第2話 宰相②

◇◇◇



 マディソン宰相は彼のことを今でも思い出す。その都度に胸を痛めた。




◇◇◇




 あれは彼がこの世界に召喚されてから二週間と少しが経ったころだったか。

 アルカナ王から悩みがあるからとプライベートで呼び出された。

 よりにもよって、王の執務室の奥にある、王と親しい身内以外は誰も知ることのないプライベートルーム───そこで話があると言付けがあったのだ。


 これまでにそのようなことは数えるほどしかなかったので、宰相たる己が気付かない内に政治的敵対勢力が暗躍しているのか、もしくは、帝国や神国からの我が国へのちょっかいがあったのか、などと何やらまた面倒なことでなければいいが、と胸中でやきもきしていた。


 しかしそれは全く杞憂であった。




◇◇◇



 互いにコレクションのワインを持ち寄った王と宰相であったが、何やらもぞもぞと言いあぐねる王の口が滑らかになるまで、内心で溜め息を吐きながらも宰相は王へと、積極的にワインを注いだ。


 そうしてようやく王がぽつぽつと語り出したと思ったら、今度はおいおいと涙を流し始めた。

 すわ、何ごとだと、身構えるも、王の口から出たセリフは「パフィ姫が恋をしてるのだ、どうすれば良いか」というものだった。

 王から年甲斐もなく笑い話のような相談されたときは、彼は口をあんぐりと開けたまま言葉を失った。


 

 しかし、話を聞いてみるとどうだ。

 パフィ姫の恋の相手───それはどうも、召喚によって呼び出された少年の内の一人であった。

 宰相本人ですら、将来このままいけば、彼は傑物になるだろうと内心で太鼓判を押した方の少年であった。


 普段であれば王に対し、必要とあらば、意見具申することを躊躇わなかった宰相も、この件に関しては、特に少年に対するネガティブなことは何も述べず、その場をやり過ごすことを選んだ。




◇◇◇



 そろそろ王も酔いも回り「どうすれば」「我が娘」「パフィ」「相手の男が憎い」「けど」「嫌われたくないのだ」などの単語を組み合わせ自動で文章を生成するBotの様になったころ、宰相は内心で笑みを浮かべていた。


 元の国へと戻りたいという少年の意思の強さ。

 宰相はそれこそが、過酷な訓練の原動力であることを知っていた。

 だからあの頑固な少年が、この国───アルカナ王国に残ることはないだろうと理解もしていた。


 けれど、もし、万が一、少年がこの国に残り、パフィ姫と一生を添い遂げたいと願い出てきた場合は、自分こそが、彼の後見人になり、二人の行く末を見守ることも良いのではないかとも夢想していた。


 そして、問題は目の前の王である。


 王が強権を発動し、二人が人生を共にすることを認めなかった場合はどうすべきか───


 姫が駄目ならそれはそれで構わない。

 この国を支える宰相たる自分にも愛娘が二人いる。

 だからその内の一人を、少年の元へと嫁がせてもいいのではないか、いや、その方が良い。そうすれば、自分達は家族となるではないか。

 あれだけの思慮とタフさとバイタリティがあればどの分野でも成功を収めるはずだ。

 彼のような人材を取り込むことこそが我が国のためにもなる。


 宰相は善は急げだ、とばかりに立ち上がり、その際に足がもつれて、そのままお尻から転んだのだった。


 彼自身も、ミイラ取りがミイラと言うべきか、王へとワインを勧める内に、自分自身にもとうの昔にアルコールが回り切り、思考の暴走をとめてくれるはずの理性が弛くなっていたのだった。




◇◇◇



 マディソン宰相は酔いが覚めても、酔っていた時のことを覚えているたちであった。だから翌日になり素面に戻ると、昨日の己の思考になるほどと思う反面、呆れもしたのだった。やりすぎだバカ、と。


 他人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んでしまえ、というのはかつて召喚された勇者より伝えられし格言であった。


 宰相自身も、彼がこの国に残ればという打算、そして上手くいけば自分の娘とも、などというちょっとしたよこしまな気持ちがあったが、この格言に従い、極力彼の恋路には関わらないことに決めた。




◇◇◇




 しかし、それでも、あの日、あの時、マディソン宰相は己の感情をどうしても抑えきれなかった。

 彼は、己の全身の血液が沸騰するような感覚に陥ったのだ。

 激情や憤怒といった言葉こそが、彼の強烈な感情を表すに相応しい単語であった。



 あれは少年が旅立つ日であった。

 宰相はあの日の激情を決して忘れることはないだろう。



 パフィ姫の少年に対する思い切った告白に驚いたし鬩壹>縺溘@菴墓腐縺薙>縺、縺ェ縺ョ縺九→鬆ュ縺梧偵j縺ァ豐ク鬨ー縺励◎縺�↓縺ェ縺」縺溘りヲ��倥r蠕励★縲∝、ァ螂ス縺阪↑縺ョ縺ァ縺吶∵�縺励※縺セ縺吶→螳」縺�スシ螂ウ縺ォ縲√%繧後∪縺ァ蠖シ縺悟スシ螂ウ縺ォ蟇セ縺励※謚ア縺�※縺阪◆隧穂セ。縺ョ蜈ィ縺ヲ縺ッ縲∵アコ縺励※陦ィ縺ク蜃コ繧九%縺ィ縺ッ縺ェ縺�′縲∝ョ悟�縺ォ蝨ー縺ォ關ス縺。縺溘�縺�縺」縺�





◇◇◇





 あれは少年が旅立つ日であった。

 宰相はあの日の感情を忘れることはなかった。

 パフィ姫の少年に対する思い切った告白に驚いたし






◇◇◇





 あれは少年が旅立つ日であった。

 宰相は出発する彼の言葉に密かに涙を流した。

 そして、パフィ姫の彼に対する思い切った告白に、まさにお似合いの二人だと、内心で喝采を上げたのだった。





◇◇◇




 少年が出立した後、彼によってもたらされた功績は凄まじいものであり、もはや全ての国民の知るところである。


 それなのにどうして───


 宰相は思い返す。

 潮目が変わったのはいつだったか。

 それはやはり、彼らの《刃の迷宮》踏破の報が届いてからだろうか。



 勇者パーティの支援には国の根幹が携わっており、踏破にはこの国の未来が懸かっているのだ。国が、彼らのパーティを監視し、情報を集めない訳はなかった。


 彼らが出立してから集められた少年の情報と、《刃の迷宮》踏破後の彼の情報は、まるで同一人物のものとは思えなかった。


 かつての話だ。

 行く先々で、困難を抱えた人々に「おいおいそんなこと気にすんなし」「泣くんじゃねぇべらんめぇ」と笑い飛ばして、解決の手助けをしていた彼は───宰相にとって高潔で、何よりも美しかった。


 そんな彼は、今となってはもはや、どこにも存在しない。

 淫蕩に耽り、贅を尽くし、民へと罵声を浴びせる。

 これが今の彼であり、それこそ───まるで離脱した聖騎士が乗り移ったようだった。




◇◇◇




 マディソン宰相の悩みは続く。

 健気なパフィ姫は、通常の仕度金に加えて、自らの財を切り崩すことで、少年へと定期的に仕送りをしていた。

 とは言え、その金銭は全て、もう一人の聖騎士の少年の贅沢によって浪費されてしまったという話も聞こえてきたけれど……。


 それはそうと、パフィ姫が少年に仕送りする額を耳にしたとき、マディソン宰相は己の耳の病気を疑った。

 彼女の美しい口か零れた金額があまりに非常識であまりにも莫大だったためだ。

 こうして宰相は、姫をとがめるかどうかに頭を悩ませた。



 けれどそれすら、今となっては笑い話だ。


 問題はパフィ姫だけではなかった。

 彼女の意見ならおよそ全てのことに頷いてしまう王にも問題があったのだ。


《刃の迷宮》を踏破して、以前のインターバルとは比べものにならないほどに長い休息を取った少年は、次の迷宮を探索すべく、それまでの拠点から最も近く、最も大きな街であるレモネへとおもむいた。


 この時を境に、少年はそれまで以上にタガがはずれ、取り返しの付かない判断ミスをいくつも重ねることになるのだった。



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