第6話 お喋りしようよ

○○○



 アノンの御者の元、聖騎士アシュリーの館に到着した。

 既に日は落ち、辺りには暗闇が忍び寄っていた。


「何とかギリギリ暗くなる前に到着して良かったよ」


「ありがとよ。わざわざ俺達をここまで送ってくれてよ」


 肩をぐるぐるとストレッチし首をのびーとして凝り固まった身体をほぐしているアノンに対して感謝を告げた。


「ん? キミは、もしかして勘違いしているのかな?」


「何をだよ?」


「まあいい。いくよ」


 聖騎士アシュリーの館は立派な洋館であった。

 ただし日本育ちの俺からすると非常に豪華な建物であるのだが、アルカナ王国の王都で見た貴族達の住まいに比べると多少の物足りなさを感じた。


 屋敷の規模が彼女達の地位をどのように反映しているのか非常に気になったが、それよりも、人気ひとけをほとんど感じられない街から遠く離れた辺鄙へんぴな場所にアシュリーの住まいがある───その事実に俺は、何故だか胸が詰まるような思いを抱いた。


 屋敷入り口は当然ながら固く閉ざされていた。扉の側に口壁に嵌め込まれた掌に収まるくらいの球状の魔道具があり、アノンはそこに手をかざした。こいつは呼び出しの魔道具なのだそうだ。


 やがてくだんの魔導具が『じじじ』と音を発した。


『……』


 魔導具の向こう側に確かに気配を感じた。時間が遅いこともあってか、俺達の様子を伺っているのだと思われた。アノンは構わずに、


「くくっ。そこにいるのはどうせユストゥス氏だろ? アノンだ。疾く出迎えたまえ」


 アノンとのやりとりからそれほど時間を経ずに、ガチャリと正門が開き、屋敷の扉から燕尾服の男性が現れた。

 やけに鋭い目付きの男だと思った。

 王城で見た側仕えの人に比べてもその背筋はピンと伸ばされており、その真っ直ぐさたるや、一本の針金が彼の背中を貫いているのではないかと思わんばかりであった。


「アノン様、御足労いただきましてありがとうございます」


 ユストゥスなる人物がアノンへと感謝の言葉を述べ、すぐさま俺とセンセイへと視線を向けた。


「して、アノン様。アナタの後ろにおられる方々はどなた様でしょうか?」


「ああ、紹介しないとね。彼らはワタシの友人達だよ。きっとアシュリーの助けになるはずさ」


 ユストゥスはただでさえ鋭い目をさらに細めて、俺とセンセイの姿を観察し、睥睨した。

 アノンの放つ雰囲気が険しくなった。


「ユストゥス氏、あまり言いたくはないのだがね。ワタシはアシュリーの友人であり、ここのところ彼女の為にずっと動いている。それは君も知るところだろう?

 にも関わらずにキミはワタシ達を屋敷の中に招き入れることすらせずに、ワタシの友人に不躾な視線を向けている。それがこの家の総意なのかな? ん?」


「い、いえ」


「なら、早く私達を中にいれたまえ」


 アノンの問い掛けは静かであったが迫力があった。

 ユストゥス氏は額に汗を浮かべていた。


「失礼しました。アノン様、ご友人のお二方、こちらへどうぞ」


 こうしてユストゥス氏は俺達三人を屋敷へと招き入れたのだった。



○○○



 俺達三人はそれぞれ客室を宛がわれた。

 荷物を置き、しばらくしてから約束していた広間へと向かった。既にセンセイとアノンが揃っていた。


「ロウ、来たね。それじゃあ、アシュリーの元へと行こうか」


 アノンはアシュリーのために動いていると言った。彼が彼女とどのような関係なのかは想像が付かなかった。

 ただ何度も屋敷を訪れているからか内部の構造を把握しているらしく、勝手知ったるなんとやらであった。俺とセンセイを先導する形でユストゥス氏とアノンは並びたって歩いていた。


「ここです。ここにお嬢様がおられますが、くれぐれも───」


「わかってるさ。そこまで言わなくとも彼らも見ればわかるだろう」


 注意するユストゥス氏に、アノンがそれを面倒だと口を挟むのはもしかするといつもの彼等のやりとりなのかもしれなかった。


 俺達は一際豪華な扉を開け部屋へと足を踏み入れた。奥に配置された寝室へのドアを開けると、ベッドの上に横たわるストロベリーブロンドの美しい女性がいた。


 彼女こそが、聖騎士アシュリー・ノーブルであった。


 身じろぎもせずにベッドに横たわるアシュリーを見たとき、俺とセンセイは一瞬声を失った。

 これがただの睡眠ではないことは明らかであった。彼女の規則的な呼吸音だけが部屋に響いた。

 


「彼女は?」


「彼女は───」


 俺の問いにアノンが答えようとしとが、それをユストゥス氏が引き継いだ。


あの日・・・、お嬢様はほこらへと向かわれました。お嬢様の仕事はおよそ半日掛かりの仕事になりますので、私達はお嬢様の無事を願って屋敷での仕事に励んでおりました。

 いつもであれば戻られるであろう時間より、一時間ほど早い時間に、お嬢様のおられる場所から救援の狼煙のろしがあがりました」


 ユストゥス氏の声は震えていた。


「私達が急いで、ほこらの洞窟へと駆けつけると、そこには倒れ伏したお嬢様がおられました。幸いなことに傷一つ・・・ありませんでしたが、意識を失った状態でした。

 私達はお嬢様に近寄り懸命に回復薬を用いてお声掛けしました。その甲斐あってか、お嬢様は一瞬だけ意識を取り戻されました」


 ここに来る前にアノンが教えてくれた話はユストゥス氏から聞いた話なのだろう。


「お嬢様は大変責任感の強いお方です。お嬢様のその責任感が、ひと時ではありますが、お嬢様の目を覚まさせたのでしょう」


 ユストゥス氏はそこで一息置いて、何かをぶちまけるように言った。


「一瞬意識を取り戻されお嬢様が伝えてくださったのです。『封印の剣が持ち出され封印は破られた。簒奪者は勇者パーティだ』と」



○○○



 聖騎士アシュリーはユストゥス氏達に伝えなければならない情報を伝え、再び意識を失ったのだという。

 外傷は一つもないが目を覚まさないことから、その原因は不明であるとされていた。

 必要な話を聞き終え、俺達はアシュリーの部屋を辞した。

 話は明日で良いと三人共に賛成し、到着時に与えられた部屋へと各自で向かうこととなった。


 廊下を歩いていると窓の外に星が見えた。

 既に立派な夜となっていた。


 不意にセナのことが思われた。

 セナが一人で夜を過ごさないといけないのかと思うと、胸が締め付けられるような感覚を覚えた。

 アシュリーに関する話を聞くと、気になる点はいくつもあった。それと同じだけ考えるべきことがあった。けれど、それ以上に頭を占めていたのはセナのことであった。

 セナを一人にしても良かったのだろうか。

 一人で寂しい思いをしているのではないだろうか。

 一体彼女の過去に何があったのか。

 聞きたいことはいくらでもあった。それを聞いても良いのか迷いがあった。

 ぐるぐると頭の中をセナへの想いと感情が駆け巡った。


 カツン。


 今は屋敷の住人ならば各自の部屋で仕事なり休むなりしている時間だ。

 なら背後に聞こえた靴音は?


 振り返ると、アノンだった。

 彼は一度「くくっ」と微笑んだ。


「あー、なんだよー驚かせやがって」


「驚かせてしまったかな、そんなつもりはこれっぽちも微塵もなかったんだがね」


 アノンらしい持って回った言い回しだった。


「ところでアノン、何の用だよ?」


「いやいや、キミと少しお話がしたくてね」


 セナのことでそれどころでなかった俺は断った。


「明日じゃダメか?」


「ダメだね。良いじゃあないか、今日お喋りをしたからと言って何かが減るわけでもあるまいに」


「確かに減りはしねぇけどよ……」



「そうだろ?

 なら良いじゃあないか、聖騎士ヤマダイチロー」





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