第4話 聖騎士 vs 聖騎士
◇◇◇
「それじゃあ始め!!」
審判役のアノンの声が響いた。
声に従いアシュリーが構えた。
彼女の戦闘スタイルは剣と盾を用いるものであった。しかし盾を器用に扱えるからと言って純粋なシールダーというわけではなかった。
勇者パーティとの戦いのほとんどを防御に専念することにしたのは、そうせざるを得なかったからだ。
そもそも彼女は聖騎士であり、剣技に関してもそれに見合った実力の持ち主であった。彼女自身、王国の騎士団長にも負けないという自負があった。
しかし今回の戦いでも、アシュリーは開戦と同時に、守備主体の相手の隙を突いて切り崩すスタイルで臨むことを決めた。
それというのも相対するロウと名乗る青年に隙がなかったからだ。
構えから見るに、目の前の青年の剣技は王国で主流とされるソード流剣術だろう。
じりじりとお互いが様子見をしていると、先に動いたのは青年であった。彼は声を上げて飛び掛かってきた。
純粋に速くて重い一撃であった。
獲物が木刀であることも手伝い、耐え切れないというほどではなかった───がしかし、すぐに彼女は己の過ちを悟ることになった。
やれやれ一撃目からいきなり全力か、などと見定めていた青年の姿が急にぶれたのだ。
そこから始まったのは青年の苛烈な連擊だった。
青年が単なるソード流剣術の剣士だというのは誤った推測であった。ベースがソード流であることに間違いはないだろうが、あまりにも別物過ぎた。彼の剣技は実戦で磨き抜かれた実戦に特化した彼流の剣術であった。
つまり『強固な基礎の上に積み上げられた、野性的で洗練されているという相異なる両者を内包した剣術』というのが彼の剣技の正体であった。
どれだけの実戦を積めばこのような形になるのか───アシュリーは背筋が粟立つ感覚を覚えた。
青年は
アシュリーは己の防御が刻一刻と削られていることに気付いていた。けれどアシュリーも負けてはいなかった。
相手は超一流の剣士と言っても差し支えがなかったが、それでもまだ捌けないほどではない。
やまぬ連擊とそれをすべて跳ね返す大盾による守り。次々と弾き、次々と弾かれる状況はまさに拮抗状態であった。
だがアシュリーは知っていた。
拮抗状況においては、先に痺れを切らした方が敗けなのだ。
大事なのは、隙を逃さないことであった。
そして彼女の好機を引き寄せる嗅覚は類い稀なものがあった。
連擊がどれくらい続いたか───そこで青年がこれまでで一番強力な一撃を放った。
『ここだ!!』とアシュリーは判断した。
連擊の切れ目、離脱する為の気の弛み───
そしてあと一つ───
永遠にも思える一瞬。
機が熟すか、機を逸するか。
勝利の女神はアシュリーに微笑んだ。
青年がまばたきの挙動を見せた──刹那、
『今ッッ!!』
盾から身体をさらけ出し、近距離から認識を許さぬ高速の突きを叩き込んだ。
『取ったッッ!!』
声に出さずとも内心で勝利を確信した───瞬間であった。
アシュリーの突きに、青年がこれまでの速度を超える速度で下から剣を突き上げ、彼女の剣を弾いた。
まだまだ上がるのかと、内心で舌を巻いたが、先程の自分と同じく相手もこちらの隙を窺っていたということか。
青年の剣速はさらに上がり、それだけでなくこちらの盾の死角となる箇所に的確に高速移動を繰り返すという曲芸染みた動きとなった。
青年の底が見えなかった。
戦闘前は青年に対して思うところがあった。
それは出来るだけ正確に彼を評価しようという気遣いであった。
というのも、青年を測る物差しがどうしても先日戦闘した剣聖になってしまうことは、彼にとって不公平なことだろうという彼女の思いやり───というよりは、同行を許可するか否かを判断する側として、アシュリーは青年に対し多少の同情心を抱いていたからであった。
───正確に彼を評価しよう
彼の死角からの攻撃を捌きながらも、彼女は己の言葉を思い出した。そして何と高慢なことかと己を恥じた。
「これぐらいで聖騎士様のお眼鏡に適いませんかね?」
青年が言った。
「こんなもんじゃまだまだだよッッ!」
スキルも魔法も使えない。身体能力の差は歴然。剣技では良く見積もって同等。勝つには……アシュリーには彼女にとっての一つだけ勝ち筋が見えていた。
彼の台詞から油断が見えた。
それならばやりようはある───はずであった。
「力こそがパワーなんだぜ!!」
彼が何かを呟くと同時に、極端な前傾姿勢で、張り詰めた弓から放たれた矢のように、地から解き放たれた。
避けなければと直感が告げたが、回避は不可能であった。ならば受け流───間に合わッッ───轟音が響いた。青年が拳か何かを大盾に叩き付け大盾の真ん中から大穴が空いた。
ちょうどその拳がアシュリーの目の前であった。彼が破壊された大盾の穴の部分を掴んだ。
何を───と考えた瞬間───アシュリーの身体は宙に浮いた。
力勝負であれば、師匠にも負けたことはない──この私が───浮遊感、からの落下。
しかし叩きつけられることはなく落下は直前で止められた。完全なる敗北だった。それを認識したと同時に全身から力が抜けた。
アシュリーの記憶にある戦いはここまでであった。
◇◇◇
目が覚めたら再びベッドの上だった。
「目覚めは悪くないじゃろ?」
黒髪の美しい女性───オーミがベッドの横に椅子を持ちより、そこに胡座をかいていた。
「少し前に無茶したときの身体と脳のガタも完全に治したからの」
「あ、ありがとう」
アシュリーはオーミの着物からはだけた胸に赤面し、内心では、なんとハレンチなと羞恥の念を覚えていた。
「礼ならいらぬ。それより、さっきの戦いは見事だった。病み上がりでふらついてるのに、よう頑張ったな」
オーミの声には慈しみがあった。
「それより、主、あのままじゃ死ぬとこじゃったぞ」
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