第9話 旧都到着

○○○



 俺にはわかってしまった。

 俺の肩を万力がごときパワーで掴んだアノン。彼のフードで隠れて見えないはずのその両目は、今まさにバッキバキに見開かれているに違いなかった。


 やべえよ! やべえよ!

 このままじゃ、汗が湯気の様に立ち込める無数のおっちゃん達の中に放り込まれて問答無用でくんずほぐれつさせられてしまう!


 そんなことをしている場合ではないのだ。

 ここいらで俺はエネルギー補給・・・・・・・をしなければならないのだ。


 俺の灰色の脳細胞(自称)が、この難局を乗り切るべくフルスロットルに動き出した。


 そして、アノンに肩を掴まれてからおよそ三秒と少し───ようやく俺はこの事態を打開する術を見つけたのだった。


「アシュ、ここは貴女に任せたい。今は一刻を争う時だ」


 俺はなるべくキリッとした表情を作ってアシュリーへと向き直った。

 当然アノンが「ロウ、それは───」と口を挟んでくるが、それも折り込み済みである。

 大丈夫。策はもう既に練ってある。


「アノン!」と彼の名を呼び、表情を保ったまま彼へと言葉を掛けた。


 どういうわけだかアノンは俺のカッコいいところを見たいのだと言う。

 彼は元々ヒーロー願望を持っていたからか、俺にヒーロー的な面を求めている様に思える。

 だからこそ───


「俺達は直ちに《旧都ビエネッタ》に向かい、クランマスターの弟を治療するべきじゃないのか? それこそ俺達にしか出来ないことだろう!」


 彼のフードの奥の瞳を見つめた。


「そうだろ?」


「あ、うん……そうだね、確かにそうだね」


 そこで再びアシュリーに向けて、


「アシュ、この場を任せられるのは貴女しかいないんだ。《旧都ビエネッタ》に病で苦しんでる人がいる。一分一秒を争う事態で、救えるのは俺とセンセイしかいないんだ! 彼等を助ける為にも頼む!!」


 俺はがばりと頭を下げた。

 アシュリーの反応が気になり、少し頭を上げちらりと彼女の方を覗くと、


「ロウくんがこの場を任せられるのは、私だけ……」と両拳を握りしめていた。


 純粋な彼女を利用するようで心が痛いが、それはともかくとして俺はこの場を乗り切ったのだった。すまないアシュ、筋肉共の中で頑張ってくれ。反省はしている。



○○○



 そんなこんなで、話は現在に戻る。

 俺達は翼速竜イーグルドラゴンの背に乗り《旧都ビエネッタ》本部へと向かっている。


「そう言えばアノン、アシュ以外の聖騎士のいる所の防衛戦力は大丈夫なの?」


「バーチャスとアロガントのとこかい? その辺はぬかりないよ。比較的王都に近いアロガントにはマディソン宰相が直接戦力を派遣してくれることになった」


 マディソン宰相。

 彼は俺が王城を発つときに見送りに来てくれた三人の内の一人だった。

 勇者の意見に与した王命により是々の剣アファマティブの封印が解かれたと聞いたが、そのことについて彼はどのような立ち位置にいるのだろうか。


「それからバーチャスの方には宰相からの依頼という形で《七番目の青セブンスブルー》って最大手のクランが手を貸してくれるよ」


「宰相に話を付けるだなんて、アノン、お前は一体───」


「イチロー、ワタシはワタシだよ。ただのアノン。それ以上でもそれ以下でもない」


 一際強い風が吹いた。

 風に揺れるフードの奥に隠された彼を、彼のことを知りたいと思った。

 けど、それこそ、性急に結果を求めることこそ───


「そうだな。お前はお前だよ」


 野暮ってもんだろう。

 だから、互いに一つずつ、知っていけばいいのだ。


○○○ 



 アノンから今俺達が向かっている《旧都ビエネッタ》について、そしてクランマスターについての前情報などのレクチャーを受けていると、半刻ほどで一つの街が見えてきた。


 翼速竜イーグルドラゴンを降りた俺達は、街へと入り、アノンの先導に従った。

 そうこうして、竜厩舎に寄ったりと一手間あったものの、俺達はようやく《旧都ビエネッタ》の本部に到着したのであった。


「アノンが来たと伝えてくれたまえ」


 門番にアノンが告げると、「ハッ!!」とキレのある返事と共に、門番は確認を取りに急いだ。


「おー、デカいのう!」とセンセイが声を上げた。センセイはこういうところがかわいいんだよなぁ。


 それはそうと、例に漏れず俺も、その辺のギルドの建物を遥かに凌ぐ大きさのクランハウスに舌を巻いた。縦はそれほどではないものの、その広さと建物の構造はある種の小型要塞を思わせた。


「そりゃ、アルカナ王国で五本の指に入る大手クランだからね。本拠地はそのクランの顔。どこのクランでも、そこは見栄を張るもんさ」


「そういうもんなんかねぇ」


「そういうもんさ。探索者は舐められたらおしまいだからさ」


 しばらく俺達が他愛ない会話を交わしていると、先程の門番が駆けてきた。


「この度は失礼しました、アノン様。中へとお入りください」



旧都ビエネッタ》の幹部とされる人物が建物の入り口で待っており、彼はアノンと何事かを話すと「付いてきてください」と俺達を、クランマスターの元へと案内したのだった。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る