第8話 女の子とチョコとお味噌汁と
○○○
女の子ってズルい。
そう思ったことはないか? 俺はある。
なんだったらちょうど数日前に「あぁズルいなぁ」と口にしたぐらいだ。
ここではその話をしたいと思う。
話は数日前の買い出しに行ったその日にさかのぼる。
○○○
俺とセナが住むハーミットマウンテンへと連なる、この辺境の地にも大層な名前があった。
その名をボルダフといった。
ボルダフはアルカナ王国内では非常に重要視されている街であった。
中央からは離れているものの、防衛的な観点から見て隣の国との国境線沿いであり、またハーミットマウンテンから降りてきた凶悪な魔物の討伐をこなしているため、王国はその存在を軽んじることはなかったのだ。
付け加えるなら
それだけにとどまらず、国境線ということは外交の門戸でもあった。
街が経済的に豊かであるために、外国からは多くの商人が訪れた。
南部からの珍しいものは、およそここに行けば手に入ると言われていたほどだ。
そいつを手に入れんと偉いさんが中央からわざわざこの辺境へと使いを寄越したり、金のある貴族や商家のコレクターなぞは直々に足を運んだりするといった話もよく耳にしていた。
○○○
その日の俺は、成金として例に漏れず、希少品を求めて市場をねりねりと練り歩いていた。
と言っても、珍しい素材で作られた武具防具や名匠の手掛けた工芸品なんかが欲しいわけではなく、単純に珍しい食料品を探していたのだ。
だからその日俺が目にしたものは、俺にとっては中々お目にかかることのない素晴らしい宝物だと言えた。
まず一つ目は乾物。俺がずっと探し求めていた物だった。
この辺境の地は海と離れているので、魚介とは縁遠く、肉一辺倒の食事になりがちだった。少し物足りなさを感じることがあった。
乾物とは言え、魚介だ。なんなら出汁がとれる。ありがたやー。
そしてもう一つは発酵食品。しかも魚の発酵食品でなく、醤油や味噌といった大豆の発酵食品だった。
これは現代日本に住む人なら誰もが知っている万能調味料である。こいつがあるのとないのとでは調理の幅が全然違う。
どちらも、保存と運送にマジックバッグを用いていたので、非常に割高な値段設定であった。
俺は普通に何でもかんでも放り込んでいたので知らなかったが、市場の店主達曰く、そもそもマジックバッグはメチャクチャ希少なのだそうだ。
しかも、俺のマジックバッグ並の内部容量の物は国宝級なのだと。
じゃあ、どれくらいが普通のサイズなのか尋ねると、そもそもどんなサイズでもマジックバッグを持ってるだけで一財産にカウントできると真顔で答えられた。
それにしても彼らの提示した値段設定がおかしなことになっていたので「足元見てんのか? オン?」と感じたのだが、俺は言われるがままに、スッと素直にお金を支払った。
異世界召喚されたただの高校生が、海千山千の大人を相手に交渉したり、値切ったりなどと、そんなことは不可能に近いのであった(言い訳)。
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街自体が、刃の迷宮を踏破したことで沸いており、どこに行っても活気があった。
酒場や食堂はおよそいつでも満席で、屋台もそれなりに混雑しているという有り様であった。
昼時なので、どこも混雑しており、なら俺はもう少し市場を物色してから屋台でも回るかと、頭の中でこれからの予定を立てていた。
そんなとき背後から若い男性店主のぼやき声が耳に入った。
「あー、はるばるここまで来たのに全然売れへんやんけ! アルカナの人は見る目全然ないわー! あかんわー! 親父にいてこまされるわー!」
どうして関西弁なのかはわからないが異世界翻訳の妙なのだと流して欲しい。
それはともかく、関西弁で頭を抱えているそいつ───の手元の箱が目に入った。
その黒い粒に、まさかと思った。
「店主さん、それ何だい?」
「お、おお。お兄さんこれが気になんの?」
「ああ」
「これはな────やねん」
薬になるし、甘味にもなるし、メチャクチャ遠いところから持ってきたからこの辺じゃ絶対に手に入らんで、という関西弁の店主の言は嘘じゃないように思えた。
実際にアルカナ王国の各地で市場を見て回ったけど、
「よし、買った!」
「買う言うたかて、兄ちゃん金あんのかいな?」
「いくら?」
「ほんなら、この箱の粒をセットで金貨二十枚でどおや?」
ほら、どうせお前も「金ねンだわ」とか言い出すんやろ?という関西弁商人の考えが透けて見えるようだった。
「へぇー、そんなものでいいんだ? 俺なら五十枚出して、追加でもう一箱買うけどなぁ」
関西弁の目の色が変わった瞬間だった。
○○○
関西弁の店主から色々と他にも面白いものを買ったが、その話はまた後日したい。
良い物が買えたことでほくほく顔で宿を探していると、たまたまミランと出会った。
彼女は何故か必死に「宿を探してるならオレのウチに泊まってけよ!」と俺の服を掴んでぐいぐい連れてこうとした。
俺はどうしても断れず、彼女の家に一晩お世話になることにしたのだった。
泊めてくれる礼として俺が料理を作ると提案したのだが、マーロさんが何度も「お礼ですから…」と言い募り、楚々とした様子と手料理を振る舞ってくれた。
食事の後は、ミランと現在の勇者パーティについて語り合ったり、フィオも交えて探索者ごっこをしたり(俺はボス役、ミランは剣聖役、フィオは聖女役、マーロさんは子供達からせがまれて魔法使い役)と中々に濃い夜を過ごした。
翌朝俺は、日が登り始めてすぐくらいに目を覚ました。
セナに朝御飯を作らないといけないので、書き置きと朝ご飯のパンや土産と追加のポーションを残し、ミラン宅を音を立てずに後にした。
○○○
「イチロー、おはよ」
何度も通った道だから慣れたもんで、家に着くのにそれほどの時間を要さなかった。
どうして毎回俺の帰宅を察するのか。
家の前でセナが待っていた。
ととと、と近付いてきたセナはいつものように、俺にぽふりともたれ掛かり、体重を預けた。
「おはよう、朝飯急いで作るから準備手伝ってくれよ」
セナと顔を合わせてようやく一日が始まる。
○○○
「
セナはしばし額に手をやり「何か用事があるって、家を出たわ」と答えた。
「すぐに戻ると思うの」というセナの予想に従って、
「イチロー」
「何?」
「これ、」
セナは味噌汁のお椀を下ろした。
「すごく温かくて、優しい味がするわ」
ほぅ、と一息吐いて、
「イチロー、いつもありがとう」と言った。
○○○
それはねぇ、水出汁を使っててねぇ、昨日からミランの家で密かに仕込んでたんだよねぇ、ドゥフフ、美味しいよねぇ、ドゥフフフフ───などと、
俺はしどろもどろになりながら「そうだ!」と関西弁店主から購入した箱のことを思い出した。
「セナ、食後の甘味だぜ。へへっ」と鼻を擦りながら今までで一番胸を張って彼女へと差し出した。
「これはッ───ってこれ何?」
セナの思わせ振りな反応にがっくりしつつ、
「何だ知らねぇのか、これはチョコっつって俺がいた世界では、こいつを巡って女の子が世界中でバトルロワイアルを繰り広げるほど人気のある甘味なんだよ」
「知ってる、これはチョコレートね」
「いや、知ったかすんなし───まぁいいや、セナ様、どうかごゆるりと御賞味ください」
セナは一粒摘まんで口に入れると、
「───~~~ッッッ!!」っと瞳をきらきらとさせてどこか、恍惚とした表情を浮かべた。
指についたそれを、ぺろぺろと舐めるセナに「猫かよ」と思ったが、それは口にせず「どうだった?」と尋ねた。
「美味。やばい。チョコやばい」
どうやら、あまりの美味しさに、セナのなけなしの語彙力が消滅したようだった。
やれやれ、と俺が肩をすくめていると、
「けど───」とセナが呟いた。
「ん?」
「わたしはチョコよりも、イチロー、あなたのお味噌汁の方が好き」
だから、ね、と続け、
「イチロー、わたしは毎日あなたのお味噌汁が飲みたい」
心臓が止まるかと思った。
意味をわかって言ってんのか、どうなのか。
そんなこと聞けるわけがない。けれど、
「それってよ」
それでも何とか尋ねようとした俺に「なに?」とセナは小首を傾げた。
男はもうそれだけで、何も聞けなくなっちまう。
この小悪魔的所業は、わざとなのかどうなのか。
答えは神様とセナ様のみぞ知る。
やっぱり女の子ってのはズルい生き物だわ、と俺は心の中で独りごちたのだった。
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これにて今章は終わりです。
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