第4話 プルミー・エン・ダイナスト④
◇◇◇
今はもう戻らないあの日々。
プルミーにとって二人で過ごした時間は何よりも掛け替えのないものだった。
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赤髪の少女───アンジェリカを預かると決めた際、プルミーは彼女を養子縁組するか迷った。
しかしプルミーは、すぐさまその選択肢を打ち消した。彼女が完全なる後ろ盾になるメリットは大きい。けれどそれと同じ位のデメリットが存在する。
デメリットとはつまり、プルミーは一枚岩ではないオネストの派閥争いのことだ。
プルミーという有数の実力者がアンジェリカに肩入れすることは、オネストの派閥の均衡を崩すことに繋がってしまうことは想像に難くない。
そうなるとアンジェリカに何が起こるか───下手に担ぎ上げられるか───それとも暗殺されるか───彼女はそういったリスクを避けたのだった。
そういうわけで熟慮した結果、プルミーは世間的、対外的には、アンジェリカは王立魔術学園の入学費を自ら稼いでおり、彼女は単なるプルミーの世話人として雇われているだけの人物であるという
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プルミーは衣食住の費用だけでなく、アンジェリカが行きたいと望む王立魔法学園の入学費用やその他諸々の費用全てを出すつもりでいた。しかし当の本人であるアンジェリカが首を振った。
「貴女に寄り掛かって利用するために、貴女の手を取ったのではないの」
少女の言葉に胸が詰まった。
幼い少女は家を放逐されてからの二年間で、大人への頼り方が分からなくなってしまったのだ。
プルミーは困ったように自身の頭に手をやり「そんなことを考えずとも、君は魔法のことだけやればいい」と告げたが───
「けど───」「いやいや、そんなことは気にしなくて───」「それでも私も───」「だからそんなことはしなくても───」「だからといって───」「だからぁ……君はそんなことを考えなくて───」「私がいやなの───」「嫌とかじゃなくてだなぁ、私は君を───」「それはありがたいけれど───」と長い間話し合いが行われた結果、年の功かプルミーが溜息を
プルミーは困った。
魔法の勉強だけに専念させてやりたい。
なのに本人は最低限必要な自分の生活費くらいは自分で払うと主張する。
プルミーは「うーん、うーん」と頭を抱えて考え抜いた末に、アンジェリカに空の魔石に魔力を注ぎ込む仕事を与えた。
そしてその対価としてアンジェリカが通う学校の学費を賄うのだと本人には伝えた。
というのも、この話は表向きで、アンジェリカの収入はプルミーによって管理されており、将来彼女が学園を卒業したときに渡されるように取り計らわれていた。
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そもそもプルミーがアンジェリカを世話人として雇った───というのも表向きの話であった。プルミー自身もアンジェリカにハウスメイドのようなことをさせるつもりは全くなかった。
なのに一緒に住んでいるアンジェリカは、プルミーの身の回りの世話を甲斐甲斐しくこなした。それはもう本当に甲斐甲斐しく、甲斐甲斐しくプルミーのお世話をしたのだった。
「気を使うな。別にそのままでいい。死ぬわけじゃないからな」
プルミーは威厳を持ってアンジェリカに告げた。
そうするとどうだ、プルミーが発した言葉が十倍二十倍になってアンジェリカによって打ち返されたではないか。
「ほんっとにひどい……こんな汚部屋でいたら死んじゃうわ。食事にしてもこれ何? ゴミなの? ガーベジなの? 死ぬの?」
ギルドでは凛々しいマスターであるプルミーの壊滅的な家事スキルに、呆れ果てたアンジェリカが自ら進んで行ってくれたのだ。
プルミーの与えた魔石に魔力を注ぎ込む仕事にしても、何も単純に労働としての仕事を与えたのではなかった。そこには彼女なりの意図があって少女に任せられたものであった。
意図───それは端的に言うと、少女の潜在的な魔力量を徹底的に鍛えるためである。
プルミーの出身地では「潜在的な魔力量の全てを開眼させるには、魔力を全て使い切ることが効率的である」と言われていた。
ただ魔力操作の訓練が、上達と共に激しい苦痛を引き起こしたのと同様に、魔力量の底上げのために魔力を使い切るという行為も、術者に耐え難い倦怠感を引き起こすとも言われていた。
長命のエルフであれば、狩りなどの戦闘で時折魔力を使い果たしていればいずれ魔力量は限界値に辿り着くが、定命の存在たる人間───それも、一刻も早く才能開花が待たれるアンジェリカには時間の猶予もない、とプルミーは考えたのだった。
毎日地獄のような倦怠感であったろうが、プルミーが「どこにでもある栄養剤だから気にするな」として高価なマジックポーションを毎日毎日大量に与えた。そのお陰もあり、少女は逆境を乗り越えられたのであった。
◇◇◇
それはある日のことだ。
夜はふけたが、静けさにはまだ早い時間であった。しかし冬の寒さが顔を出し始めたからか街の喧騒も収まり、静寂と共に、窓から差し込む月明かりが部屋を照らした。
プルミーは喉の乾きを覚えて、部屋を出た。
リビングに気配を感じた。
彼女がそっと覗くと、そこには所在なげに立ち尽くすアンジェリカがいた。
「どうした?」
「……何だか眠れなくて」
少女が力なく答えた。
プリミーは何も尋ねず、しばし考えた。
「そうか……座って待ってろ」
彼女は、手早く冷蔵していたミルクを取り出し温めた。最後に蜂蜜を加えてかき混ぜるとアンジェリカに手渡した。
「飲んだら良く眠れる」
少女の苦悩は少女だけのものである。
寄り添うことはできるが、完全に理解することはできない。
少女が助けを求め、心の内を話すのなら良いが、プルミーから無理やり聞き出すことはしない。彼女は相手の心の中に土足で踏み込むことの愚かさを知っていた。
それでもただちびりちびりと舐めるようにミルクを飲む少女を見て、プルミーは胸が締め付けられる気持ちであった。
「今日は寒いな……だから付き合え」
アンジェリカがミルクを飲み終わりカップを片付けたのを見計らって、プルミーは彼女の手を引いた。
「何を……?」
「いいから来い」
言葉よりも大事なものもある。
「今日は寒いからな」
プルミーはそのまま少女を自分の部屋に連れていきそのままベッドに倒れ込んだ。
「湯たんぽの代わりだ」
顔を赤くしてじたばたと抜け出そうとするアンジェリカであったが、プルミーは拘束を緩めない。彼女は元来不器用だし、そもそも自分のしてることが正しいかどうかはわかっていない。それはそうだ。プルミーだって、少女と暮らした経験などないのだから。けれど、プルミーが幼少の頃、辛いことがあったときは、両親からこうして慰められた。両親と共に寝たとき、心まで暖かかったことを覚えている。
その日、体温の高いアンジェリカに抱きついたままプルミーは眠りに落ちた。こっそりと拘束から抜け出したアンジェリカは、世話を焼くようにプルミーにはだけた布団を被せると、彼女ももう一度布団に潜り込んだ。少女は、いつのまにか久々にぐっすりと眠りについていたのだった。
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プルミーは今でも思い返す。
見る者が見れば分かる、アンジェリカの精緻なまでに統率された魔力線と、底の見えない魔力量は、彼女を預かった当初から最上級のものであったが、学園を卒業するときには、歴代最高と言わしめた賢者に比肩するほどへと成長を遂げていた。
しかし、少女は大人へと差し掛かり、学校を卒業したが、それでも───初級魔法使いを脱することは叶わなかった。
◇◇◇
少女の苦労を知っていた。
幼少期の頃からの鍛錬も、十を過ぎた頃からの逆風も、今も自室で一人涙してることも、プルミーは知っていた。
エルフたるプルミーの教えでも、少女の素質を花開かせるには至らなかった。
秘伝とも言われる彼女の教えの全てが、無為に終わった後、彼女は失意の中、アンジェリカに必要なものは、これまでこの世界に存在しなかった何らかのブレイクスルーなのだと悟った。
そうした時だった。
異世界人ヤマダから報告が上がった。
彼のパーティがこれまで難攻不落であった《新造最難関迷宮》の一つ《鏡の迷宮》を攻略したのだった。
もちろん人類を脅かす迷宮を踏破したことに喜んだが、それ以上にプルミーは「これだ!」と感じた。
彼ならばアンジェリカにブレイクスルーをもたらすことができると、プルミーは確信を抱いたのだった。
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