第3話 邂逅
○○○
「アシュリー! 大丈夫かい!」
アノンの
彼はアシュリーの元へ急ぎたい気持ちを抑えて、先立って俺の所にきたのだ。
ひとえにそれはアシュリーに会う前に、俺とアノンとで口裏を合わせるためであった。
俺の事情を汲んでくれたアノンには感謝しかない。
彼はどこか偽悪的に飄々としているが、アシュリーのことにしかり、俺のことにしかり、友人に対して非常に気を回していた。その様子はまさに気遣いの人であった。
アノンの声にベッドのアシュリーが俺達の方へと顔を向けた。
「ああ大丈夫だよ。それより、久しぶりだねアノン」
アシュリーはまだ全快にはほど遠いようで「よいしょ」とベッドから身体を起こした。彼女の肩を超える長さのピンクブロンドがさらりと揺れた。
「久しぶりってキミ、つい少し前に会ったばかりじゃあないか……」とアノンがぼやいた。
「いや、長らく眠ってたみたいでね、その辺の感覚がどうにも狂ってるみたいだ」とアシュリーが答えた。
確かにアシュリーの瞳の下にはくっきりとしたクマが見えた。
「キミ、本当に大丈夫なのかい?」
「本当に身体は大丈夫なんだ。それどころか、不思議なことに傷一つないらしくてね」
激しい戦闘があったと聞いたが傷一つない?
「何だって?」とアノンも不思議に感じたのか聞き返した。
「倒れた私が発見されたとき、身体に一つも傷がなかったそうなんだ。それこそ、これまで生きてきた中で出来た消えない傷痕さえもね」
「それはミカの回復魔法だ」
思わず言葉を発したのは俺だった。
間違いなく、アシュリーに回復を施した人物はミカだ。
彼女の規格外の《回復魔法》は通常の回復魔法であれば消えないはずの古傷さえもキレイさっぱりと消えてしまう。
実際に日本で生活を送っていたときに出来た傷跡は今や一つとして残っていない。
「君は?」
言葉を挟んだ俺にアシュリーは訝しげな表情を浮かべた。
「ああ、彼の名はロウ。そして後ろの女性はオーミ。二人ともワタシの友人だよ」
打ち合わせ通りにアノンは俺を友人だと紹介した。
「初めまして。私の名前はロウ──ヤンマー・D・ロウです」
「我はオーミ。お初に御目にかかる」
「ロウくんとオーミさんか。
私はアシュリー・ノーブル。アノンから聞いているだろうが聖騎士の一人だ」
それよりも、とアシュリーは続けた。
「君は今『ミカ』と言ったね? 何だか親し気な呼び方だけど君は聖女の知り合いかい?」
「あ、いや」
「ロウ、そんなに固くならなくていいよ。何も聖女を呼び捨てにしたことを咎められているわけではないから。アシュリー、ロウはその昔、大怪我したときに聖女に回復魔法を掛けてもらったことがあるのさ」
言いあぐねた俺を、アノンが上手くフォローしてくれた。
「それよりもアシュリー、どうしたんだい? 初対面の人にそんな棘のある言い方をするなんて」
アシュリーは「すまない」と右手で顔を覆った。
「こちらこそ、すまない。病み上がりのキミに責めるような真似を───」
「いや、違う。私は聖女の名前を聞いて冷静でいられなかったんだ。ロウくん、詰問するような真似をして申し訳なかった」
アシュリーは頭を深く下げた。
こちらの方こそ謝るべきだった。初対面の人間が病み上がりである彼女の部屋に入ってきたのだ。しかも勇者パーティに関する話題を出すなど配慮が足りなかった。
「こちらこそ申し訳ないです。病み上がりの貴女に対して、配慮が足りませんでした」
頭を上げた彼女からは疲労が色濃く見えた。
睫毛を伏せた端正な
「やめだやめだ。お互いが謝っても、いつまで経っても
「それよりもアシュリー、大体の話はユストゥス氏から聞いたよ。実際の所はどうだったんだい?」
顔を伏せたままアシュリーは
○○○
アシュリーが祠へと封印を施しているときに、勇者パーティの三人が現れ、封印の剣を簒奪したという───アシュリーの話の内容は概ね予想通りの物だった。
「キミ、
剣の所在や、アシュリーの敗北には触れず、アノンはアシュリーのスキル使用に対して尋ねた。その声音には怒りが滲んでいた。
「ああ、使った。そうしないと勝てないと瞬時に理解させられた。と言っても、結局私は彼女達に敗北し、《
アシュリーは自身を嘲るように言った。
「アシュリー、ワタシはね、何もそんなことを言いたいわけではない。《
「私なんてどうなってもいい。私がいなくなっても誰も哀しみはしないさ」
アシュリーは憔悴していた。
陰鬱な陰がより濃く見えた。
アノンのフードの中に見えないはずの、どこか泣きそうな表情が見えた。
「ワタシが悲しむ」
アノンは本気で悲しんでいた。
「それにユストゥス氏も、屋敷のみんなも悲しむ。有象無象が何を言おうと構わないだろう! そんなものは塵紙と一緒に捨ててしまえ!」
アノンが昂った感情のままに声を荒げた。
それに対しアシュリーがハッとした表情を浮かべた。
「……まさかアノンにこんなことを言われるとはね……ありがとう。確かにその通りだ」
この屋敷に訪れた当初、ユストゥス氏は俺とセンセイに厳しい目を向けていた。それもこれも俺達がアシュリーに害をなす者かどうかを心配していたからだろう。
それと同様に、まだ見ぬ屋敷のみんなも、アシュリーを慕っているに違いない。清潔さを保たれた屋敷に、丁寧に管理された庭のガーデニング。細やかな仕事はアシュリーに対する気持ちの表れだろう。
「ここから全てを取り返そうアシュリー。封印を何とかして、剣も取り返すんだ。だからそのためにワタシは彼等を連れてきた」
アノンが次の言葉を俺達に委ねた。
「《封印領域》に関しては我より詳しい者はおらんじゃろうな」
存在感の薄かったセンセイがここにきてようやくと胸を張った。
「戦艦大和に乗ったつもりでどーんと構えておればいい」
沈んでるんだよなぁ。
誰がセンセイにこんな謎知識教えたのか。ほんとにもう……。
センセイが俺にちらりと目線を送った。
「俺達二人が、封印迷宮踏破に力を貸す。こちとら、迷宮踏破に関しては一家言ある身だ」
俺は親指を自分に向けて、アシュリーが少しでも安心出来るように手伝う旨を伝えた。実際に人類が踏破不可とされた迷宮を七つも踏破しているのだ。
けれどアシュリーはどうも納得出来ないようであった。
「アノン、二人は、その、戦えるのかい?」
「大丈夫だ、問題ない」
そのセリフは問題があるときの代名詞的なフラグではあるが、言わぬが花だろう。
「彼らは有名な探索者か、何かなのかな?」
俺とセンセイは首を振った。
「なら、何かの武術の師範だとか? 魔術の達人だとか?」
再び、俺とセンセイは首を振った。
その様子を見て、アシュリーはアノンへと何か言いたげな顔を向けた。アノンは「大丈夫だって」と返答したが、
「二人とも、よく聞いてくれ。二人の申し出には感謝する。けれどこの戦いで、私達は生きて帰れるかわからない───それほどまでに絶望的な戦いに、無関係な二人を巻き込む訳にはいかない」
アシュリーの不安はもっともであった。
地位や名誉などの肩書きを一切持たない俺とセンセイの実力は、やはり中々信じてもらえないのだ。悲しいなぁ。
「別に、二人が手伝ってくれるって言うんだ。手伝ってもらえばいい。二人だって大人だ。何も強制したわけじゃあない。この期に及んで、彼等の実力を疑うってんなら、アシュリー───キミが彼らと一度闘ってみればいい」
病み上がりの女性に何てことをいうんだね!? と糾弾の眼差しをアノンへと投げ掛けていると、
「ならば一戦交えよう。それが一番わかりやすくて良い」
ベッドのアシュリーが予想外の反応を示したのだった。
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