第3話 鶴翼の導き(クレイン)

○○○


 クロアは《瞬間転移機器》と言った。

 あの国民的アニメの代名詞とも言われる《どこでもトビラ》みたいなものだろうか?


「これを使えば瞬間でどこにでもいけるってこと?」


 尋ねたのは俺だ。

 さすがにそんな魔法みたいな道具があるだなんて簡単には信じられないだろ? 魔法のある世界で何を言ってんだって感じだけど。


「ロウさん、確かに将来的にはそれも可能となると思いますが、残念ながら今の所そこまでのことは出来ないんですよ」


 クロアの返答に対してアノンが興味津々に「というと?」と具体的な話を促した。

 そりゃ、このような世紀の発明を前にしたら、誰しもが冷静にいられないだろう。


「まずこの《瞬間転移機器》には名前があります。正式な名称は《鶴翼の導きクレイン》と言います───と言っても僕が付けた名称ではないのですが」


 まあ、それは追々おいおい説明しますね、と彼は話を戻した。


「この《鶴翼の導きクレイン》はついになる機器があってはじめて正確に発動します」


つい?」


「そうです。簡単に説明しますと、この《鶴翼の導きクレイン》は、対になる機器を遠所に設置することで、その場所へと瞬時に移動出来る魔導機器なのですよ」


 なるほど、どこにでも行けるわけではなく、先に定めた場所にしかいけないと言いたいのか……しかしそれくらいはデメリットにはなり得ない。


「いずれは対になる機器なしでもある程度の精度で、場所を指定した上での移動を可能にしたいのですが」


 おお、すっげぇと興奮していると、ふとセンセイの食いつきが良くないことに気づいた。

 もしかすると彼女ならば自力での瞬間移動が可能なのかもしれない。底が見えなくて末恐ろしいまである。


「五年ほど前くらいには既に、研究の方向性は決まっていたんです。それからちょこちょこと魔術ギルドに論文を提出し、並行して特許なんかも取得してました。それとから驚かれるかもしれませんが、実は《鶴翼の導きクレイン》はポータルを元に創られた物だったりします」


 アノンが「あっ」と声を上げ「確かに、ポータルの移動性能を考えたら転移に応用出来そうではあるね」と述べた。


 俺もお世話になったポータル。

 ダンジョンからの瞬間的な帰還を可能にする、探索に必要不可欠なアイテムである。

 特に最初に潜った《鏡の迷宮》では、迷宮探索を進めるごとにポータルを設置して帰還、しっかりとその階層の対策を立てて然る後に再びトライする、といった一連の流れを何度も何度も気が遠くなるくらいに繰り返した。

 それもこれも、ポータルが無ければそもそも成り立たない作戦であった。

 ポータルを何度となく用いていたのに『一瞬で帰還出来るだなんて、素晴らしいアイテムだなぁ』としか思わなかった俺にはどうやら発明の才能はないみたいだ。


「僕はずっと以前からポータルこそが《瞬間転移機器》を開発するカギになると考えていました。ポータル自体が、理論の大半を理解されぬまま決められた手順で細々と作られている、ロストテクノロジーを代表する代物しろものなので、研究は大変難航しましたが」


「ああ確かに。アレらはわからないことが多すぎる」


 クロアの説明にアノンが同意した。


「そもそも未知の魔導機を創ろうということでしたので、直面した問題はどれもこれも一筋縄ではいかないものでした。既存の技術や知識を組み合わせるだけでなく、多くのブレイクスルーとなる新たな閃きが必要でした」


 ブレイクスルー。

 既存概念の突破。

 多くの場合に常識を打ち破る必要があるとされる。

 それがどのようになされたのか興味が湧かないわけがない。


「転移に用いる莫大な魔力をどうするかという問題や、転移先を正確に指定するにはどうすればいいか───これらの問題は私一人で解決するに至ったのですが、どうしても私では解決出来ない問題が立ちはだかりました」


「解決出来ない問題?」


 魔法理論にも精通したアノンが聞き返した。


「そうです。ポータルにはそもそも『迷宮から外、外から迷宮』以外の場所へは、転移先を指定出来ないようセーフティロックが組み込まれてました。

 このロックが曲者でして、ポータルの理論を根本的に理解できていない私達には、どうしても解除することのできないものでした。

 けれどポータルを《転移機器》として改造して用いるには、このロックを解除しなければなりません。そしてこれこそがポータルを《瞬間転移機器》へと利用する試みにおける、最大の難所でした」


 クロアが次の言葉を選ぶのに一瞬だが逡巡した───ように見えた。


「もう言ってしまいますが、実際の所、これを成し遂げたのは私ではありません」



 嫌な予感がした。

 急激に鼓動が高まるのを感じた。



「今でも覚えていますよ。

 あれは確か、貴族や上位クランやパーティに、勇者召喚が行われたという話がまことしやかに伝えられた少し後───一週間と少しが過ぎた頃でしたかね。クランのメンバーが研究室に慌てた顔をして飛び込んで来ました。

『ポータルのセーフティを解除する理論が提出されました』ってね」


 当時を振り返ってクロアが少し苦い顔をした。


「まさか他の方に先をいかれるとは思わなかったですけど、それ以上にもっと驚いたのはそれを成した人物です。まさか彼女・・に先を越されるとは」



 俺の嫌な予感は当たる。

 これは確信にも近い予感だ。



「それを成した人物は、この国の姫君であるパフィ姫でした」


 天を仰いだ。

 伝えるべき言葉を必死に探した。

 だけどどうしても見つからなかった。


 

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