第5話 プルミー・エン・ダイナスト⑤
◇◇◇
意思の強い緋色のアーモンドアイは、学園を卒業する頃には、はっきりと曇ることが多くなった。
思い詰めた表情で己の身体を労らずに訓練に勉強にと無茶を続けるアンジェリカ。
見ていられなくなったプルミーが「あまり根を詰めるなよ」とやんわりと
それに溜息を
プルミーはアンジェリカに鬼気迫るものを感じていた。そしてそれと同時に、張り詰めた糸のように、彼女の心がぷっつりと切れてしまうのではないかという切迫感を覚えたのだった。
思えばプルミーもアンジェリカを思い、毎日を我が半身が引き裂かれそうなほど、心苦しい時を過ごしてきた。
これは何も大袈裟なことではない。
クールな彼女を外から見て察することは難しいことではあるが、プルミーは長年を共に過ごしたアンジェリカに、実の娘に対するように、またそれと同時に血を分けた妹に与えるように、無償の愛情を注いできた。
だからプルミーが異世界人であるヤマダを頼るのは、一つの神頼みのようなものであり、アンジェリカを救うための起死回生の策であったのだ。
◇◇◇
御伽話などでその存在がまことしやか伝えられしエルダーエルフ───彼らは天界から降りてきた神の一柱であるとも伝えられるが、それは一つの真実であった。
そんな彼らエルフの始祖たるエルダーエルフがアカシックレコードにアクセスすることで、この世界で用いられているほぼ全ての魔法術式を得ることに成功し、世に広められたとされていた。
だから神が与え給うた叡智をどれだけ正確に理解し、行使できるかといった考え方が、この世界の人々にとって当然の考えであり、そこに疑問を抱く余地すらなかった。
そういうわけで、発動手順や術式の組み合わせ、発動速度や圧縮や拡散などといった発動時の魔力操作などによって現存しない新たな術式を創り出すといった発想は、この世界の人間からは到底産まれようもないものであった。
そしてこの発想の根本にあったのは、ヤマダによってもたらされた拙いながらもこの世界に存在しない科学知識と、山田の大好きだった地球産ファンタジー知識の両輪であった。
彼の知識やアイデアとアンジェリカの魔力操作技術に莫大な魔力量が出会ったとき、ある種の化学反応が起こり、この世界に存在する魔法という概念の位階自体が上昇したと言える。
何にせよプルミーの予感は的中し、彼女の試みはまさに大成功を収めたのだった。
◇◇◇
「帰ったぞー」
「お帰りなさい」
「何だ、また待ってたのか。私に気にせず先に食えと言ってるだろうに」
プルミーは怜悧な表情と言われることが少なくない。実際にエルフの中でも美しいと言われる彼女のことを、ことさらに触れることさえも───もっと言えば視界に入れることさえもが烏滸がましい───というほどに神格化する
プルミーの怜悧というイメージは、そういった
しかし実際の彼女を見てみるとどうだ。
同居人の少女に、
「またそんなこと言って! 私が作らなきゃ、プルさんはよくわからない草をもしゃもしゃして食事を終えちゃうでしょ!」
などと愛称で
少しプルミーをフォローするなら謎の草をもしゃもしゃして食事を終えたことはない。
食卓についたプルミーは、今日もアンジェリカの話を聞く。内容はヤマダと共に為した新しい試みについてだ。それが彼女がアンジェリカとヤマダを引き合わせてからの日課であった。
「それでね! それでね!」と頬を上気させ声高に話すアンジェリカは、これまでの鬱屈した彼女からは考えられないほどに活き活きとしていた。
「ちょっと! プルさん! 何笑ってんのよ!」
私が? 笑った?
「ちょっとー、何自分の顔ぺたぺた触ってんの?」
ようやくアンジェリカは解放されたのだ。
いつ終わるとも知れぬ苦難の道を。
アンジェリカは───いや、私の娘は、縛られた運命から解き放たれ、やっと自らの道を歩んでいける。
そう思った途端、自然と、プルミーの瞳から大粒の涙が零れたのだった。
「プルさん!? 何っ!? 笑いながら泣いてるの?!」
そりゃ泣きもするし、笑いもするさ。
どっちも矛盾する感情というわけではないんだからさ。
今度は、おろおろと心配する娘がおかしくて、彼女は布に顔を埋めて肩を震わせ、笑顔を隠したのだった。
◇◇◇
グリンアイズにて、ヤマダとアンジェリカが行動を共にするようになって一週間が経った。
その間「おいおいちょっと仲良くし過ぎじゃなかろうか」とか「うちの娘に本当に相応しいのか調べてやるか」などとやきもきすることも多かったが、とある情報筋によると、ヤマダ少年は正真正銘の好青年であり、文句のつけようのない優良物件であった。ただし、元の世界に帰ってしまう可能性が大きいことが娘のカレシとしたら大幅減点であるが。
またアンジェリカの毎日の話によると、彼は元の世界でそれなりに勉学を積んでおり、中々に優秀な人物でもあることが察せられた───とそこまで思考しはたと気付いた。
なんだこれ。
これじゃまるで、私は子離れ出来ない母親じゃないか。
まあでも、そうだな、悪くはないな。
彼女は、ギルドの執務室にて「ふふ」っと、一人笑みを浮かべたのだった。
◇◇◇
思えばこの頃が幸せだったのだろう
◇◇◇
その日、アンジェリカが勇者パーティと共に、《光の迷宮》のある街へ向かうことが決まった。
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