第4話 彼と私を繋ぐもの
○○○
聞きたくない名前だった。
全てを忘れてしまいたかった。
俺の心情に関わらずクロアの話が続く。
「研究や発明が競合したとき、ほとんどの場合は利益の独占を狙ってそのままどちらが先に完成させるかを競い合います。
けれど未知の技術や理論が複数必要となり完成が困難であり、なおかつ完成によって莫大な富を見込める場合には、競合してる者同士で完成に必要なお互いの発見を互いに納得の出来る評価を付けて、共有することで、より早い完成を目指す場合があります」
アノンは「ふむふむ」とフードを被っててもわかるほど首を前に振り、前のめりにクロアの話に耳を傾けていた。
「その場合は、両者が互いに相手の発見した理論を利用することで、どんどんと次に必要となるものの研究に着手し、開発を目指します。目的の物が完成したときに、それまでの評価を元に互いの利益の配分を決めるのです」
視線を外した先でこちらを見ていたセンセイと目があった。こちらを慮った表情であった。
「この《
ああ、なるほど。
クロアの競合相手が───
「パフィ姫が僕の研究の競合相手でした」
○○○
「そう言えば、確かにこの国の姫様は才女だと
アノンがクロアの説明を補足した。
俺が出会った当初も彼女は『魔法発展の世界的停滞』について研究していると言っていた。
「恥ずかしながら当時の僕は、この分野にかけては自分こそが一番優秀だと思っていましたので、パフィ姫には手痛い一撃をもらいましたよ」
映像の中のクロアは幼い少女のような
「そんなわけで、
俺が教えて欲しいと言えばなんだって教えてくれた。
この世界のことを何も知らない俺に、彼女は丁寧に優しく、俺が理解出来るまで何度だって教えてくれた。
時には得意げに『えへん』と胸を張り、俺が褒めると顔を赤くして『えへへ』と恥ずかしそうに笑ったのだ。
確かに彼女は姫としても研究者としても優秀だったのだろう。けれど俺の知る彼女は、誰よりも情が深い、思いやりのある年相応の少女だった。
「僕は彼女のことを尊敬してました。本当に彼女は、国民の間で噂されてるように高潔で、いつだって民を思いやれる慈悲深い人でした」
「そんなこと───」
思わず口をついた。
そうだ。そんなことは知っている。
彼女はいつだって国民のことを考えていた。
どうすればみんなの生活を向上出来るか、問題が起こればどうすればそれを解決出来るか、いつだって彼女は───
「そんなこと?」
声に出していた俺にクロアが不思議そうに尋ねた。
アノンとクロア、そしてセンセイの瞳が俺に向いた。
「いや、何でも、ない」
俺はどうしてもその先を言葉にはできなかった。
○○○
気を取り直しクロアが話を続けた。
「彼女について色々と話しましたが、パフィ姫と一緒に研究をしていた期間は実際のところ、それほど長くはないんです。大体二週間ほどでしょうか」
クロアは一体何を言いたいのか。
感謝の言葉ももらったし、もうこの話は終わりでいいじゃないか。
「それから驚くことにパフィ姫は、僕との共同開発の前に、魔術ギルドでそれまでに提出された僕の論文を取得し内容を把握し、《
否応なく思い出す。
パフィのふんわりとした朗らかな笑顔がかわいかった。当時の俺は毎日が心細く彼女の存在に何度も励まされた。
クロアの話は勇者召喚が行なわれた直後のものだ。ならば彼女は、俺に笑顔見せたその裏で歯を食いしばって頑張っていたのか。
「衝撃ですよね。僕があれだけ頭を悩ませたことをたったの一週間という短期間で成し遂げてしまうだなんて。
彼女がセーフティを解除した時点で、それまでの僕の研究に加えて、仮にその時点から僕が一人で完成まで漕ぎ着けたとしても、彼女の功績に対して五分五分にも持っていけやしない」
クロアが一息で喋った。
当時を思い出して感情のまま話してるようにも思えた。
「にも関わらず、パフィ姫は《
二割がどれくらいになるのかわからないけれど、クロアが納得しているのなら、それは奥ゆかしくも謙虚な申し出だったのだろう。
「パフィ姫が仰りました。
『貴女達のクラン《
私はそれを聞いたときに胸がいっぱいになってしまって───確かに言葉に出来ない感情というのは存在したんです」
アノンが「ほほぉ、それはそれは」と答えた。その意図は伺えない。
「その代わりに彼女は、一つの条件を提示してきました」
「条件?」
俺は馬鹿みたいにオウム返しで尋ねた。
「彼女の提示した条件───それは《瞬間転移装置》の名称でした。
完成したら
じゃあこいつに付けられた名は───
「《
もう、
「当時は映像の魔導機がなかったので、音声のみの会話でしたが彼女にその由来を伺ったところ───」
もう、
「異世界の寓話で心に残った動物である《
もうやめてくれ───
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