第16話 翻訳→アカシックレコード

◯◯◯



 目の前には「違うんだ!」と必死に否定するアシュリー。

 彼女のうしろにはアシュリーを「姉御!」「聖騎士のあねさん!」などと呼び、彼女に付き従う蛮族風衣装に身を固めたガラの悪いおじさんや若人わこうど達が多数。


 屋敷前の広場にはバカみたいに大きな炎が一つと、その周りを囲むように、いくつもの焚き火が起こされていた。


「なんなのこれ?」


 至極真っ当な疑問だと思う。


「こ、これは……」


 言いよどむアシュリー。


「これは?」


 聞き返す俺。


「こ、こ、これは……」


 さらに言いよどむアシュリー。


 そんな俺達の会話に、割り込むむくつけき漢達。

 まずは三十代にはなろうかというほぼスキンヘッドの漢。彼は大声を張り上げ、首を傾げてこちらをねめつけた。


「何だぁ!? 何を姉御に向かって偉そうにしてんだァー!! テメェー!!」


 何でぇ!? キレてらっしゃる?! 俺何もしてないのに!!


 次にずずいとうしろから乗り出してきたのは二十を超えるかそこらの短髪青年だった。


「あぁーん? 何だぁテメェー!! ミンチにしてやんよぉ!?」


 彼は目を血走らせて、奇声を発した。

 特殊な状況や特殊な肩書きの人間からしか発せられることのないセリフであった。


 !!?


 気のせいじゃなかったわ!

 間違いなく『!!?』の文字が見えたッッ!

 やべーよ! やべーよ!

 世界観壊れるゥーー!

 こんなガラの悪い奴らマガ○ンかチャンピオ○でしか見たことねぇーよ!


「アシュリーさん、あのですね、もしかして『姐さん』や『姉御』だなんて呼ばせるのが趣味な方なのですか?」


 アシュリーに付き従う(?)やからからの視線が俺にビシバシと突き刺さってる!

 彼らの目を気にしつつアシュリーに丁寧に尋ねた。


「そんなわけないだろう、ロウくん! 私にはそんな変な趣味はない!

 それに何だいその話し方は! あまりにも他人行儀じゃないか!

 ほら、私のことは『アシュ』って呼ぶって言っただろ?」


 確かに言った。

 じゃあ、ちょいと失礼。


「アシュ」


 俺が愛称で呼ぶとアシュリーの表情がパァッと明るくなった。

 と同時に何故か俺はガラの悪い男性集団に取り囲まれることになった。


「──リーさん」


 明るくなった彼女の表情が急速に影を帯びた。

 許してくれ。

 やっぱり漢達には勝てなかったよ。


「それよりも、僕、やることがあるので、この場から離れてもよろしいでしょうか?(お伺い)」


 その場から何ごともなかったかのように、彼らに背を向けてその場から立ち去ろうとした俺───の肩をガッシと掴む者がいた。

 

 恐る恐る振り返るとアシュリーであった。


「ロウくん、見捨てないで」


「ねぇ、ちょっと、肩に指が食い込んでるんですけど」


「何を言ってるかわからないよロウくん、そんなことより私を見捨てずにちゃんと話を聞いてくれ」


「あたたた! 痛ッ! 指ッ! 指が食い込むというかめり込んでる! めり込んじゃってるから!」


 俺の肩を握り潰さんとするアシュリーの異常なパワーを前に、俺は『何かこんなことつい最近もあったよな……』と強烈な既視感を覚えていたのだった。



◯◯◯



 要するにアシュリーの話はこうだった。


益荒男傭兵団ベルセルガ》団長のサガ・アサルトボディ。

 彼には信条があった。それは依頼人に最低限の実力と覚悟を求めるというものだった。


「実力も覚悟もない人間はよォ、万が一追い込まれた最後の瞬間に、イモ引いてケツを割るのが相場なんだぜィ」と言うのが彼の言い分だ。


 実力と覚悟を示すために、俺達が《旧都ビエネッタ》へと向かう最中、アシュリーはこの地に残り、《益荒男傭兵団ベルセルガ》の団員達と剣を交えることになった。


「団長のサガ氏と一戦交えれば終わりかと思っていたんだが……」


 どうもそう簡単には事が運ばなかったそうだ。

 どれ一つ力試しでもしようかとサガがアシュリーの元へ向かったとき、とある団員が「団長がこんな女子供とやる必要ありませんでさぁ!」と声を上げた。

 彼は「我こそは、《益荒男傭兵団ベルセルガ》五番隊隊員! 一番槍のゲキ! 覚えておくんなまし!」などと名乗りを上げると、アシュリーへと剣を向けて飛びかかってきたのだとか。


「大変だったよ。いや、彼との戦いはそれほどでもなかったんだけどその後がね……」


 そう、彼との戦闘はアシュリーの勝利となりすぐに終わったのだ。

 問題はその後だった。

 次から次へと『我こそは〜』『我こそは〜』『我こそは〜』と名乗りを上げ、躍りかかってくる団員達。アシュリーはそんな彼らを相手にし、図らずも大立ち回りを繰り広げてしまったのだった。


「サガ氏とも一戦交えたけど、幾分のあいだ剣を打ち合ったと思ったら『やっぱり噂なんてものはァ、自分の目で見ない限りィ、信じるもんじゃないねェ!』って、いきなり大声で笑い出してさ……」


 それは恐らく、


「気に入られたんだろうよ。彼はちゃんとアシュのことを見てくれたのさ」


 アシュリーはバーバリアンの群れに一人放り込まれても、怯むことなく、一人一人に礼を以て相対し、彼らに実力を示し続けた。

 そして最後には団内最強の武人であるサガとも剣を交わすに至ったのだ。


 なるほど、サガの気持ちもわかろうというものだ。

 喋り方はねっとりしててアレだけど、彼も当然のことながら芯の通った武人なのだろう。


「それからだよ。《益荒男傭兵団ベルセルガ》の団員が私のことを『姉御』だとか『聖騎士のアネキ』だとか呼ぶようになったのは……」


 アシュリーが元々垂れ目がちの眉を下げ「私は頑張っただけなのに……」とか「何でこんな悲しい気持ちにならないといけないんだ……」などと小さな声で呟くのを俺は聞き逃さなかった。


「とりあえずお疲れ様……」


 労いの言葉が浮かばねぇ。

 俺は、アシュリーの肩を叩いた。


「うう、ロウくん」


 涙目のアシュリーはぐぐっと前のめりになり、俺のシャツを握りしめた。


「頑張った頑張った、アシュリーは頑張った」


 俺と十センチほどしか背丈の変わらない彼女。話していても精神も十分に成熟しているように見える彼女。

 けれど、そんな大人びた女性である彼女にも、弱音を吐き出したいときがあるに違いないのだ。

 彼女の背中に腕を回し落ち着くまでポンポンと叩いた。

 そんな時、


「アネキッッ! 俺達から『アネキ』と呼ばれるのは……嫌なんすか?(迫真)」


 聞き耳を立てていた団員が『待ってたぜ! この瞬間ときをよおおお!』とでも言いそうな表情でアシュリーへと問うた。


「俺達が『聖騎士の姉貴』だとかそれを可愛らしく略して『セネキ』とかお呼びするたびに不快に感じていたんすか?(迫真)」


 アシュリーは彼に目を向け、


「不快ではない。けれど、私には相応しくない呼称ではある、と思っていたよ」


 ええ! まさか! そんな! という表情を浮かべる彼らむくつけき漢達。


「ええ!」


「まさか!」


「そんな!」


 完全に一致!


「ならやっぱり『聖騎士パラディンのアネキ』の方を可愛くして『パラディネキ』とお呼びした方が……?(迫真)」


 アシュリーは「ああああー」と頭を押さえてうりんうりんと頭を振ったのだった。



○○○



『聖騎士の姉貴』で『セネキ』、『パラディンの姉貴』で『パラディネキ』か……異世界翻訳ちゃんと仕事しろ!!


 俺や竜宮院みたいな異世界から召喚された人間には、翻訳能力(スキルではない!)が自然と身につくのだ。

 その能力は《異世界翻訳》だとか《異世界翻訳能力》と呼ばれている。

 大層な名前であり、恩恵を受けている身ではあるが、その能力は地球にいたときの言語能力に依存している部分が多少なりともあったりするので、完全なものではなかったりする。


 かなり前になるが、異世界人(地球人)が授かる翻訳能力に関してアンジェやパフィ姫と語り合ったことがある。どうも彼女達にも詳しいことがわかっていないのだという話であった。

 それどころか、この世界のアカデミアの人達ですらわかっていないのだというから、驚きであった。アンジェいわく、その分野の専門家ですらはっきりと理解出来ていることは、そう多くないのだそうだ。


 ただ仮説ではあるが、異世界翻訳はアカシックレコードなるものの力を借りて発動されているのではないかと、かつてアンジェが言っていた。


 アカシックレコード。

 森羅万象全てが網羅された記録媒体。


 あるとされているが、さてどうだろう。

 などと、思考を巡らせていると、


「ぷふぅー。嬢ちゃん楽しんでいるかァー?」


 やって来たのは《益荒男傭兵団ベルセルガ》団長サガ・アサルトボディであった。

 彼は俺に気づき、顎をしゃくり上げ、


「ん? ああ、アンタは嬢ちゃんの後ろに隠れてェ、アノンと一緒にここから逃げ去ったァ、腰抜けじゃねェかァ」


 そう言って嘲りの表情を浮かべたのだった。


 

 

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