第7話 聖騎士アシュリーと封印を司る剣
○○◯
聖騎士アシュリー・ノーブル。
当時、十三という年齢で聖騎士の職に就いた彼女は、歴代でも最年少の聖騎士としてアルカナ王国で持て囃された。
それに驕ることなく、実直が鎧を着たようなと例えられるほどに実直なアシュリーは、日夜厳しい鍛練と、聖騎士としての義務を欠かさずに行ってきた。
アルカナ王国では聖騎士職は誰にも代わることの出来ない務めがあり、貴族位に比べても遜色ないほどに重要視されていた。
《
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彼らこそがアルカナ王国にいるたった三人の聖騎士であった。
そして三人の聖騎士の中でも、アシュリーは人一倍の知名度を誇った。
彼女の生真面目な性格を好ましく思ってか、それとも弱冠十三歳ではあるが眉目秀麗とされたその容姿を一目見ようと思ってか、それともまた国からも優遇される話題の聖騎士と仲良くしておけば利益になるという算盤を弾いたからか、多くの者が彼女の屋敷に訪れたのだった。
公務は先代のころから仕えていた者に引き続き任せていたが、せっかく訪ねてきた客人ではあるため、礼を失さぬためにとアシュリー自身の顔見せは必要であった。彼女は面倒だとは思わなかったが、自分の年齢の何倍もの人間が詰めかける様に気疲れしていたのだった。
けれど、それも遠い過去であった。
今となっては、かつては珍しい品物を土産に訪れた商人も、彼女の
○○○
話はもちろんあの日に遡るだろう。
四人目の聖騎士が召喚されたあの日だ。
彼がこちらに召喚されてから幾ばくかの日が過ぎたころ、儀式を受けずに聖騎士になった特異な人物がいると耳にした。
その者は勇者と共に《新造最難関迷宮》のクリアに勤しんでいるという。
アシュリーは四人目の聖騎士がどのような人物なのか興味はあったが、この屋敷付近から離れられない事情があったので自らの足で確かめることはできなかった。
だからアシュリーは「私はここから世界を護ります。ですので、貴方には貴方の出来ることをなさってください。お互い抜き差しならぬ立場ですが、貴方の無事を願っております」と異世界から召喚された少年の奮闘と身の安全を念じ、届けられることのない思いを手紙をしたため、机の引き出しへと仕舞い込んだ。
○○○
明確に流れが変わったのはやはり勇者が七つ目の迷宮である《刃の迷宮》を踏破した後になるだろう。
勇者パーティによると、
彼の行いは彼のみならず、聖騎士であるアシュリー達三人にも悪評を呼び込んだ。
誠実の代名詞たる聖騎士が、そうでなかったという悪しき前例が出てしまったのだ。
彼女達三人の聖騎士は、国から特別扱いされているにも関わらず、実際のところはそれに見合う人格者ではないのではないか、と疑う輩が現れたのだった。
けれどそれも仕方のないことだとアシュリーは自分を無理矢理に納得させた。
全く悲しくないと言えば嘘であったが、聖騎士を──ノーブルを継いだ以上は自分のやるべきことは一つだけだった。
○○○
「では、
彼女──聖騎士アシュリー・ノーブルが告げると「ハッッ!」と屋敷の者全員がその場にひれ伏した。
そしてこの祠での仕事こそが、連綿として引き継がれてきた聖騎士の義務であった。
自我に目覚めてから、聖騎士になるようにと教育を受けてきたアシュリーにとって義務を果たすことは当然のことであった。
屋敷から徒歩で行ける距離にその洞窟はあった。
洞窟はそれほど大きくなく、入って数分でアシュリーは最奥に着いた。
最奥には祠が祀られていた。 その祠の中には秘された剣があった。その名を《
アシュリーは祠の内にある《
彼女は一度洞窟に入ると半日は出てこない。それはその《魔封》の使用に半日の時間が費やされるからに他なかった。
加えて費やされるのは時間だけではなかった。体力と精神──そのどちらもが《魔封》を終える度にゴッソリと削られてるのをアシュリーは感じていた。
今や彼女の齢は十九ではあるが、歳による衰えで《魔封》が使えなくなったときが彼女の人生の終点であった。
○○○
この日は虫の知らせと言っても良いものか、《魔封》を施す半日の間、何故か煩悩のようなものが次々と脳内に沸いて出た。
アシュリーは実はかわいいものが好きだった。
以前、商人が持ってきたくまのぬいぐるみがあった。
せっかくだからと頂戴したが、アシュリーは興味津々だった。
魔力を込めて、名前を登録すると「ぼくは、くま」「アシュリーだいすき」と喋る逸品だった。
彼女はそのぬいぐるみが大好きだった。
頭を
自分には聖騎士としての使命がある。けどそれを別にしても、可愛いものは自分には似合わないんじゃないかといった諦めがどこかにあった。
だから人前で可愛いものが好きだなんて素振りは一度たりとも見せたことがなかった。
また、彼女はオシャレにも興味があった。
かつて自分を姉だと慕ってくれた令嬢が数人いた。今では彼女達は顔を見せないようになってしまったが、彼女達は屋敷に訪れる度に土産として衣服を寄越した。
彼女達はキラキラとした瞳で「御姉様に似合うと思いまして」と、フリルをふんだんにあしらった可愛らしいドレスから背中がバッカリと開いたアダルティなドレスまで様々な衣服をアシュリーにもたらしたのだ。
恥ずかしがったアシュリーは令嬢に、着ずとも身体の前でそれを当てて見せて「ありがとう、本当に嬉しいよ」と麗しい笑顔で礼を言った。
もちろん、屋敷の者の前ですら着替えることはなかったが、彼女は誰にも見つからないように、夜な夜な一人で着替えを楽しんだりするくらいにはオシャレに興味津々だった。
帰ったらドレスを着るんだ。
寝るときはクマンダと一緒に寝よう。
普段なら《魔封》の最中には考えもしなかった煩悩がとりとめもなく彼女の脳内に流れた。
要するに彼女は疲れきっていたのだ。
終わることのない使命。
精魂磨り減らすスキルの使用。
全く身に覚えのない誹謗中傷。
それに悪評を信じ、自分から離れていった人々。
意識に上らずとも、疲労はゆっくりと、けれど確実に彼女の身を浸していた。
だから、背後に近寄られるまで気付かなかった。
ジャリと地を踏んだ音が聞こえた。
アシュリーがスキルへの意識を切ることなく、ばっと振り返ると三人の女性がいた。
「誰だッ!」
「聖女のミカと申します。お見知りおきを」
豪奢な修道服の女性が自己紹介を始めた。
「こちらの剣聖エリスさんに新たなる
サークレットとバトルドレスを身に付けた小柄な女性が剣聖なのだと、自称聖女が
「世界を救うためです。私達はあなたのその後ろに奉られている《
アシュリーの心臓がどくんと早鐘を打った。
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