第20話 わたしだって

○○○


 あれも話そう、これも話そう。

 竜の背中で俺はずっと考えていた。

 短い期間ではあったが濃密な期間を過ごしたのだ。

 話したいことはいくらでもあった。

 


 なのに。そのはずなのに───


「おかえり、イチロー」


 彼女の声を聞いた途端、そんなものは脳内からすっぽりと抜けてしまった。


「ただいま」


 けど、今、この瞬間だけは、それで十分だった。



○○○



 駆け寄ってきたセナがぽふりと俺へと寄りかかった。

 俺には言わなきゃいけない言葉があった。


「その、何だ、一人で置いてっちまって悪かったな」


 セナの重みが心地良かった。

 欠けていた何かが満たされるようだ。


「イチロー、違うわ。謝る必要なんてないの」


 小柄な彼女が体重を預けたまま顔を上げた。

 彼女が意図せずに上目遣いとなった。


「今回の件、あなたの背中を押したのはわたし」


 そして、とセナは続け、


「ここを離れることが出来なかったのもわたし」


「それは───」


 それは違うのだと俺が言い募ろうとするのを、セナは最後まで話を聞きなさいとばかりに、少し身体を離して、かぶりを振った。


「『それは違う』とあなたは言うでしょう。『俺が無茶をさせた』『俺が置いていった』とあなたは責任を感じているのでしょう」


 俺は静かに、彼女の話に耳を傾けた。


「結局、わたしの言い分も、あなたの言い分も、どちらも正しくて、どちらも間違いなのよ」


 彼女が、きゅっと、俺の手を握り締めた。

 今にも壊れてしまいそうなほどに華奢な手だった。


「だって、そうでしょう?

 わたしはイチローが謝らなければいけないことをしただなんて少しも考えていないし、イチローにしても、わたしが悪いことをしたとは考えてないでしょう」


 触れた手から彼女の熱がじんわりと伝わった。

 彼女の思いの強さを感じた。


「だから、お互いに謝るのはもうやめましょう」


 セナの表情が微かに綻んだ。


「それよりイチロー」


「何だよ」


「わたし、お腹すいたわ」


 そのセリフはきっと、彼女の優しさなのだ。



○○○



 一日が慌ただしく過ぎ、夕闇すら終わろうとしていた。

 灯りがなければ不自由するほどには外は暗くなり、市場などであれば、そろそろ品物を片付けている頃であり、食事処しょくじどころはちょうどこれから客足が伸びる時間帯でもあった。


 帰還前の俺は、セナに早く会いに行くことを優先し、野蛮傭兵団のバーベキューにはほとんど手を付けることなく帰路に就いていた。


 それにしても、あれは美味そうだった。

 さすが陽キャ達。彼らはいつも肉を焼いているので、手慣れている。あの時ミロから差し出されたお肉は、脂の滴りと良い、焼き加減といい、大層上手に調理されたバーベキューだった。


「差し出された肉に、脂が滴ってて、とにかく旨そうだったよ。ちょっとくらい土産に貰ってくればよかったな」


 俺の話を聞いたセナは、小屋の前で、中に踏み入れようとした足を止めた。


「イチロー」


「おう」


 彼女が何を言わんとしてるのかが分かった。


「わたしも、お肉が食べたいわ」


「おう」


 俺の予想は的中したのだった。

 テレパシー?


「わたしも、お外で焼いた、おいしいお肉が食べたいわ」


 彼女が、鼻息を荒くした。


「別に構わないんだけどよ、既に日は沈み始めてるから、これから肉の用意してたら、外は真っ暗になるぞ」


 セナが首を遠慮がちに振った。


「全然構わない」


 ───だって見て、


「灯りならともせばいい」


 彼女が、手をかざして、袖を振るった。

 バサリという絹の音と、彼女から放たれた粒子が周囲に拡散し、俺達二人を照らした。


「これで大丈夫」


「ああ、確かにな。けどよ、そこまでして肉が食べたいのか」


 ぷぷっと彼女の真顔に笑いそうになった。

 俺を見てセナは、


「あなたが、どこかで何かをしたのなら、わたしも、あなたと一緒にそれをしたいの」


 そう答えたのだった。



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