パーティによって《光の迷宮》が踏破されたとの吉報が国中を駆け巡った。
しかし娘からの連絡は途絶え、彼女は戻ってこなかった。
◇◇◇
娘の情報は集めていた。
《光の迷宮》の超級モンスターを葬り去ったのも彼女だという。
彼が各々の功績を大々的に発表し、アンジェリカは賢者と呼ばれるに至り、彼は彼女を導いた知恵者と言われた。
直接顔を見てしまったら、悲しみや怒りといったものが綯い交ぜになった感情を抑えきれる自信がなかった。
意気地無しと言われようが、会うにせよ会わないにせよ、せめて一度だけでも連絡を取ってから決めようと、何度も何度も手紙を送った。
けれど、かつては幾度となく交わした手紙は、プルミーが何度送ろうと一度も返ってくることはなかった。
「ああ、それもそうか……」
そうしてプルミーは理解した。
成功を納めた娘はやはりオネストを捨て切れずに自分の元から去ってしまったのだと。
◇◇◇
それから一年ほどが経った。
様々な新造最難関迷宮を攻略したとの報に国は沸いたが、プルミーはあの日以来心にぽっかりと穴が空いてしまったようだった。
◇◇◇
しかるべき情報筋から、その日勇者パーティが極悪な難易度を誇る《刃の迷宮》にアタックするとの情報を得た。
プルミーはそれでも、娘の無事を祈った。
その祈りが届いたのか、彼女の娘は迷宮のボス討伐後も無事に生存することとなった。
ヤマダが《
世界に何かが生じた。
正確には
そしてプルミーは壊れた。
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