第3話 プルミー・エン・ダイナスト③
◇◇◇
探索者達への仕事の斡旋が
プルミーはそろそろランチでもと、身体をほぐし伸びをすると執務室を出た。
「あの、初めてなんですけど────」
するとそこで、みすぼらしい格好の少女がカウンターの女性に声をかけるのを見た。魔法使いの帽子の下にはあの真紅の赤髪が。
「これはこれは、オネストのお嬢さんじゃないか」
高鳴る心音を抑えるように意図し、プルミーは少女へと声を掛けた。
少女の表情は、どこか
苦労したものな……プルミーは胸が詰まりそうになった。
「ごめんごめん、別に嫌味を言いにきたわけじゃないんだ」
表情には悲哀をおくびも出さずに軽やかに伝えた。
それでも少女は怪訝な表情を浮かべた。
「おや、何度か食堂でお会いしてるけど、覚えてないかな?」
少女の表情からは、猜疑心が伺えた。
年端もいかない少女のその表情に、プルミーは哀しかった。
「───私のことを知ってたの?」
「『知ってたの?』もなにも君は有名人だ。ちょっとでも魔法使い界隈の話をかじっている人なら誰だって知ってる。
その昔勇者と共に世界を救ったとされる賢者と同じ赤髪の少女。知らなきゃ
ジロリとした瞳が『私に声を掛けたのには何か理由があるんでしょ?』と雄弁に語っていた。
「おや、そんな目で見ないでくれよ。君のことは前から知ってたんだ。いや、正確には君が食堂で働いていたときからずっと声を掛けるタイミングを伺っていた」
プルミーは意識せずに「やっとだよ」とこぼした。
「失礼。私はこの街でギルドの統括をしているプルミー・エン・ダイナストだ」
「私は、アンジェリカです」
ただのアンジェリカ。
彼女は家名は名乗らなかった。
それが痛々しかった。
「ようやく、君に声を掛けることが出来たよ。君と話をしたいと食堂の夫婦には何度も何度も許可を取りにいったんだけど、『アンちゃんは将来ウチのところの嫁になるんだ!』『魔法なんて忘れた方がアンちゃんのためにもなるんだ!』ってにべもなくてね」
そんなわけないのに───
プルミーは思い出すだけで腹が立った。
「君が魔法を捨てることなんて絶対にないのにね」
その言葉はプルミーにとって『人間は息をしなければ死ぬ』などと同様の、当たり前過ぎるほどに当たり前の事実を口にしたものであった。
「どうして───」
眼の前の少女が掠れた声でプルミーへと尋ねた。
「それは君が将来
プルミーの言葉に、赤髪の少女の目が見開いた。
「私が……?」
「そう、君が」
「どうして?」
少女の瞳が揺れた。
「どうしても何も私の"勘"だよ」
絶対的なことなんてわからない。
だからこそプルミーは、自分の感覚を大事にしていた。
「私なんて、中級魔法すら使えないただの───」
少女の言葉は尻すぼみに消えていった。
これまでに損なわれた自尊心と、それを認めたくない気持ちとがせめぎ合っているように思われた。
「ただの、何だい? 欠陥品とでも言うつもりかな? 《
少女を指す《
そこには『特権階級であるオネストが憎い』だとか『初代と同じ赤髪のくせに』だとか『魔力量が多いからって調子に乗りやがって』といった内外問わずの様々な妬みや嫉みといった負の感情がべったりと貼り付いていた。
そんなものを少女が気にする必要なんて
「ごめん違う違う、こんなことが言いたいわけじゃなかったんだ!」
焦ったプルミーは顔の前で手を振り、少女に、少女自身の正体を伝える。
「《賢き者》のスキルと、聖女にも匹敵するほどの魔力を持つ、歴代最高の資質を持つとされた少女。彼女は才能にあぐらをかかずに血の滲むような鍛練を続けていた───」
鍛練は辛かったろう。
しかも『あの食事処』での激務の隙を縫っての鍛錬だ。
「───けれど彼女はその欠陥ゆえか、実家から放逐されることとなった。そんな少女が、今なお、実家から離れたこの街で絶え間ない訓練を積んでいる」
プルミーが目を凝らした。
少女の魔力線が鮮烈に光を帯びた。
光は最後の日に見たそれをゆうに上回っていた。
「『魔力のコントロールは訓練の賜物』と言われるように、魔力コントロールは訓練次第でどこまでも精緻なものになる。けれど、長年生きるエルフと異なり、定命である人間は
「どうして、ですか?」
少女がキョトンとした表情で尋ねた。
「それがあまりの苦行だからだ。一定以上のコントロールを持つ者がそこからさらに鍛えると、度を超した苦痛と倦怠感がもたらされる。これに耐えられる者は多くない」
プルミーは言葉を続けた。
「だから中級魔法程度を使用するのに、精緻なコントロールなんて必要ないという大義名分のもと、ほとんどの魔法使いは訓練をやめてしまう」
少女は己を見誤っている。
「かつて君が十歳の頃に私は一度だけ君を見た。オネスト本家を訪れたときに、君が訓練所で行使した初級魔法の弾幕を見たとき、心の底から震えたよ」
幼い頃にその全てを否定された少女が、何を考えているのかは想像にかたくない。
今もなお、プルミーの話を聞きながらも己を卑下しているのだ。
どうせ『そんなものは大したことではない』とでも思っている。だから分からせるためにもいっそう強い言葉を使う必要があった。
「悪く思わないでくれよ。今のオネストの人間はバカばかりだ。君と同じことを出来る人間がこの世界に何人いるというのか」
微かながら少女の顔に色が差したように思えた。
「私には見えるんだよ。君の体内の隅から隅まで走る、異常なまでに統率された魔力線がね。ああ、なぜオネストのバカ共にはわからないのか」
プルミーは
「初級魔法しか使えない───それは逆に言えばネックはその一点だけということだ。たったそれだけのことで、君の才能と魅力は一点も曇りはしない」
プルミーはまあしかしと続け、
「所詮は私もしがない
伝えるべき言葉があった。
「私のもとへ来ないか?」
少女が逡巡したのがわかった。
しかしそれも一瞬で、彼女は何かを決意した表情を浮かべると、プルミーの差し出した手をぐっと握りしめた。
「よろしく、お願いします」
そして少女は満開の笑顔を見せたのだった。
◇◇◇
「ああ、」
プルミーはあの日を忘れたことはない。
確かにあの瞬間、二人は家族となったのだ。
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