第7話 プルミー・エン・ダイナスト⑦

◇◇◇



「大丈夫ですか?」


「あ、ああ、大丈夫だ。すまないな」


 大丈夫ではなかった。

 アルカナ王国が《刃の迷宮》攻略に沸いたあの日以来、プルミーはぼーっとしたり、一人でぶつぶつと呟いていたりといった、普段の知性溢れる彼女からは到底想像できないような姿を見せていた。

 それだけでなかった。頭を押さえ込んで肩を震わせうずくまったりといった彼女の明らかな異常が度々目撃されていた。

 

 見かねて声を掛けたギルド職員だけでなく、おおよそ全ての職員がプルミーの異常を察知し心配していた。



 数日前のあの日のあの瞬間・・・・・・・・彼女は執務室で吐血し、そのまま倒れた。

 意識を失った彼女は血の海に横たわり、相談に訪れた副ギルド長にようやく発見され救助されたのであった。




◇◇◇





 世界がおかしいのか、己がおかしいのか。

 このような疑問が湧いてきた時点でおよそ後者が正解であったりする。


 しかし、たとえ万に一つ、いや、億に一つ、世界の方がおかしかったとしても、それを信じてひたすらに主張することは───






◇◇◇



 隠すことの出来ないほどの不調で、仕方なく後回しになっていた会談があった。相手は王都で国王の補佐を務めるマディソン宰相であった。


 予定日は緊急的なもので、《刃の迷宮》を勇者パーティが攻略した翌々日であったが、不調である旨を伝えるといったん延期となった、が重鎮のくせにやけに軽いフットワークでマディソンはすぐさま単身グリンアイズへと訪れた。


 グリンアイズのギルドマスターの部屋の扉が二回ノックされた。

 プルミーが「どうぞ」と答える前にガチャリと扉が開いた。せっかち過ぎる。

 プルミーにそんな非礼をするのは彼しかいなかった。

 全くデリカシーのないおじさんであった。


「見舞いがてら来ましたわい」


「ああ、すまないな。面倒を掛けた」


「いつもみたいに『デリカシー』がどうとか小言はいわんのですか?」


「…………」


「なんぞ、重症ですな」


 マディソンは怪訝な顔をすると、遠慮なく客用の机の椅子にどかっと腰を落とした。彼は見舞品として持参した袋から果物を取り出すと、それを一つプルミーにポンと手渡した。


「皮くらいは御自身で剥いてくだされよ」


 プルミーが返事をせずに手元にあるオレンジをじっと見ているのを見て、マディソン宰相は一つ溜息をいた。


「貴女からの手紙には体調には問題ないと書いてあった。けど今の貴女を見てると、実際のところ如何なもんかとも思いますが、そこはまあ置いておきましょう」


「ふん、せっかちな奴だ」


「せっかち上等。本題といきましょう。今の貴女が『体調不良でない』として、それなら一体何故そのように、苦しそうな表情をしておられるのですか?」


 マディソンが射るような瞳を向けた。


「貴女は何をそんなに悩んでおられるのか」


 プルミーは顔の前で手を組み目を閉じた。

 彼女にとって話をするには多少の時間が必要なのだろうと、マディソン宰相はプルミーが口を開くのを待った。


「君の心遣いはわかったよ、マディソン。

 けど申し訳ない。君の質問には答えられない。そして断ってしまった手前、非常に言いにくいことなのだが」


「何ですかな?」


「私がこれからする質問に、何も言わずに答えてはくれまいか」


「貴女がそう言うのでしたら、それは必要なことなのでしょう。

 ええ、ええ。構いません。

 何でも聞いてくだされ。私の出来る範囲で構わないのでしたら答えましょう」


 プルミーは何も聞かずに彼女の言い分を飲んだマディソンに「君の心遣いに感謝する」とだけ伝えた。


 心の準備なのか、プルミーは一つ、ふうと息を吐いた。


「率直に聞きたい。勇者召喚の儀式が行われ、無事に二人の少年がこちらの世界へと呼び寄せられた。

 その内の一人を、君は監視し続けた。

 ここまでは間違いはないか?」


 マディソン宰相は何も言わずに頷いた。


「この少年の勤勉さや、熱さに絆され、君はを陰ながら応援していた。そしてのことを、自分の娘と結婚させてもいいというくらいに評価していた」


 プルミーはここで「私が言ってることに何かおかしい点があれば遠慮なく言ってくれよ」と注意を促した。


「やがて、の尽力の果てに聖女ミカと共に《鏡の迷宮》が踏破された。そこで踏みとどまることなく、努力と研鑽の末には複数の迷宮を踏破した」


 マディソンは「何も間違えてはおりません」と応じた。


「そして、つい先日、は聖女ミカ、魔法使いアンジェリカ、剣聖エリス達と共に、あの最凶と称された《刃の迷宮》へと潜り、無事に踏破し、生還を果たした」


「私に伝わった話とほぼ同じですな。間違いはないかと」


 マディソンの言葉に彼女は「そうか」とだけ呟いた。


「聞きたいことはまだある」


「なんなりと」


「今、私が話した彼───少年のことだ。

 その少年の名は、ヤマダイチローで間違いはないか?」







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ギフトをくださった方に近況ノートにて感謝を述べさせていただいております。

それから読者の方にテンポ云々言われて非公開にしたお話をサポ限の方に加筆修正して載せております。



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