第15話 アネゴ

○○○



「アノン、センセイ、あとのことは任せる」


 クロエとクロアの兄弟は二人して安心したのか、意識を失うように眠りについた。

 弟のクロアは回復したとは言え、ついほんの少し前まで死の淵にあったので、それも当然であった。

 兄にしてもそうだ。クロエの疲れの滲んだ表情を思い出す。彼にしても、ストレスや疲労で崖っぷちギリギリの状態だったのだろう。


「ムコ殿、わかっとるよ。二人のことは我らに任せて先に行っておれ」


 センセイがにんまりと目を細めた。


「うむ、キミがそわそわしてることには気付いていた」


 アノンも、センセイに追随するように俺の申し出に了承し、力強く頷いた。


「何か大事な用事があるのだろう?」


 その通りだ。

 俺はこれからアシュリーの元へと帰還し、ことの次第を報告し、しかるのちに───


 アノンには「ああ、俺には行かなきゃならねぇとこがあるんだ」と軽く答えた。

 俺としても彼には聞いておかないといけないことがあった。


「俺のことより、アノンに質問がある」


「何だい?」


「いや、アノンはクロエと元々知り合いなわけだろ」


「そうだね、彼らとは一緒に仕事をこなしたこともあるし、情報屋と顧客の間柄として接したこともある」


「ここに来てすぐに、アノンがクロエと喋ってるのを見たんだけどよ、気の置けない関係に見えたんだ。アノンにとって《旧都ビエネッタ》というクランとそのマスターであるクロエは単なる同僚や顧客ってわけではないんだろ?」


 アノンは両手を頭の後ろで組んでしばし「んー」と上を向いた。


「確かに、そうだね。《旧都ビエネッタ》の運営方針は尊敬しているし、所属するメンバーの実力もSランククランに相応しいと評価している。そして、何より、彼らを束ねるクロエは実直かつ誠実で嫌いじゃあない」


 嫌いじゃあないという言い回しは如何にもアノンらしいなと思った。彼なりのリスペクトの表れなのだ。


「センセイの回復魔法を知ってるとは言え、何も聞かずに、俺達二人にクロアのことをよく任せられたな」


 アノンがフードの下でニヤリと笑った───ように見えた。


「キミもわかってないね」


「わかってない?」


 彼は立てた人差し指を二、三度振ると、


「そう。わかってない」


「どういうことだよ?」


「だってキミが大丈夫だって言ったんだ」


 一瞬言葉を失った。

 言うには言ったが、それだけで全てを任せられるかというとまた別の話なのではないか。


「確かに何とかするとはいったけどよ───」


 アノンは掲げた人差し指で俺の唇へと触れた。ごちゃごちゃと言うのはそこまでだという彼の意思表示だ。

 

「キミが思ってる以上にワタシはキミのことを信頼しているのさ」


 そう言うとアノンは「くくっ」とシニカルに笑い、


「何たって、キミはワタシの《勇者様》だからね」


 俺に、そう告げたのだった。




○○○



 俺は翼速竜イーグルドラゴンに騎乗し、アシュリーの元へと向かっていた。

 

 アノンからの信頼が重過ぎる……。

 嬉しくないと言えば嘘になるが、それにしても重過ぎた。

 その重さに、歩く度に、ぞぶりぞぶりと地面が沈み込む妄想をして、俺はぶるぶると首を振った。


「信頼を裏切らないようにしねーとな」


 俺が独りごちると、


「何ですか?」


 俺の前方で翼速竜イーグルドラゴン馭者ぎょしゃを務めてくれている青年が俺の声に反応した。

 青年は《旧都ビエネッタ》所属パーティ《故郷ネイチャフッド》の一員であるAランカー───その名をトーマスと言った。


「いや、何でもねぇよ」と俺が答えると、


「そう、ですか」と、どうにも腑に落ちてない様子のトーマスであった。


「それより馭者を買って出てくれて助かったよ。よく考えりゃ俺一人じゃ竜に乗れないし」


 竜に乗れないどころか、一人では目的地の場所さえもわからなかった。問題はそんなことにも考えが及ばなかったことである。反省反省。


「ああ、それくらいお安いご用です」


 運転に精を出し、トーマスはこちらへと顔を向けることなく答えた。

 それからも俺が彼へと何度か声を掛けると、初めは言葉少なだった彼は徐々に返事を長くした。会話を続けていると、クロアを助けたことへの謝辞を受けたり、ちょっとした世間話などをしつつ、空の旅を楽しんだのだった。



○○○



 上空からアシュリーの屋敷が見えた。

 一際俺の目を引いたのは屋敷の前で燃え盛る大きな炎だった。

 すわ、敵の攻撃かと心配するも、炎の回りをアシュリーと、《益荒男傭兵団ベルセルガ》の団長をはじめとした団員が囲み、何やら騒がしくしているのが見えた。

 翼速竜イーグルドラゴンから降りて、トーマスと共に彼らの元へと向かった。


「ロウくん! 帰ってきたのか!」


 いち早く俺達に気付いたのはアシュリーだった。

 アシュリーは笑顔を浮かべ俺達を出迎えた。

 その後ろから、何故かアシュリーに付き従うかのように、むさ苦しい益荒男ますらおが駆け寄ってきた。


「アシュリーの姉御!! いきなり走り出してどうしたんで!!」


「姉御……?」


 俺が呟くと、アシュリーは顔を真っ赤にしてわたわたと両手を振り、


「ち、違うんだ! これは! 違うんだ」と謎の否定を繰り返したのだった。




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