第7話 I wanna be ……

◯◯◯


「どうして───」


「どうしてわかったのか理由が聞きたいって?」


 俺はアノンに正体を見破られたことで混乱の極致にあった。


「その質問自体がロウ、ダメだよ。もう完全に認めてしまってるじゃあないか」


 確かにその通りだった。ぐうの音も出ないバレ方であった。略してぐうバレである。


「まあいい。ロウのオーケーも出たことだし、それじゃあお喋りしようか」


 アノンが自分の部屋へと俺を先導した。彼の後ろについて歩く俺の気持ちは、連行される容疑者のそれであった。ドナドナ。



○○○



「簡潔に言うとね」


 アノンはベッドに腰掛けた。


「資産家で、実力者で、黒髪の『ヤンマー・D・ロウ』なる人物は存在しない」


「はっ?」


 間抜けなことに俺は彼の言葉の趣旨を掴めなかった。


「言葉通りだよ。一つ一つ説明しなきゃダメかい?」


 まあいい、と彼は足を組んだ。


「そもそも、図抜けた実力があったり、資産家であったりすればその人物は当然それなりに知られているはずなんだよ。ワタシは王国だけでなく近隣諸国に存在する有名人のほとんどを把握している。それこそ、目ぼしいところまで含めてね」


 おいおい、データベースかよ。

 けれどデータベースには答えが出せないのはこの世のことわりのはずだろ。

 俺は絶賛現実逃避中であった。


「キミの買い物の様子からして、これはもう相当なお金を持ってるんだろうね」


「金があることに関しては否定しない。けど待ってくれよ。俺の実力なんて誰にもわからないだろう? 実際に俺がボルダフに来てから誰かの前で闘ったことはないはずだ」


「戦ってるよ。キミが貴族令嬢の誘拐を阻止したときにね。キミが始末したあの盗賊達ね、あれらは決して単なる雑魚というわけではなかったんだよ」


 俺は今の今まで、あいつらを単なる汚い悪役モブ雑魚キャラとしか認識していなかった。


「彼らはとある上位貴族のドラ息子と組んでかなりの悪どいことをやっていてね。けど、その辺の詳しい話はまあいいだろう」


「けど、それだけじゃ俺の正体の特定なんて───」


「出来るさ。だってキミが名乗ったんだ、『ヤンマー・D・ロウ』ってね」


 あっ(白目)


「ヤマダイチローをもじったんだろ?」


 こらあかんわ。


「勇者パーティから聖騎士が姿を消してからある程度の時が流れた。

 ちょうどそんなときに、黒髪で資産家で実力者であり、今ではすっかりと忌避されるヤマダイチローの名前をもじったものを偽名に用いた人物が、勇者パーティと聖騎士の情報を集めているという」


 言われて初めて自覚したけど、こんな怪しさてんこ盛りの人物がいればそりゃ疑われても仕方あるまい。

 アノンには完全にバレたようだし、最悪、街に降りられなくなると面倒臭いことになる。


 ただそれよりも気になったことがあった。


「アノン、降参だ降参。別に構わねぇよ、言われた通り俺が聖騎士の山田一郎だ。

 けどよ、お前が今言った『実力者で資産家で』って部分がこの国で流れてる俺の噂とは全然違うだろ?」


 噂の中の俺は資産の管理が出来ない浪費家であり、実力もなくデブで怠惰な人物だ。


「ワタシはね、自分の見たモノをこそ信じたいと願っているのさ。それこそがワタシのポリシーだと言っても良い」


「ポリシー……」


「そう、ポリシー」


 飄々とした彼に存在する熱のようなものに触れた気がした───

  

「何事にしても、最後の最後は自分で判断を下す、という意志のない奴は、簡単に他人に動かされる。 

 それと同様に、情報を自分で精査するという意志のないものは、結局のところ他人の都合の良い情報に踊らされるのさ」


 恐らく───彼の内側にはもっと熱い何かが秘められているのだ。



○○○



「キミが抜けた途端、勇者パーティは初めて迷宮探索に失敗した。それも勇者クンの指名した通りのSランクパーティを、二組も加えて、だ」


「それはやっぱり本当の話なのか?」


 竜宮院を戦力に数えずとも、あの三人であればどんな迷宮であれ一階層で帰還することなんてことはないはずなのだ。


「彼ら──《アトラス》から、勇者パーティに同行したメンバーの話は既に聞き及んでいる。まったく。救国の英雄がとんだお笑い草だよ」


 彼の《アトラス》と呼ぶ響きにくだんのクランに対する親しみを感じた。


「まぁ、同行したパーティのまとめ役イライザの言い分が本当なら、勇者クンは随分と軽率で思慮の欠けた人物だね。もちろん《アトラス》に所属する彼女イライザが自分のミスを誤魔化すために、勇者クンに責任を擦り付けた可能性もあるかもしれないけどね」


 ただ、と彼は続けた。


「ワタシはね、彼女・・とそれなりに付き合いがあってね、彼女・・がそんな嘘を吐くような人じゃあないことを知っている」


 フードの中の彼の瞳が俺を射抜いた。


「なら、問題だ。王国内ほとんどの人間が無能だと蔑む『キミ』と、ワタシの知人が『思慮に欠けた人間』だと称した『勇者クン』。ワタシが信じるべきはどちらだと思う?」


「俺に聞くなよそんなこと」


「ごめんよ。聞くまでもないね。正解は『キミ』だよ。

 キミと勇者クンなら、ワタシは迷わずにキミを信じる」


 彼の言葉に胸が詰まった。


「何せワタシは自分の『目』を信じているから」


 気持ちを言葉に出来なかった。

 頬が急激に熱を帯び、気を抜いたら泣いてしまいそうだった。


「これは個人的な話なんだけど、少し聞いてくれるかい?」


 二人の沈黙を破ったのはアノンだった。

 俺は「おう」と頷いた。

 

「ワタシはね、その昔、英雄になりたかったんだよ。全ての災厄から全ての人々を守るような、そんな英雄にね」


 アノンは訥々とつとつと語り始めた。


「きっかけは一冊の絵本さ。子供のときに読んだとある絵本。その主人公である勇者に、ワタシは憧れてたんだ。その勇者は全てを救う英雄だったんだ」





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