第3話 勇者の撤退と聖女の噂③(イライザ)
◇◇◇
召集に応じて、レモネギルドへと訪れたときに、イライザは目を見張った。
有名なSランク探索者は数え切れないほどに見てきた───その自分の目を持ってしても勇者の側で
《神の写し身》たる聖女ミカ。
《賢者を超えた賢者》とされる魔法使いアンジェリカ・オネスト。
《歴代最強剣聖》と
彼女達の中央に
《今代の勇者》リューグーイン。
イライザは、彼女達三人の輝きとリューグーインの既に七つの迷宮を踏破したという実績に目を奪われ、本来であれば慎重に慎重を期すはずであった彼女本来のやり方を失してしまった。
リューグーインの畳み掛けるような、どこか
《
歳を食った分だけ周りの探索者よりは判断する力があると過信していたことを恥じたが、それは後の祭りであった。
◇◇◇
かつて大手クランに所属していた彼女は、孤児達を自分の娘として育てるために一度探索者を引退した。
けれど娘が大きくなり探索者への憧れを語るにつけ、仕方なく彼女達の育成も兼ねて探索者へと復帰することとなった。
子育てに忙しく
王家に連なる上位貴族や、聞けば目を剥くような大商会の会頭や、子供から大人までが知っている有名なSランク探索者などから何度も言い寄られたが、娘のことを目に入れても痛くないほどに溺愛していた彼女はいづれの誘いも受け入れることはなかった。
そもそも今回の探索も危険だから断りたかった。けれど、勇者からの要請として国からの強制探索命令であったため、どうしても断ることができずにしぶしぶ召集を受け入れたのだった。
◇◇◇
そして今、そのせいで娘達が目の前で死に瀕していた。
彼女はまさに死地にいた。
これまでを思い返していた。
振り返るにつれ後悔が増した。
懸念材料はいくらでもあった
◇◇◇
迷宮に到着するも、《
イライザ同様、普段の彼女達ならこうはならなかったであろう。既に七つのネクスビー攻略を果たしている勇者パーティがいるからこそ彼女達は安心しきっていた。
一応彼女達をフォローするとすれば、実力社会の探索者は、意識せずとも、権威主義的なパーソナリティに染まることが多かった──だからか意識的か無意識的かは関係なくほとんどの者が『強い者が正義であり正しい』という価値観を持っていた。それゆえに、上位者たる勇者達が気楽なのだから───と彼女達が考えてしまっても当然といえば当然のことであった。
◇◇◇
最初から何もかも間違えていたのではないか。
イライザは己に詰問した。
迷宮に足を踏み入れたときに、若干の身体の動かしにくさを感じたではないか。
迷宮探索は少しの違和感が命取りになるはずなのに───何故対策を取ろうと意見しなかったのか。
イライザは思考を巡らせた。
やはり自分は、既に七つの《新造最難関迷宮》を攻略した勇者パーティとの合同探索ということに安心し思考が雑になっていたのだ。
たとえ身体に何らかのデバフがかかっていたとしてもこちらには《聖女》がいるではないか。
もし本当に必要なら、戦闘が始まってから解呪を試みてもらえばいい。
それに一々解呪を願い出ることで聖女が無駄な魔力を使うかもしれない。
イライザはそのように自分を納得させていたのだ。
自分達が潜る迷宮はそんな甘いものではないはずなのに。
◇◇◇
後に判明することであるが、《時の迷宮》では時の流れが一定周期ごとに0.8~1.2倍に変動する。
固定倍率に馴れるだけならまだしも、変動倍率に対しファーストアタックで対応出来る人間なんてほとんどいないだろう。
けれどメンバーの多さもあってか、一階層のボスまでの道のりはそれほど驚異ではなかった。今回はそれがマイナスに働いた。
苦労することなく一階層の最奥に辿り着いたが故に、イライザをはじめとした合同パーティの面々は《時の迷宮》を無意識に過小評価することとなったのだ。
最も難関とされる迷宮のクリアを、本当に真剣に考えているのなら、本来ならば楽な探索が可能な階層にいる内に、この迷宮の特殊性に馴れておく必要があった。
一階層を探索中に、この意見を申し出るか否かがイライザの頭を
今回の探索の最も大きなミスであった。
◇◇◇
《時の迷宮》一階層のボスは圧倒的だった。
ボス部屋を開けると、敵は大きな
その両手には、それぞれミスリルで出来た蛇腹状の剣が握られていた。
ここでは
イライザは相手を分析する。
武器と体型からして近距離主体の敵のようだ。ならば大丈夫だろう。部屋はかなりの広さで接敵するまでに距離はまだある。
このように常識の
◇◇◇
距離など関係なかった。
《
それが相手の蛇腹剣だったと理解できたのは、隣で倒れふした我が娘の傷口を見てからであった。
魔術師とはいえ上位Sランカーの自分が目で追うことすら出来なかった。
「タンカー! シールダー! 防御に全力を! ヒーラーは重傷者から回復を! 早く! 速く! はやく!」
船頭の数がどうこうなどという───そんなものは頭から一瞬で消え失せた。イライザは、合同パーティへと急いで簡潔に大声で指示を出した。
この時、内心の動揺や不安を全く表に見せることのなかったイライザであったが、彼女は、この時点で敵の戦闘力を警戒レベル最大である、と評価することの出来た数少ないメンバーの一人であった。それ故、目の前のモンスター以上の脅威がこの迷宮内部に十体以上もいるのかと考え悲鳴を上げそうになった。
その一方で状況の不味さを何一つ把握出来ていないリューグーインは「指示を出すのは僕だ!!」とイライザを
なおも口角泡を飛ばし何やら不平を言い募ろうするリューグーインをぐいっと押し退けて、焦燥に駆られたイライザは顎に手をやった。視界の端に回復の遅れたメンバーが見えた。
優先すべきは───
すぐさま彼女は聖女に懇願するよう声を荒げた。
「聖女様!早く《回復魔法》を!パーティメンバーに!」
聞こえているはずの聖女は、能面のような表情でイライザを一瞥すると、リューグーインへと顔を向けた。
選択を委ねられた彼は、先程の仕返しとばかりに首を振ると、聖女はイライザの訴えがまるで聞こえていなかったかのように、重傷者達へと《回復魔法》を行使することはなかった。
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