第10話 回想:《力の迷宮》を想う

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 Sランククラン《旧都ビエネッタ》におもむいたのは、彼らに今回の戦いに参戦してもらうべく、クランマスターの弟を回復させるためであった。


 ヒーラーはもちろんセンセイだ。

 彼女は超絶凄腕ヒーラーであり、以前より俺も、その恩恵を何度となく受けていた。


 セナやセンセイに課された、身体に魔力を一切込めずに行う超絶苦行とも言える修行の数々。過酷で苛烈な修練の果てに、何度もボロボロになった俺であったが、その都度センセイの回復術によって俺は癒してもらっていたのだった。


 センセイの回復術は俺が愛飲(?)していためちゃスゴポーションを遥かに上回る効能を発揮し、怪我の完全回復のみならず、疲れや病すらも癒してくれた。


 そういった実体験に基づき、センセイならばクランマスターの弟を全快させることが出来るのではないかと考えたのだ。


 もしセンセイが駄目だった場合?

 大丈夫。万が一センセイが駄目だったとしても問題はない。俺には考えがある。

 その事を説明すると共に、少しだけ過去の話をしたい。


 当時のことを思い出すと胸が詰まるため、これまで中々話せなかったが、だからこそ今回の件はかつてのことを思い返すのにちょうど良かったのかもしれない。



◯◯◯



 俺にとって《力の迷宮》へのダンジョンアタックは非常に辛く苦しい経験であった。


 これは《力の迷宮》が他の新造最難関迷宮に比べて特に過酷な迷宮であったと言っているわけではない。

 とはいえもちろん、難易度の面から見ても、《力の迷宮》は例に漏れず通常のダンジョンに比べると超超超高難易度な迷宮であったが。


 それはそうとして、それならば俺にとって何がそんなに辛かったのか?

 疑問に答える前に《力の迷宮》がどのようなダンジョンであったか、少し話をしよう。

 


《力の迷宮》は《力》の名を冠したダンジョンだからか、敵が非常に硬いだとか、攻撃が重いだとか、敵が高速で動くなどの、明らかに物理的な力や速度に特化したダンジョンであった。


 アダマンタイトですら一刀両断出来た俺が《力の迷宮》では「硬ってぇ!」と思わず口にしてしまうほどに硬い甲冑騎士や、驚くほど洗練されたやたらと重いジャブを繰り出してきた二足歩行の犬(?)や、果ては超絶加速するカラクリ人形などのバラエティに富んだ強敵の数々と相見えた。どいつもこいつもかなりの強敵であり、俺の見立てでは、複数人で構成されたAランクパーティですら、この内の一体を相手に、歯が立たないだろうと思われた。


 しかしながら、身体能力のゴリ押しが得意でほぼソロ探索者の俺にとって、《力の迷宮》の敵の特徴はわりかし噛み合っていたので、《新造最難関迷宮》の中でも相性が良く、比較的与し易いものであった。


 なら俺は何が辛かったのか?

 その話に戻りたい。


 率直に言ってしまえば、俺の置かれた人間関係こそが辛かったのだ。


 固く封をして、忘れてしまいたい苦い記憶が蘇る。


 硬い敵を切りつけ、痺れてしまった手が回復するまで逃げ回っている俺のその後ろで、竜宮院とミカとアンジェがいちゃついていた。


 俺が二足歩行の犬の怪物とリアルファイトしてるその後ろで竜宮院とミカとアンジェがいちゃついていた。


 俺が複数体のカラクリ人形に囲まれてしこたまボコられてるその後ろで、竜宮院とミカとアンジェがいちゃついていた。


 どの場面を思い返しても、竜宮院とミカとアンジェはいちゃついている。

 四人パーティの内三人が、たった一人に激烈にやべー戦闘を丸投げして、後方でわちゃわちゃイチャイチャしてるのだ。

 もちろん俺が危機に陥ろうが誰も助けちゃくれなかった。


 当時の俺はパーティにいながら強い孤独感に苛まれた。

 人は一人でいるときよりも、たとえ集団の中にいたとしても、己に無関心な自分以外のメンバー達が仲良くしているのを認識しているときの方が、より強い孤独を感じる生き物なのだ。


 俺は《力の迷宮》を一人で探索した。

 パーティはいれども俺は一人だった。

 そこには絆も仲間も思いやりもなかった。


 俺にとってその状況こそが、何よりも辛く、何よりも苦しいものだった。


 だからこそ───

 力の迷宮のボスである八体のカラクリ人形に囲まれて、袋叩きにされてる最中、それでもきゃっきゃしてるパーティメンバーを見て俺は固く決心をしたのであった。


 次のダンジョンは一人で潜ろう、と。



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 次の《新造最難関迷宮》である《不死の迷宮》は、彼らを連れて来ずに完全に一人でのアタックとなった。


 聖騎士である俺の光属性の魔法は《不死の迷宮》に対して有利に働いたとはいえ、ダンジョンアタックがソロであったことに加え、道中にある多彩な罠や、雑魚モンスターからして相当にしぶとかったりと、探索は熾烈を極めた。


 この《不死の迷宮》は難易度で言えば、これまで踏破した《新造最難関迷宮》の中でも間違いなくトップレベルであった。


 ただ難関ではあったが、その分俺の収穫も大きかった。収穫の中でも、戦闘の際に偶々破壊した通路の壁の先にあった隠れ部屋で手に入れた、とある・・・宝珠こそが、その最たるものだった。



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《新造最難関迷宮》のボス部屋には二通りパターンがある。

 撤退出来るパターンと、特別なアイテムを用いない限り、ボスを倒すまで部屋から撤退出来ないパターンだ。


 通常のダンジョンであれば前者なのだが、《新造最難関迷宮》の中でも特にたちの悪い《不死の迷宮》は、やはりと言うべきか後者であった。


《不死の迷宮》の悪辣さはこれまでに経験してきた《新造最難関迷宮》の中でも群を抜いている。ボス部屋での撤退は不可能だろうと、簡単に予想出来たはずであった。


 それなのに俺は、最奥に辿り着いたとき、それまでの迷宮では慎重に慎重を重ねていたのに、躊躇いもなくボス部屋の扉を開けた───いや、開けてしまった。


 当時の俺は、これまでに人類未踏の迷宮を複数攻略していたという自信も手伝ってか、ソロで撤退不可能なボスに挑むことがどれだけ危険なことかを失念していたのだ。


 油断や孤独や焦燥などの戦闘に不必要な感情にどっぷり支配されていた俺は、ここ───《不死の迷宮》の最奥にて、致命的な代償を払うことになる。


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