第6話 アノン

○○○



「ミランが人を連れてくるっていうからどんな人物かと思えば、これはこれは、中々に大物を連れてきたじゃあないか」


 とある郊外の小さな一軒家。

 その一室で俺は一人の人物と向かい合って座っていた。

 目の前に座る、顔までフードで隠した性別不明の人物が、多少の驚きを見せた後「くくっ」と笑った。


「いやはや失敬、失敬」


 彼の声音は女性っぽいと言えば女性っぽく、男性だと言われれば男性だと思ってしまいそうな不思議な響きだった。

 人を食ったような話し方とやけにマッチしていた。


「ワタシの名前はアノン。キミの名前は?」


「俺の名前はヤンマー・D・ロウ。ロウと呼んでください」


「ロウくんか。ワタシはキミのことが気になって気になって仕方なかったんだ」


 俺のことを……だって?


「いやいや、別にキミに気がある、だなんて軟派なことを言いたいわけではないんだよ。まぁいい、座りたまえ」


 彼(?)に促されるように対面に腰かけた俺は、話を待った。

 何が面白いのか彼は再び「くくっ」と笑った。


「この格好が気になるかい? 元々、ワタシ自身は探索者でね。兼業で情報屋みたいなことをしているんだよ。けど副業だからといって情報などという危険な物を扱ってることに変わりはない」


「なるほど、だから姿を認識出来ないんですね?」


 そう。彼はローブで顔を隠すのみならず、何らかのスキルか魔術で自分の姿を認識出来ないように操作していた。


「そういうこと。それにまあ、キミの人柄は大体把握している。だからそれほど心配はしてないよ」


 まただ。さっきも出会って開口一番、彼は俺のことを『大物』と称した。


「ワタシがキミを知っていることが不思議なようだね?

 ワタシも少し街を離れていたので、集まった話はごく短い期間のものになるけど、その中にはキミらしき人物の話がいくつかある」


 俺が街に降りてきた回数は両の手で数えられるほどの回数しかない。目立つ行為をしたかと問われると───したわ。してるわ。

 札束でビンタするかのごとく市場で金貨袋を振り回してたわ!

 完全に目立ってるし、否定しようものなら『え、俺何かやっちゃいました?』になるわコレ。


「そもそも『黒髪』自体が珍しいのに、街に出没するたびにバカみたいな買い物をする人物。金払いが良いのでキミのことを悪く言う人はいなかったよ」


 確かに『黒髪』は珍しい。過去の転移者の末裔じゃないかと言われたりしているが、全くいないわけではないので油断していた。

 けどまあ所詮はちょっと買い物で散財しただけ。

 爆買いだなんだ言ったところで、大型家電売り場に行けばいくらでも見られた光景だ。こんなもの単なる金持ちの道楽みたいなものだ。大したことじゃねぇぜ!


「君の目撃情報を集めていくと、キミがこの辺境の地であるボルダフに初めて姿を見せたその日のことに行き当たった。それまでに街で見たことのなかった黒髪の男性の噂さ」


「爆買い以外での噂? え、何か俺やっちゃいました?」


「少女三人を助けてオークの前に躍り出たこと」


「あ(察し)」


「盗賊を殲滅して、女性の誘拐を阻止したこと」


「あっあっ(白目)」


「とある商会の女主人を刺客から守ったこと」


「あっあっあっ」っと脳に何か変な針を刺されたような呻き声を漏らした俺。


 やってましたわ! やらかしてましたわ!「大したことじゃねぇぜ!」だなんて嘯いてたけど俺は十分に暴れていたのだった。

 けれど仕方がなかったのだ。久しぶりの街でテンションが上がったいたのだ。

 言及されてる件について忘れていたことについても弁明させて欲しい。

 その日いきなりミランに「逃亡聖騎士ヤマダ」がどうだとかこうだとかいう話をされたり、翌日はわけのわからないスーパーリューグインファンタジーを見せられたりとで、俺には俺で色々と負荷が掛かっていたのだ。


「その反応。やっぱり全部キミだったようだね」


「確信があったわけじゃなかったのかよ!?」


「確信はあったさ、どれもキミだろうという。けれど確信と確定は別さ。最終的に本人から証言を得ないとね」


「俺が、嘘を吐いてる可能性は?」


「『大きくなったときに、誰か困ってる人がいたらさ、助けてやってくんなよ。人生ってそんなもんだろ』だったかな?」


 それは以前ミランに「何故自分達の家族を助けるのか?」と尋ねられたときに俺が答えたセリフだ。

 戸惑う俺を見て「くっく」と意地悪く笑った。


「なんだよ」


 俺は子供の頃から、じいちゃんやばあちゃんには『胸を張れるように誠実に生きろ』と言われてこれまで生きてきた。

 だから俺はいつだって、俺のやりたいように、お天道様の下を胸を張って生きていけるように生きてきたつもりだ。


 俺の言葉が薄っぺらいは自覚しているところだ。

 けれどその言葉は、ミランからの質問に対して、その時の俺が精一杯出した答えなのだ。何も知らない他人に笑われる筋合いはない。

 俺の内心を察したのか、


「いや、勘違いしないでくれたまえ。失礼なことを言ったのなら謝る」


 この通りだ、とアノンは頭を下げた。


「どうもワタシは失礼なやつだと思われてしまうたちでね。悪気はないんだ」


 咄嗟にアノンは俺の手を掴んだ。


「ワタシはね、感動したんだ。今のこの御時世そのような言葉を口に出来る人がいることにね」


 もちろん、と彼は続けた。


「人は平気で嘘を吐く。当たり前だが、ミランが聞いたキミのセリフも嘘かもしれない。いや、正直に言おう。ワタシはキミという人間の善意を信じてはいなかった。

 何か裏がある───時が来ればキミはその善良な仮面を剥ぎ取り、ミラン達の家族に牙を剥くだろうとワタシは思っていたのだよ」


 彼の手から俺へと熱が伝わった。


「ケガが原因で彼女の一家が苦しんでるときワタシは何も知らずに街を離れていた。そんなワタシが、彼女を救ったキミを疑って、君の情報を集める。しかも出てくるのはキミが誰かを助けたという話ばかり───これのなんと滑稽なことか」


「別に滑稽でも何でもねぇよ。見ず知らずの他人を疑うのは仕方のない話だ。それに、俺を疑ったのはミランの家族のためだろ?」


「───やはりキミは底無しの善人のようだね。ワタシの確信は確定へと相成った」


 アノンはそこで何かに納得したように一つ頷いた。


「今回ワタシが君へ話す情報は、ミランの家族を助けてくれたお礼のようなものだ。無料ロハで構わない」


 そしてアノンは「ミラン達を助けてくれて本当にありがとう」と再度頭を下げた。


「俺は俺のやりたいようにやっただけだ。けど、お礼に情報を教えてくれるってんなら遠慮なくお願いするよ」


「そう言ってくれると助かる。これからキミとワタシとで楽しい楽しいお喋りを始めようではないか」


 彼は俺の手から手を離し、長い話しになるからね、と紅茶の用意を始めた。

 手際よく俺の前に茶を置くと、


「ミランから大体のことは聞いてるよ。

 君は勇者パーティについて、聖騎士についての話が聞きたいんじゃないのかな?

 さあ、何でも好きなことを聞きたまえ。ワタシの知る限りの話をしようではないか」


 フードで見えないはずのアノンがにこりと笑ったのが、何故か俺にはわかったのだった。






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