第5話 眠れない夜

○○○




 雑で荒い推測だ。いや、もはや推測や憶測とすら呼べない勘繰りですらある。

 どうせ言い出した奴は竜宮院だろう。ゲスにはぴったりのやり口だ。


 そもそも同じパーティには解呪のスペシャリストの聖女だっているのだ。呪いとわかったのならすぐにでも解呪すればよかろうよ。


「けど呪いなら、聖女様に解呪してもらえばいいじゃない」


 そうそう! そうなんだよ! やっぱりわかる奴にはわかるんだよなぁ!


「確かにその通りだ。けれど勇者様が言うにはこの世界に存在する《魔法》や《呪術》由来ではない、転移者に発現した彼固有の特殊スキルでなんらかの《呪いのようなもの》を掛けたんじゃねぇかって話だ」


 何なの? その《何らかのスキル》で《何らかの呪いのようなもの》を掛けたってよ! ふわっふわし過ぎだろ! わたがしかよ!


「バカバカしい……」


 思わず口の中でこぼしたセリフに、ミランが不思議そうに首を傾げた。


 散々聞き耳を立てといて今さらだけど結局のところ所詮は噂話は噂話に過ぎない。

 これからもこんな感じで俺に濡れ衣が着せられることになるのかと思うと気が滅入るが、それくらい我慢すればよかろうよ。


 ミランがクッキーを食べ終えて皿に残った欠片を摘まんで食べており、俺に見られてるのに気付いて顔を赤くした(かわいい)。

 彼女が食べ終わったんなら、そろそろ行くかと席を立とうとした、その時、


「噂だから結局俺達がぁ、いくら考えてもぉ、事実はわからないからねぇ」


「確かにな。けれどそれよりも、その逃亡者のせいで割を食った他の聖騎士は可哀想だよな」


「そうね、特にノーブルの所の彼女はね」


 席を立ったタイミングだった。

 再び腰を下ろす訳にもいかず、ミランへと声を掛けた。


「今日はギルドでの用事はもういいや。買い物に行こう」


「はーい」


 何かもやもやするので、散財することで発散するのだ。


 ───割を食った他の聖騎士


 ───ノーブルの所の彼女


 けれどこの後どれだけ散財しようが、そのワードが頭から離れることはなかった。


 もう少し話を聞いていれば良かったと後悔するも後の祭りだった。



○○○



 ミランのウチに泊めてもらうので、彼女の家に持参すべくたんまりと土産を購入した。

 ふと気付くと、いつも帽子を被ってるミランが髪飾りをじぃーっと眺めていた。

 そいつをひょいと取って「これくださいな」と購入しようとするも、ミランはものすごい勢いで首を振って「いらないっ!」「いらないよっ!」と遠慮するので、無理やり購入して手渡した。

 さらに気遣いの人である俺は、ミランの髪飾りのみならず、マーロさんとフィオの分の髪飾りまで追加購入したのだった。


 この後もしっかりと散財した俺は、土産とともにミランの家へと向かった。




○○○



 土産は保存の利く乾燥した肉や魚やパンだったが、フィオもマーロさんも食料よりも髪止めを渡したときの反応の方が断然大きかった。


「ずっと大事にします!」だなんて大げさだなぁと苦笑してしまった。


 魚の乾物はあまり調理に用いたことがなかったそうなので、手解てほどきをかねて、俺が料理を振る舞った。


 夜になると、何故か探索者ごっこが始まった。

 今回の提案者はなんとマーロさんだった。

 俺が勇者役でマーロさんが聖女役、ミランとフィオがライバルパーティ役だった。ちなみに役はじゃんけんで勝った人が決めるルールだったが、勝者はマーロさんだった。

 なぜこんなに意味不明な役割決めなのか、少し解せなかったが、子供のやりたい遊びを親である彼女が率先して提案するだなんて、なんて素晴らしい母親なのだと俺は感心したのだった。



○○○



 パジャマに着替えたミランが大きなあくびをした。


「今日はありがとうな」


「ううん、ロウにいさん。こちらこそありがとうね」


「いいってことよ!」


 へへっと鼻の下に指をやる。


「そんなことよりよ、明日ちょっとお願いがあンだわ」


「何?」


「ミランの知り合いによ情報通の人とかいねぇか? 探索者や貴族の情報なんかを扱ってるような情報通の」


「んー、いると言えばいるかなー」


「明日ちょっと紹介してくれよ。金ならある!」


「金があることはわかってるよっ! 別に金を要求しようとかしてないからっ!」


「ただ、」と彼女は頬に人差し指を当てて宙に視線を向けた。


「んー、けどロウにいさんなら大丈夫かな?」


「おう、なら明日は頼むぜ」


 ミランへの用を済ませた俺は部屋へ戻り布団に潜った。

 眠りに付こうとして何度も寝返りを打った。


 けれど、どれだけ時間が経っても、どうしても思考することをやめられなかった。



 ───割を食った他の聖騎士


 ───ノーブルの所の彼女



 一日を終えようと言うのに、どうしてもそのワードが頭から離れなかった。




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