第4話 宰相⑤/ 裏:《是々の剣》強奪

◇◇◇



 マディソン宰相は怒りで我を失っても、その一方では冷静冷徹に計算を続け───そうしてようやっと、己の感情を何とか押し込め、国のために新造最難関迷宮の全踏破を優先することにした。


 対新造最難関迷宮のために用意した人員には、勇者が挑戦する迷宮とは異なる迷宮にあたってもらい、勇者がどこかで失敗したときには前もって用意していた人員を回せばいい。


 それにしても───だ。

 問題が消えたわけではない。

 勇者を大人しくさせなければならない。


 日夜増え続ける無駄な支出に関しては、教会の彼奴・・と一緒に対処することに決めることができた。けれど勇者の態度の悪さを訴える市民の非難の声は、日に日に大きくなるばかりであった。


 いくら勇者と言えどこのまま放置は出来ない。どうにかして釘を刺す必要があった。


 正直な話、やり過ぎるてもいいという決断を一度でも下してしまったなら、遠慮なく果断な策を用いることも出来ようが、様々な状況を鑑みて、ここまで躍進を遂げた勇者を急に消す、などといった強行策は中々に難しいものがあった。


 日和ったわけではないが、別の策を用いなくてはならない。さて、ならばどうやって勇者をコントロールするか───


 どこの世界やどこの文明であろうと、人間を縛りつける方法というものは限られてくる。

 金銭、人間関係、権力、宗教、暴力。

 この世のあらゆる方法は結局のところ上記の五つを用いた方法に集約される。


 ならばこの愚かな勇者に対しては、どの方法を選ぶのが適切か。


 そもそも、だ。この世界の人間全てを見下している勇者に、家族や恋人を人質に取ったりなどといった方法は効果がないだろうし、憎たらしいことに恒常的に大きな金額を渡してるパフィ姫のおかげで金銭的な方法で彼を縛ることも不可能である。


 信仰心を突く方法は論外。

 ならば残りは二つ。

 直接的な暴力で彼を縛るか、それとも権力の脅威を知らしめるか。


 しかし、ここで宰相は、誤った。


 宰相の下した判断は、まずは使いの者を出し、勇者へと直接「これからは国としてもこれ以上の狼藉は許さない」という旨を伝え、それでも更生が見られない場合には直接的な方法に出る、という段階を踏んだ対処法であった。


 彼は残る二つの選択肢から直接的な支配を選んだものの───まずは最低限の良心や常識を相手に求める穏当な方法を選んだ。


 なぜマディソン宰相は判断を誤ったか。単純な話だ。宰相は勇者をこちらの勝手で召喚したことに対し、意識せずとも罪悪感を抱いていたのだ。またそれ以上の理由を挙げるなら、宰相の相手にしていた人物は良心や常識なぞ一片足りとも持ち得ない───ヒトの皮を被った怪物だからだ。




◇◇◇




 竜宮院王子は愚かではあるが実のところ、全くの無能というわけではなかった。


 空気や時勢の読めない態度も、異世界に来てからは、その必要がなかった・・・・・・・からしてないだけで、かつて彼が学生であったころであれば、彼は人脈と、それを得るための人心の掌握こそがこの世で成功するために最も必要な方法であると理解していた。


 畢竟、彼は、他人が己をどのように見て、どのように感じてるのか、それらを察知する術に長けていたのだった。


 前回のエリスの謝罪により大荒れした会談のとき、宰相が開始当初から、時折、己のことを探るような、それでいて忌々しげな視線を向けていることを、竜宮院は目敏く見逃しはしなかった。

 そのとき竜宮院は宰相は安心して相対できる人間でないことを感じ取っていた。


 だから竜宮院が何かを企み、物事を進めるためには、マディソンの目の届かないところで秘密裏にことが運ばれるのは、自然な流れであった。



◇◇◇ 



 是々の剣アファマティブが奪取された。

 執務室で書類仕事をこなしていると子飼いの部下から、そう報告が上がった。

 マディソン宰相は我が耳を疑った。


 これまで封印の話は嫌というほどに伝えられてきた。

 数世代前の先祖から伝わった、封印領域の危険性も嫌になるくらい聞かされたし、それが事実であることと、封印領域に関連する秘中の秘も含めた全ては宰相就任時に伝えられていた。


 もはや当時の人間はほとんど生存していないが、国には未だに残る傷跡があった。かつての副都心は一度死の街となり、当時から長い年月を得ようともかつてのような復興には程遠かった。死者を多く出しただけでなく街は破壊し尽くされ、瘴気に冒された土壌が完全に元に戻ることはない。


 ただ、封印領域は代々語り継がれてきたことではあるが、お話の中の出来事、眉唾物の御伽話と考える者も少なくはなかった。

 しかし存在を秘匿された是々の剣アファマティブを奪取した、ということは実行犯はおおよその話が真実であることを知っていた人物───国の上層部の人間、もしくはそれに近しい人間だと自ずと推察された。


 マディソン宰相は実行犯はもちろん、与した人間全てをすぐさま捕えたのち、極刑に処すべきだと考えた。



 しかし、実行犯の名を聞いたとき、絶望に近い感情を覚えた。

 実行犯は聖女ミカ、魔法使いアンジェリカ、剣聖エリスの三人だった。


 彼女達は勇者からの指示でことに及んだのだ。ああ、愚かにもほどがある。


 問題はそれだけに留まらなかった。

 マディソン宰相に気付かれないように行われていた竜宮院からの根回しが、単純にしてあまりにも強固であったのだ。


 通常ならば手出しすれば極刑を免れない《是々のアファマティブ》の封印を破るという行為。そんな掟破りも、聖女にして教会の聖女派閥の筆頭であるミカからの働きかけと、パフィ姫とアルカナ王による国からの許可によって、ほぼ完璧に許されることとなった。



 これが決定打であった。

 勇者は宰相の定めたボーダーラインを軽々と飛び越えていった。

 宰相はもはや、王へと具申も談判もしなかった。

 これより事態の解決に奔走することが確定している宰相の胸の内は、マグマのように煮え滾った灼熱の怒りに支配されていた。



◇◇◇



 ここまでのことをしたんだ。

 やるだけのことをやってみろ。

 ことが済むまでは黙っておいてやる。

 けど失敗したときには───

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