インタールード☆☆

第1話 宰相①

◇◇◇



 ノディス・アルフレッド・フォン・アルカナ。

 それが彼───アルカナ王の正式な名前であった。


 王というのは、国の最も大きな歯車であり、国の顔である。もっと極端な言い方をすると、彼は《アルカナ王》という機能であり、それ以上でもそれ以下でもなかった。


 だから彼を一個人としてただの『ノディス』と呼ぶ者は、身内や親しき者に限られる。そしてその数少ない親しき者の内の一人こそが、アルカナ王国を支える英傑マディソン宰相であった。


 表立って口にする者はいないものの、アルカナ王を中心にまとまっていた忠臣達───国の上層部はしかし、今現在、実質的に二つの派閥へと分かたれようとしていた。


 もちろんそれは水面下での話であり、今のところは国が崩壊したり、国が分断したりといった大事に至るような事態ではないが、ただそれでもアルカナ王に対する不信感や不満が、徐々にではあるが、高まりつつあることに違いはなかった。



 貴族間でまことしやかに囁かれ、静かに、そして確実に存在するとされた派閥は王派閥と、彼の忠臣にして友であるはずの宰相の派閥であった。


 しかし、今はまだ、宰相が王を支えるべくかしずいている状況なので、多くの貴族が静観を決め込んでいる。けれど、今の状況がこのまま続けば、国にとって最悪の事態が起こるやもしれないと、腹の中ではそのように危惧する上級貴族もぽつぽつと現れ始めていた。



◇◇◇



 酔った宰相が家族の前で一度だけ、アルカナ王の【王】の資質について零したことがある。


 彼の語ったノディス王の【王】としての資質は、可もなく不可もなくであった。

 ただし彼なりの多少の身贔屓を加えると、歴代国王の中でも中の中の上辺りではないかと目算を立ててはいたが。

 しかしそう語った後に宰相は恥ずかしさを隠すように鼻を鳴らし、言葉少なにこう付け加えた。


「普通の王───それは、決して悪いことではない。むしろ現在の国の状況に合致した、非常に好ましいものだ」


 彼の言葉からその胸の内全てを察することは難しい。しかし、まあ、つまるところ分かりやすく説明すると以下の様になる。


 賢王と呼ばれる人物の多くは、これまで見たことも聞いたこともないような、何らかの制度や道具などを作ったり、それらを採り入れたりといったイノベーションに長け、数多くの試みを成功へ導いた王であった。


 要するに、怖いもの知らずで、先見の明のある王を賢王と呼んだのだ。


 また愚王の多くは、能力が足りないくせに己は賢王たり得ると振る舞う王のことをいった。

 見る目がなく考えなしの人間が、新たな制度や道具を採り入れるなどといった行動を起こせばどうなるか火を見るより明らかである。

 愚王が新たな試みに着手する度に国民は苦しみ、国の歴史は破壊され、土地が使い物にならなくなった、というのも実際に過去にあった話なのであった。


 前述のどちらのタイプの王でもない現アルカナ王は、問題が起こるまで精力的に動かない王であった。

 そもそも国はそれなりに裕福で、国民もつつがなく生活している。

 己が下手に手を出さない方が国のためにもなる、もし問題が生じたらその都度解決を図れば良い、というのが現アルカナ王の考えであり、その考えは、マディソン宰相が鑑みても、全くのその通りであると言えた。


 むしろだからこそ、平和な国を回すには、波乱を巻き起こす賢王よりも凪の中でどっしり構えているノディス王のような人物こそが相応しいのではないか───要するにマディソンという厳し過ぎる男は、友人である以前に王であるノディスをそれなりに評価していたのだ。


 しかし宰相には、王に対して首を傾げざるを得ないことがあった。


 彼は、娘───パフィ姫に甘かった。

 そう、現アルカナ王は彼女を溺愛していた。


 万が一、パフィ姫が国宝級の宝石を欲しいとねだれば、娘のためにもその宝石を取り寄せることを躊躇わないくらいの溺愛振りであった。


 幸いにも、パフィ姫が美しさのみならず、幼い頃からそのようなことをしないだけの分別を持ち、成長された今では聡明さと、分け隔てのない優しさを持つ少女となったので、彼女が無茶なおねだりをすることもなく、娘のためならなんだってやってしまう父親のご乱心が発揮されることはなかった。



 だからこそマディソン宰相も、王の娘への溺愛に口煩くせずに、呆れるに留めていた。

 それなのに───


 今回の件は、彼にとってもまさに青天の霹靂であった。まさかこのようなところから、国に綻びが生じるだなんて夢にも思わなかったのだ。




◇◇◇



 そもそもの話である。

 マディソン宰相は異世界から勇者を召喚することに対して否定的であった。

 彼はこの世界のことはこの世界の人間で何とかしなければならないと考えていた。


 だから彼は賛同者を募った。

 マディソン宰相は国内有数の武力貴族や、ギルドや大手クランにも大きな力を及ぼす武力大臣などといった懇意にしている人物に声をかけて回った。するとどうだ。異世界召喚に反対し、《新造最難関迷宮》は自分達の力だけで攻略するべきだと考える者達は決して少なくなかった。


 踏破不可とされたアルカナ・・・・王国・・にある・・・《新造最難関迷宮》の攻略であったが、マディソン宰相は彼ら───武力貴族達と会合を重ね、これから共同でことに当たろうと話をまとめ上げ、ようやく成功できそうな足掛かりが掴めたと、ほっとしていた。


 これはそんな折の話だ。

 宰相が安心したのも束の間であった。

 よりにもよって話し合いを詰めるために王都を発っていた、その隙を見計らって、鬼のいぬ間に───もとい宰相のいぬ間に行われたのは、賛成派による召喚術式の強行であった。

 彼らの苦労は水泡に帰したのだ。


 そしてこれこそが、山田一郎の長きに渡る苦難の始まりであった。



◇◇◇


 

 年端もいかぬ少年ではあるものの、彼らの持つ素質は比肩する者がないほどであった。

 ゆえに彼らの心根が、その性質がどのようなものであるか見極めるためにも、マディソン宰相は二人の少年を己の目で監視する必要があると考えた。

 もちろん監視などといった仕事は、本来ならば彼のような上の人間のすることではない。当然ながら部下に任せても良かった。


 けれど、彼らを監視───いや、見極め、見守ることは、未だに動物すらあやめたことのない、彼らをこの世界に呼び寄せ、騒乱に巻き込んでしまうことを阻めなかった自分の責務であると考えたのだった。



◇◇◇



 一人の少年はマディソン宰相が受け持ち、もう一人の少年は共に王家を支えるべく邁進してきたとある公爵家が受け持つこととなった。


 宰相が自身で見極めんとした少年は非常に威勢の良い少年であった。彼は召喚の場でも家族のために帰らねばならないと嘆願していた。


 宰相は彼のことを場をわきまえない愚か者とは思えなかった。彼からは忍耐と胆力と頭の回転の良さを感じた。

 そしてそれは間違いではなかった。



 しばらくして彼の訓練が始まった。

 凄惨とさえいえる訓練内容に、興味本意で訓練所を覗き込む侍女達が悲鳴を上げた。


 ひたすらに叩かれてのされた彼はあっという間にずだ袋へと姿を変えた。それを見計らい伏せった彼に数人の回復職の女性がおずおずと近づいた。彼女達によって回復を施された少年は、辛いだろうに、己を鼓舞するように声を上げ立ち上がった。


 宰相は目を覆いそうになった。

 手を下ろし、それを踏み留めさせたのは、彼を見届けなければという責任感であった。

 

 訓練をつける騎士達が肩で息をした。

 回復職の彼女達は魔力回復に努めてローテーションを組むこととなった。

 彼の訓練は一日の内の十五時間にも及んだ。



◇◇◇



 宰相は今でも当時のことを思い出す。

 彼は少年の地獄とも言える訓練を連日見届けた。そして一週間が経ったころには、彼は己が見極めるなどと、増上慢な自身に気づき、己を恥じた。


 少年は、弱音も吐かずに、何度だって立ち上がった。

 彼を見ていると、自然と涙腺が弛んだ。

 己の失ったものがそこにあった。

 自身の不明を、怠慢を、恥じた。



 その日彼は少年───リューグーインへと差し入れでもしてやろうと密かに心に決めたのだった。 




 


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