第18話 Invincible

○○○


 しばらくすると再びわいわいがやがやとバカ騒ぎが始まった。

 アシュリーの家の前で起こされた大きな炎と、その周りを囲むような幾つもの小さな火の正体はなんなのか。今更ながらアシュリーに尋ねた。


「ああ、あれはね、《益荒男傭兵団ベルセルガ》が設立した当初からおこなってる儀式ルーティンの様なものだそうだよ」


 例えばそれは、戦の前に戦意を高めるためのものであったり、依頼を遂行し終えたことを祝うためにするものであったりと、とにかく士気を上げたり、成功を祝福したりするためのものなのだそうだ。


 今回で言えば、《益荒男傭兵団ベルセルガ》が聖騎士アシュリーという良き戦士でありパートナーとなり得る人物と出会えたことを祝福して行われた催しらしい。


「彼らはね、中央に大きな炎を一つと、その周りにいくつもの火を起こして、肉を焼いて酒を飲む。そして気分が良くなってきたら歌って踊るそうだ」


 火を起こして、肉を焼いて、酒を飲む。バイブスが上がってきたら歌って踊る。《益荒男傭兵団ベルセルガ》の慣習はまさに陽キャ共の所業でもあった。

 日本にいたときにもよく見た光景だ。

 陽キャとされる人種は時間場所を問わずに酒を持ちより、肉を焼いていた。何でもない河川敷、広場、森や川、それこそ所構わず飲んだくれて、ノリの良い曲を爆音で流し、躍り狂っていた。


 ───僕はついてゆけるだろうか、彼ら陽キャ達の世界のスピードに。


 いや、無理だろ。

 どこかで聞いたようなカッコ良いポエムを脳内でしたためて己自身にツッコミを入れていると、


「アニキっ! 肉が焼けました!」


 ぬっと、俺の前に謎の皿が差し出された。

 俺を『アニキ』と呼んだその声は、未だ変声期前の綺麗なボーイソプラノであった。

 声の持ち主を見やると十代半ばの美しい少年(?)であった。



○○○



 その美少年(?)の隣には団長であるサガがいた。

 彼は「よお、ロウよォ、飲んでるかァ?」とご機嫌な様子で、俺に酒の進みを尋ねた。


「サガ殿。失礼ながら、俺はどうも酒があまり得意でなくてね、だからちびちびとではあるけど楽しませてもらってるよ」


 俺の答えに明らかに眉をしかめたサガは「プフゥー」と一息吐き、

「ロウよォ、男ってのは気が済むまで戦って、ドロドロになるまで酒を飲んで、満足するまで良い女抱いてこそ、だろォ? それがあるからこそ俺達は、傭兵と依頼人、双方が満足出来るベストな仕事が出来る」


 昭和の大スターかな?

 ほら、アシュを見てみろよ。

 めっちゃ嫌そうな顔してるぞ。

 そこで、くだんの美少年がサガを呼んだ。

 

「オヤジ」


 え、オヤジ?


「あン? なんだァ」


 サガが『何だよ、文句あっか』とばかりに息子(仮)に返答した。


「母ちゃんに言いつけるぞ」


「ふン、勝手にしろォ」


 二人の掛け合いを前に「え、え、」と狼狽うろたえる俺。


 二人がどうかしたのか言いたげな顔を俺に向けた。


「一応聞きたいんだけど、二人の間柄は何?」


「「親子」」


「えええええええぇぇぇぇぇ!!」


 DNAの謎であった。

 サガの遺伝子どうなったらこうなるの?

 奥さんが超絶美人で奥さんの遺伝子だけが発現したヤツだろこれ! サガ成分ゼロじゃねぇか!! なしなしのなしのゼロゼロのゼロだろこれ!

 サガの遺伝子、仕事しろ! いや、やっぱりそのままでいいわ!! 待てよ、ならこの美少年も年を経ればサガみたいになってしまうの?


「時よとまれええええええ!!」

 

 俺の切実な叫びに対して『急に叫び出してこいつ頭おかしくなったんか?』と言わんばかりの二人の困惑した表情は、なるほど確かにそっくりだった。


 

○○○



「アニキ、冷えたエールもどうぞ!」


 何故か、俺をアニキ呼びしちょうど良い感じに焼けた肉や冷えた酒を差し出し、甲斐甲斐しく世話を焼く美少年。

 彼は《益荒男傭兵団ベルセルガ》団長サガの息子だった。


「コイツがよォ、どうもオメェーのことを気に入っちまったみたいで、さっきオメェに有能な人材を預けるっつった話あったろォ? コイツ、あれに立候補しやがったんだ」


 衣服の上からではとても傭兵とは思えないほどに線の細い少年だった。伸ばした髪をポニーテールにしていることも手伝ってか、一見するとひょろりと背の高い女性の様にも見えた。


「つーわけで、改めて、オレの名はミロ・アサルトボディでっす! これからお世話になるんで、よろしくお願いしまっす!」


 ミロ・アサルトボディ。

 彼が、その中性的で美しい瞳を細め、握手を求めて俺へと手を差し出した。


「ああ、こちらこそよろしくな」


 握り返したその手から彼が伝わった。

 ミロの細さは黒豹やチーターなどの凶悪な猫科の猛獣のそれであり、そこには確かなしなやかさと強靭なバネを感じさせた。彼の衣服の下には、鋼鉄のように密になった筋繊維がぎっちりと詰まっているのだ。


「いやー、それにしても凄かったっすよ、あの時のアニキの動き! だってこの俺にすら・・・・・・アニキが何をしたのか全く見えませんでしたもん!」


「ロウくん、本当に凄かったよ! 私にも君がどうやったのかさっぱりだったよー!」


 俺が超光速状態で、一瞬の内に木串を消滅させ、五人に腹パンをかましたことを言ってるのだろう。

 ミロとアシュリーの二人は俺をベタ誉めし、目を輝かせた。


「いやいや、それほどでもないさ」


 俺にももちろん承認欲求はある。

 けれどそいつをおくびにも出さずに、謙遜してみせた。すると、


「謙遜は美徳だっていうお上品な奴らもいるにはいるがよォ、それも度が過ぎたら失礼ってもんだぜェ。この俺でさえも、お前が何をしたのかは、はっきりとはわからなかった。だからお前はしっかりと胸を張れェ」


 サガからのお小言だった。

 ナメられたらお仕舞いだという実力主義の権化ごんげたる傭兵団なぞを率いているのだ。実際に俺のためを思って言ってくれたのだろう。

 それならば───


「確かにサガ殿の言うとおりだ。だから前言撤回しよう」


 ───発動。


「俺の技は誰にも見抜けない」


 彼らの視線の先に、もう俺はいない。

 今まで彼らが囲んでいた輪の外。

 彼らから離れた場所で俺は、声をかけた。


「それじゃあさ! 俺はもうそろそろ行くよ! また少ししたら戻るから! それまでサガ殿とアシュに任せた!」


 俺は彼らへと後を頼み、繋いだ翼速竜イーグルドラゴンの元へと駆けたのだった。



 

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