第4話 勇者の撤退と聖女の噂④(ミスリルの怪物)

◇◇◇



ミスリルファースト一階層のミスリル》が蛇腹剣を振るときに加速系統の時魔術が働いていたということは、ついぞ戦闘中に判明することはなかった。

 ただ、速すぎる───という絶望があっただけだった。

 ここは《時の迷宮》であり、敵は《時魔法》を使用するといった前情報があった以上、このような事態は想定しておくべきだったのかもしれない。


 けれど、剣聖エリスを除いて、相手はこちらが視認できない方法で攻撃してくるとわかったところで、どの様に対処すればいいのか?

 結局の所、打つ手がなかったとも言えた───いや、戦闘が始まった初期段階で被害が拡大する前に撤退を視野にいれることが出来たかもしれなかった。



◇◇◇




 超高速の攻撃が、部屋の端から端までをギャリギャリという凶悪な音を立てて削るのだ。パーティ編成など意味をさなかった。


 それでも絶望的な戦いの中、パニックを誘発するような叫び声を上げる女性・・がいなかったことが救いではあった。

 ただし「うわああああ!!」と謎の人物の叫び声が響き渡り、その人物が腰を抜かしてへたり込み失禁したことは事実であったが───


 何はともあれ、窮地から生還するために、思考のほとんどを相手のモンスターに向けていたイライザにとって彼は既に論外であった。ならば、今必要なことはたった一つ。

 どうすれば相手にダメージを与えられるかだ。


翼ある双蛇カドゥケウス》の戦力で計算するも、何らかの魔術的なバフが掛かっているだろうミスリルにダメージを与えることなぞ、不可能に思えてならなかった。


 当然Sランクになりたての《さまよう珠簾ワンダリング・ゼフィランサス》にも荷が重いように思えた。


 イライザはここでさらに後悔することになる。


 どうして勇者パーティの以外の戦力を把握しておかなかったのか。後悔しても後の祭りだった。


 既に戦闘は始まり、勇者達に帯同した二つのパーティにいたヒーラーが優秀なお陰で何とか死者はいないものの、重傷者を含む負傷者多数という状況であった。


 勇者パーティに帯同したメンバーは十二人であった。

 既にその半数は動けない状態となっていた。


 みなから無能とされた聖騎士がいれば、このパーティの最大の誤算が何かをすぐに見抜いたろう。

 けれど、彼はここにはいなかった。





《三大神話石》の一つで最も高い硬度を持つとされる《神石オリハルコン》というものがある。


 エリスはかつて師匠と共に迷宮で戦ったとき《動き回る盤面チェック・メイツ》と呼ばれる凶悪なモンスター達───の中でも最強と呼び名の高い《神石の女王オリハルコンクイーン》を《神石オリハルコン》の鞭もろともに細切れにして葬り去ったことがある。ならばミスリル如きとは、今の彼女には口が裂けても言葉に出来なかった。



 なぜなら当時のエリスと今のエリスとでは異なる点が二つあった。


 一つ目は単純に剣を振るうことに精彩を欠いていた。

 刃の迷宮を攻略してから、どこか暗い顔をしていたエリスであったが、先日勇者とギルドの訓練所から戻ると、それに輪を掛けて顔から生気が失せていた。

 それは如実に剣に現れている。


 二つ目は当時師匠であるリューグーインから譲られた聖剣をどういうわけだか使えないでいた。

 腰に掛けた二本の剣の内の一つはアルカナ王国の国宝とされる聖剣───であるが、エリスは腰に掲げはするものの、その聖剣を抜けずにいた。


 それを抜いてしまえば彼女は─────




◇◇◇




 少し経つと、剣聖エリスが蛇腹剣を弾き、弾かれた刃を《翼ある双蛇カドゥケウス》のタンカーであるジェシカと《さまよう珠簾ワンダリング・ゼフィランサス》のトミーが防ぎ、それでも打ち漏れて当たった攻撃を、帯同二パーティのヒーラーが回復することで、なんとか均衡は保たれていた。


 その頃にはようやく勇者も落ち着き、彼からの指示をずっと待ち望んでいたアンジェリカに指示を飛ばした。


「アンジェ! あの雷の魔法だ! アイツを焼き尽くしてしまえぇぇぇぇ!」


 勇者は声を上げて指示を出したが、実際の所、賢者アンジェリカがどのような魔法を使えるか全く把握出来ておらず、見たことのある魔法の中でも一際印象の強かった魔法を指示しただけであった。


「勇者様、わかったわ!」


 しかし律儀にも賢者アンジェリカは頷いた。

 その様子を傍から見ていたイライザにとって、聡明なはずの賢者アンジェリカが何故そこまで勇者の指示にこだわるのか不思議でならなかった。


 されど───イライザは嫌な予感を振り払うためにも首を三度ほど振った。


 まさか。考えすぎよ。そんなことあるはず。だって───《賢者を超える賢者》と呼び名高いアンジェリカはかつて、通称天使と呼ばれる超級モンスターを、ちょうど目の前で詠唱しているかみなりの魔法で一撃の元に葬り去ったと話題になっていたじゃない。


 しかし、イライザは疑念を拭えずまとまらない思考に焦るばかりであった。また、彼女以外のパーティメンバーは、これで何とかダンジョンから脱出が叶うと、ほっとしていた。


 それ・・が起こったのはちょうどそのときであった。


ミスリルファースト一階層のミスリル》の身体がブレた。

 イライザは初め、見間違いかと思った。戦闘時の極度の集中で目が霞むといったことは、ないことではなかった。


 人類史上最難関と称された、ネクスビー(竜宮院命名)迷宮では、数秒の判断ミスは、十分な思考の遅れであり、致命的ですらあった。


 ブレた《ミスリルファースト一階層のミスリル》のその姿が実体となったのだ。二体目の《ミスリルファースト一階層のミスリル》が誕生した瞬間であった。


 イライザ達の眼前には絶望があった。


 一体でも歯が立たなかったものが二体───


 帯同したパーティメンバーおよそ全員が、何が起きたのか理解した瞬間、死を覚悟した。しかし絶望はさらに続く。本当の絶望は次の瞬間訪れたのだ。


 新たに誕生した《ミスリルファースト一階層のミスリル》の両手にあるものは蛇腹剣ではなかった。ボディ同様に白く輝くミスリルの槍であった。そいつは助走も付けずに、ぐるーりと肩を回した。それで十分だった。


 白銀の槍が恐るべき速度で投擲された。


 一筋の光となったそれは、現在メインタンカーを努める《翼ある双蛇カドゥケウス》のジェシカの盾に当たるや、弾くことなく軽々と突き破り、彼女の腹部をも貫いた。それでも勢いは失われず、ボス部屋の入り口の扉に彼女もろとも突き刺さった。


 槍の《ミスリルファースト一階層のミスリル》が準備運動はもう終わったとばかりにすぐさま再び肩をぐるーりと回した───と同時に再び槍が放たれた。


 それは、セカンド盾として機能していた《さまよう珠簾ワンダリング・ゼフィランサス》のトミーの盾と、彼女自身を貫き、彼女ごと入り口付近の壁へと突き刺さった。


 ゴトリ。


 トミーの重量級の盾が縫い止めた槍から滑り落ちた。


 ほんの一分に満たない間の出来事であった。


 

 このままじゃダメ! 思考を戦闘に───イライザは歯を食いしばって視界をモンスターへと戻した。

 投擲した《ミスリルファースト一階層のミスリル》の手には既に投擲されたはずの二つの槍が握られていた。


ミスリルファースト一階層のミスリル》の肩が三度みたびぐるーりと回った。


 ───ボボッッ!!


 先程を超える速度で投擲された神速の槍は大気を裂く音と共に、勇者パーティのメンバーで───



「あっ───」



 このパーティの攻撃力を鑑みたときに、敵を倒すことが唯一可能とされたアンジェリカ───彼女の腹部を一つ目の槍が貫き───間髪空けずに投擲された二つ目の槍がさらに───アンジェリカの肺のある胸部を貫いた。


 ごぷり。


 血塗れのアンジェリカがその場に崩れ落ちた。





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