第3話 宰相③ / 裏:《時の迷宮》への挑戦

◇◇◇



 宰相はレモネのギルドから言伝に溜め息をいた。

 差出人はレモネのギルドマスターであるバレンであったが、その手紙は勇者からだった。

 内容は以下である。


『英雄たるこの僕が、アルカナ王国に住む民の安寧のために、新たなる新造最難関迷宮への探索に着手しよう。まずは僕が満足するに足る支度金を用意し、踏破に絶対必要となるS級パーティのリストを送るので、彼らも僕達に帯同するように国として話をつけておいてくれたまえよ』


 マディソン宰相は目頭を揉んだ。

 国からS級大手クランへと依頼をするということは、もちろんそれに見合うだけの対価が必要であった。対価を支払ったとしても、金銭的なやりとりとは別に相手に対し『貸し』を作ることに他ならなかった。


 依頼を果たした褒美に、適切とされる金銀財宝を渡したからといって、国の命に従ったという事実は消えることはない。

 いつかどこかで、彼らが何らかの都合を必要とした際に、国側が便宜を図ってやるというのが、法ではないものの、S級クランとの間に存在する不文律のようなものだった。



 けれど、実績のある勇者パーティが最も凶悪とされる《新造最難関迷宮》である《時の迷宮》を攻略すると言っているのだ。彼らが実際にこの迷宮を攻略出来るのなら、安いものだろう。Sランククランへの貸しと、《新造最難関迷宮》の攻略とを比べ、宰相は頭の中で計算機器を打鍵したのだった。


 宰相が少年に抱いていた信頼や尊敬や情熱といった感情は、彼ら勇者パーティの長い休息期間の内に、とっくに霧散していた。

 宰相の勇者に対するスタンスは、もはや単なる利害のみであり───今後彼をどれだけ利用出来るか、ということのみに集約されていた。



◇◇◇



 宰相が勇者パーティに対してここまで評価を下げることになったきっかけは、単純に何か大きいやらかしがあった、という性質のものではなかった。


 それは日頃宰相へと送られてくる、部下からの勇者パーティの報告───そのものが問題であった。


 内容はあまりにも低俗で下劣だ。

 勇者によって日々行われる酒池肉林。


 彼は姫から送られた支援だけでは飽きたらず、迷宮踏破により一儲けした財の多くを既に溶かしたと聞いた。


 しかし、かねてより「英雄、色を好む」という言葉もあるにはある。であるのなら、まさに英雄を体現する彼の蛮行には目をつぶるべきなのかもしれない、とそのことに関しては・・・・・・・・宰相は己を無理矢理に納得させることにした。


 宰相が懸念───いや、感情的な部分で、どうしても勇者を認められない点は別にあった。




◇◇◇




 勇者と、レモネギルドのギルドマスターであるバレンとの会談の内容ももちろん、宰相の耳へと届いていた。


 その会談では、勇者は献身的に相談に乗ったバレンへと罵詈雑言を投げ掛けたというではないか。恩を仇で返すとはまさにこのことであった。


 この頃になるとマディソン宰相は、これまでのことを踏まえ、一つの事実に気付いていた。

 日頃から他人へと平気な顔で悪意の言葉を投げ掛ける勇者───彼が人を貶める際によく用いる言葉は「野蛮な」「文明的でない」「未開の」「猿」などの単語であった。


 それが意味することは、勇者は、この世界に存在する全ての人間を下に見ているという事実であった。


 一般人や貴族問わず、そして王や宰相のみならず、この世界の神に仕える神官や聖女でさえ、彼からすると蔑みの対象なのだ。


 そして、何より、宰相が一番許せなかったことは、自らの背中を預けたパーティメンバーに対しても、同様のセリフを日常的に浴びせていたことだった。



 怒りは彼の判断を加速させた。

 元々この世界の人間自身で迷宮踏破するべきであると、その方法を巡って奔走していた宰相である。

 彼は、それが可能か不可能か、そしてやるかやらないを別にして万が一・・・勇者が事故か病気などで突然消えてしまったとして、その後どのようなことが起こり、それに対してどのように対処すればよいかというシミュレーションを何度も脳内で繰り返すくらいには勇者に見切りを付けていた。



 バカにするなよ小僧。

 確かに助けてくれと頼んだのはこちらアルカナ王国だ。

 だからと言って何をされてもへらへらと笑って許してやる云われはないんだよ。


 マディソン宰相───彼は己の政敵となる者やこの国を脅かす者であれば、これまで容赦なく葬り去ることで長きに渡って王の統治を支えてきた人物であった。




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