第17話 身口意飾の分割

○○○



「アンタは嬢ちゃんの後ろに隠れてェ、アノンと一緒にここから立ち去ったァ、腰抜けじゃねェかァ」


 サガがニヤニヤとと不敵な笑みを浮かべ俺を煽った。それに追随する様に全ての団員達が一斉に声を上げた。


「腰抜けェー!」「僕ちゃんー!」「ママァー!」「泣きそうになってるからやめとけやめとけー」「そうだぞー」「バブバブぅって泣いてみろよー!!」


 安い挑発だ。

 これまで色々なことを我慢してきた俺にとって、この程度の煽りなんてそよ風のような物だ。ただ少し───


「やっぱりよ、そういうのは失礼だと思うんだよな」


 サガは「あン?」と疑問符を浮かべ首を傾げた。


「《益荒男傭兵団ベルセルガ》団長サガ殿に一つ尋ねたいことがある」


 彼の返答次第ではこれからの対応を考える必要があった。彼らは俺の発言にまるで火がついたかのように、


「テメェごときが気安く喋れるお方じゃねェンだぞ!!」

「団長に対して何だぁ! テメェー生意気だぞコラァァァ!!」

「オイゴラァァァ死んだゾォ! コゾォー!」

「引きられたいンかヴォゲェェ!!」


益荒男傭兵団ベルセルガ》団員からの聞くに耐えない暴言が飛び交った。

 けど、それが何だと言うのだ?


「テメェら静まれ!!」


 団長サガの威圧の込められた号令の元、騒がしかった団員の罵声がピタリと止んだ。

 へぇー……。


「坊主、テメェ……」


 サガはふんッと鼻を鳴らし、


「良いぞォ、話してみろ」と答えたのだった。


 こちらこそ鼻で笑いそうになった。


「実力のない奴ほどよく吠えるって───あれ本当のことなんだな。それから、そもそもの話だ。『話してみろ』だって? アンタから許可を貰わなくても話すつもりだ」


 団員から殺気が膨れ上がった。

 今にも再び飛び交いそうな怒声を、サガが手で抑えた。


「俺を煽ったのは、俺の実力と覚悟を図るためか? それとも純粋に俺と戦いたいからか?」


「いいねェ全くの冷静さだ。オレァ坊主みてェなきもの据わったガキはァ嫌いじゃねェぜ」


 サガはその濃いィ顔を破顔させた。


「わかってんならよォ、話がァ早ェじゃねェか!」


 サガの笑みがより深い物となった。

 

「今から俺とよォ───」


 それは彼が俺に何かしら言おうとした刹那のことだった。


「死ねガキがッ!!」


 団員の一人が先程まで興じていたバーベキューに用いた木串を俺へと放ったのだ。

 俺の死角から投じられたそれは刺されば大怪我するほどの速度であった。


 けれど、それもこれも、こうして俺が把握しているということは───


 俺は死角から放たれた木串を指で摘み取り、そいつをサガに見えるように突き出した───指で摘まんだ木串をどうして見せたのかって? いいや違う、木串は既にこの世には存在しない。


 団員どころかサガにさえ、俺が木串を消し去った瞬間が見えなかったはずだ。

 だからか、


「なんだよッ! ただ運良く当たらなかっただけじゃねぇかッ!!」


 木串を放った団員が声高に叫んだ。

 それに触発された数人が「やっちまぇぇぇ!!」と俺に向かって駆け出した。

 けれど、別に構わない。


「準備は出来てる」


 部分的超加速───まずは脳───思考時間を引き伸ばす───全てが静止した世界の中で───さらに、


「《超光速戦闘形態アウト・ストラーダー・デル・ソーレ》」


 段階を踏み、超光速状態へと至る。

 木串を放った男と、飛びかかってきた四人の男の計五人───一番耐久力のある腹にそれぞれ一発ずつお見舞いする。

 

「こんなもんだろ」


 超光速状態を解除───したと同時に、六人の男が腹パンの勢いで放物線状に宙を待った。


「手加減はしたからな」 


 これで俺は自分の実力の一端を示した。

 もしもサガが俺が何をしたのか気付かなかったり、足りないなどと言おうものなら、彼は単なる裸の王様だ。その場合追加の戦力を考える必要が出てくる。


 俺がどんなもんかと、サガを観察していると、彼はフリーズしたかと思えば、目を見開いてプルプルと震え出した。


「何だ今のはッッッ!!!」


 そして腹の底から響くような驚愕の声を発したのだった。



○○○



 飛んできた木串を摘まんで、一瞬で消滅させた技術は《超光速戦闘形態アウト・ストラーダー・デル・ソーレ》の腕のみの部分発動だ。それと同様に、思考を引き伸ばした技術も、脳の部分発動であった。


 部分発動だったとしても、発動があまりにも速過ぎるんじゃないか? という疑問があると思う。まさに正解だ。やるじゃんか。


 そう、《超光速戦闘形態アウト・ストラーダー・デル・ソーレ》を身体の一部のみに、さらにそれを瞬間的に発動する技───それこそ俺が、ハーミットマウンテンに辿り着いてからセナやセンセイにビシバシしごかれて身につけた技術の一つだった。


 瞬間発動に関する主な技術はセンセイから教わった《身口意飾しんくいしょくの分割》という技術によるものだ。


 こいつは《刃の迷宮》での《超高速の剣劇クラウ・ソラス》戦で用いた、バカみたいに多量の魔力を注ぎ込むことで無理矢理に発動させた詠唱破棄での時短発動とは全くの別物の技術だ。


 ただ《身口意飾の分割》などというと大層な名前で気圧される感はあるが、魔法発動に必要な工程を、以下の四つに分割するという、理論自体は単純なものだったりする。


《身》───つまり身体を用いた九字印を代表する印や、ある種の舞やダンスなどによって術式を構築すること。


《口》───つまり口による文言などによって術式を構築すること。


《意》───つまり心の内にて、魔法発動に必要なイメージなどを正確強固に形作り術式を構築すること。


《飾》───つまり特定の装飾品などの補助媒体によって、あらかじめを発動媒体を仕込んでおくことで術式を構築すること。


 一つの工程をこれらの四つのパーツに分割することで、単純計算四倍の速度で魔法を発動を速めるといったものであった。


 この技術のさらに詳しい説明と、会得するまでの地獄のような訓練と、センセイの鬼教官ぶりの話に関しては、またいつか機会があればしたいと思う。


 そして、この技術を身につけることで《超光速戦闘形態アウト・ストラーダー・デル・ソーレ》の瞬間的な部分発動は、《廻天屍人リバースデッド》戦で即興的に用いた不完全な技術から、相当に洗練されたものとなり、安定した一つの技となったのだった。


 名付けるとしたら《瞬動アウト・バーン》というところか。


 おっと、それよりも、問題は今俺の目の前にいる───



 驚愕におののいていた《益荒男傭兵団ベルセルガ》団長サガ・アサルトボディの表情は、今ではすっかりと笑顔に変わっていた。


 笑顔───と言っても、糸のように細まった目尻と、極限まで吊り上げられた口の端は、この世界の迷宮で散々討伐してきたオーガではなく、日本にいたときに昔話などのフィクションでよく見た、厳めしくも恐ろしい凶悪な怪異の象徴としての鬼を思わせた。


 超高温で融けたマグマがドロリと地を巻き込み溶かしていくように、サガを包む空気がぐにゃりと歪んでいくような幻を視た。


 まさに顔面凶器であり、顔面だけで防弾ガラスを突き破りそうなほどの威圧感を覚えた。


「失礼なことを言ったなァ。すまなかった」


 意外なことにサガが俺に謝罪した。

 謝罪とは無縁の男だと決めつけていた。


「うちの団の若ェ衆が、坊主───いや、ロウといったか、貴様にはァ、大変な無礼をしでかしたァ」


 思っていた反応と異なり肩透かしを受けた。


「今やったやつゥ、出てこい!!」


 サガの怒号で、腹パンの影響で這々の体といった感じの青年がふらふらと前へ出た。


「まずはジャブか、こっちへ来いィ」


 青年がサガの元へとやってくるや否や、彼はその岩石の様な拳を青年の顔面に叩き込んだ。

 青年の鼻はひしゃげ、口からは血飛沫と共に前歯のほとんどを撒き散らし、それでも足りず両の目を溢れさせ派手にぶっ飛んだ。

 それだけで飽き足らず、


「残り四人ン! 俺ァ、見てたからな。自分で出れねぇのならァ、俺がァ───」


 などと心胆冷えたらしめる脅し言葉を吐くと、青い顔の男達四人がぞろぞろとサガの前に立った。


「こいつはァ! 考えなしに動いた罰だァ!」


 俺は「失礼を働いた罰じゃねーのかよ……」と呟いたが、眼の前の男達はジャブ同様に顔面崩壊するほどの拳をもらい、倒れ伏し、例外なくピクピクとピクついていた。


「手加減はした。死んじゃいねェ。カミュ!! 七番隊を集めて治してやれェ!」


 カミュはサガの隣にいた人物だ。

 団員で唯一、《益荒男傭兵団ベルセルガ》団員とは思えないほどに、理知的な、背の高いクール系メガネイケメンであった。

 彼は「はっ」と返事をして、数人がかりでボロ雑巾となったジャブ達をどこかへと運んでいった。


「実行した奴への制裁も果たした。この通りだ」


 サガは俺の前で頭を下げた。

 ヒエッ……!!

 こんなん完全にヤ○ザのやり口ですやん!


 俺の目の前で行われたそれは、誰かに謝罪しなければならないときに、謝罪相手の目の前で実行犯とされる者へ凄惨な制裁を与えることで、誠意を見せると共に、それを目の前で見せられた相手にも心理的なダメージを与えて、確実に謝罪を受け取らせるやり口であった。


 俺は「ふう」と一息吐き、「いいよ。その謝罪受け取った」と答えた。


 サガは髪を両手でオールバックを撫で上げて言った。


「アイツらへの制裁だけじゃ不足しているだろうからよォ、もう一つお詫びを付けよう。

 今回の封印領域に関する依頼はもちろん受ける。その上でロウ、貴様の下に俺の所にいる有能な奴を何人か貸してやる」


 え、何この変わり様……そんなん絶対に後から「その代わりに今日俺のベッドに来い」とか言われるやつじゃん。


「当然だが、ロウの実力試しはもう終わった」


「え、」と俺は声に出してしまっていた。


「何だ? 不思議か?」


「いや、別に不思議ってわけでは───」


「思うことがあるならはっきりィ、喋れぇ!!」


「いや、サガ団長とは一戦交えなくても良いのかと思っただけですよ」


「ああァ、そんなことかァ」


 サガが笑顔で答えた。


「俺達二人が、戦ってしまったらよォ、どっちかが死ぬまで決着ゥつかねェからなァ」


 サガは再び笑って「わかってる、お前もそのクチだろォ?」とのたまったのだった。


 ヒエッ!!

 もう嫌だ! 何なのこの人!!



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