第21話 星空

○○○



 バーベキューなんて肉を切って焼くだけでしょ───などというのは素人の陥りがちな勘違いだ。ただここでは細かいことは言うまい。


 今回は時間が時間なのと、即席での調理ということで、一口大に切った肉のすじを切り、タレが肉へと染み込みやすいように、串で肉に小さな穴をたくさん空けるだけの単純な時短調理に留めた。


「ほら、焼けたぞ」


 良い感じに焼けた肉を次々とセナの皿へと放り込んでいく。

 あむあむと彼女が頬張った。


「野菜も食べなさいよ」


 どどんと頃合いの野菜を彼女の皿へと移した。セナは野菜もあむあむと頬張った。


「わたし、野菜も好き」


「好き嫌いがなくて偉いっ!!」


 彼女は肉食ではあるが、ちゃんと野菜も食べられるのだ。

 俺の称賛に彼女が誇らしげに「むふー」と息を吐いた。


 セナの腹がくちくなり食べる速度が緩やかになったのを見計らい、俺も自分の肉を皿に取り分けた。


「うんまい」


 自画自賛ではあるが許してほしい。

 肉の鮮度が良く、そして適度にサシの入った部位が良いのはもちろん、味付けが素晴らしい。


「ほらほら、食いねぇ食いねぇ」


 自分の口に運びつつ、セナの皿が減ってきたら空になる前に肉を投入する。


「んでよ、アノンがさ、背後から俺の肩をグンッて掴んだんだ。その時の雰囲気がね、何か怖かったんだよな」


 俺は、思い思いに、セナに語った。


 セナは大声で笑いはしないが、話の内容によっては彼女の雰囲気が綻ぶのを感じた。

 肉を食べながらの話なので情緒の欠片もありゃしないが、俺達にはそれで良かった。

 彼女がいて、俺がいる、いつだって、それだけで世界は色づき彩られるのだ。



○○○



「それが、アシュもさ、こう、俺の背後から肩を掴んだんだ。それが万力まんりきみたいな力でよ」


「イチロー、女の子に万力はエヌジー」


「だってよ───」


 俺はセナとたくさんの話をした。


 護るべき物を簒奪された聖騎士のこと。


 勇者になりたかった情報屋のこと。


 弟の回復を願い全てを投げうっても構わないと訴えた兄のこと。


 呪いに冒され呼吸もままならないのに兄へと道を示した弟のこと。


 野蛮汗臭傭兵団を率いる団長と超美形の息子のこと。


 俺は話に夢中で、気がつくと、夕暮れなんてとうに過ぎ去り、セナの放った光の粒子の向こうに立派な月が見えた。


「それにしてもイチロー」


「なんだよ」


「あなたは、本当にヘンテコな人ね」


 ふと、セナが袖で顔を覆った。


「だって、ね」


 俺は「だって、なんだよ」と先を促した。


「あなたの話、とても楽しかったわ、聖騎士の彼女も、情報屋も、どの人もみんな生き生きしてて」


「おう」


「彼らのこれまでのシリアスな悩みがまるで溶けて消えてしまったかのよう」


 彼女が皿を置き、タレを口回りに付けた状態で俺の方へと寄ってきた。


「なあにやってんだ」

「んぐ」


 上品な行為ではないものの俺は自分の袖で彼女の口回りを拭った。

 憐光に照らされたセナの顔はどことなく赤面しているように見えた。

 おいおいおい、口移しで薬を飲ませたり、隣で一緒に寝たことすらあるのに、口元を拭っただけでこんなに照れるだなんて……え、これ俺が間違ってて、口元を拭うのって恥ずかしいことなの?


「イチロー、わたしを子供扱いするのはやめなさい」


「うい」


 ここで反論しても良いことはないだろう。


「怒ってないわ。そんなにかしこまらないで。

 わたしを見て」


 セナが己へと手を向けた。


「わたしは、今、イチローといて楽しい。

 あなたと出会う前にはこんな気持ちにはならなかった。

 いつもと同じ風景の中で、いつもと同じ毎日を、ただ無為に過ごすだけだった」


 びゅお、と一際強い風が吹いた。

 

「それを変えてくれたのは、イチロー、あなた」


 木々の葉擦れが、押し返す波のような音を立てた。




○○○




「聖騎士の娘は、問題を解決するに足る仲間を得た。

 そして情報屋は、イチローに己の理想を見出だした。

 クランを率いる兄弟は呪いから解放され、これからは明るい未来を歩むことでしょう」


 彼女の言わんとしていることを最後まで聞きたいと思った。

 むず痒さも、照れ臭さも、落ち着かなさも。

 そいつら全てをひっくるめて俺は、セナからの言葉を真摯に受けとめないといけないのだ。


「ねえ、イチロー、あなたは『自分は何もしていない』───そう言うでしょう」


 彼女が再び袖を振るった。

 俺らを照らした粒子が一斉に消え失せた。


「ほら、見て」


 セナが、風の中で、その両手を大きく広げた。


あかりを消したけど、どうイチロー?」


「ああ、これは───」


 彼女が示す先───夜空には満点の星がきらめいていた。


「───スゲェな」


 言葉少なだったのは単純に言葉が出なかったからだ。

 美しいものを見たとき人は言葉を失う。

 感覚が、思考や理性といったもの全てを置き去りにしてしまうのだ。


「そうでしょう」


 彼女はそう言い、俺の手を引き、駆けた。


「ちょっと待てって! どこ行くんだよ!」


「目的地は、ないわ」


「なんだよ、それ」


 彼女が俺の手を取ったままくるりと回った。


「星空の下、その全てを、あなたと心ゆくまで楽しみたいの」


 俺も負けじと彼女のもう片方の手を取り、くるりくるりと回った。


 押し寄せては引いていく波のように。

 ひらひらと舞散るさくらのように。


 俺達は二人で、理屈も何もかもすっ飛ばして、いつまでもバカみたいに駆け回り踊った。



○○○



「わたしが、星空なんてものを見るようになったのは、あなたと出会ってからよ」


 俺達二人は草原で寝ころがっていた。

 隣のセナへと顔を向けて答えた。


「俺だってそうだ」


 勇者パーティにいたときは孤独に苛まれていた。

 竜宮院達の仲を見るにつけ、孤独はより一層濃いものとなっていった。だから今の俺がこうして健やかに過ごせているのは───


「イチロー、わたしが星空に目を向けることが出来たように、彼らも、あなたのお陰で、きっと、今そこにある輝きに、気付くことが出来るようになるわ」


「だと、いいな」


 あふれ出そうな胸懐きょうかいを押し込めて、何とかそう答えた。

 言葉の代わりに、華奢で小さなセナの手を握り締めた。すると、セナの小さな手が、俺の手を強く握り返した。


 俺達は、星空を前に、お互いに見つめ合い、次第に────



「うおおおおおおぉぉい!! 帰ったぞおおおおおおお!!」



 とにかくやかましい叫び声と共に、謎の人物が俺達の眼前へと乱入を果たしたのであった(二回目)


 ちょっと、これなに?!

 いい加減にしてくれよな(半ギレ)




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