第6話 剣凪⑥(剣凪 vs 勇者/剣凪 vs 剣聖)

◇◇◇



「あなたは、勇者リューグーインか?」


「そうだよ、僕こそが救世主フロンティアラーと呼ばれている勇者竜宮院さ。それでこの───勇者である僕へと声を掛けた君は何者なんだい?」


 たった一言のやりとりが、オルフェリアの中に小さな違和感を芽生えさせた。


「失礼、わたしはオルフェリア──オルフェリア・ヴェリテ。クラン《七番目の青セブンスブルー》の一員です」


「へぇー、ふんふん、いいねぇ」


 名乗り上げたオルフェリアに、リューグーインは下卑た視線を向けた。そして彼女の周りを軽快にぐるりと一周し、全身を眺めた。


「君、すごくかわいいねぇ! 僕と一緒に遊びにいかないかい?」


 彼女はギルドの扉を開けた瞬間から、彼をじっと見ていた。

 オルフェリアが「これだけは絶対に誰にも負けない」と豪語する能力は、類い希な動体視力と一度見たら忘れない記憶力であった。

 今回、彼女の強みである見ることが、リューグーインの瞳の奥に淀みのようなものを感知した。


 彼女はクランで活動する中で様々な人間を見てきた。その経験から言うと、彼の内には、下卑た人間に共通して見られるドロドロとした何かがあった───それもこれまで見たことのないほどに真っ黒な何かが。


 オルフェリアの違和感は次第に大きくなった。

 以前訓練所で目撃した彼はこのような軽薄で卑しい人物だったろうか。


「勇者リューグーイン、不躾ぶしつけな願いで申し訳ないのですが、一度わたしと剣を交わしてはくださいませんか?」


 オルフェリアの言葉を聞き、リューグーインは顔をしかめた。


「はぁ、君もなのかい? そもそも僕は斬った張ったが好きじゃあないんだ。なのに、君たちのような野蛮で粗暴な非文化的な未開人は、何かあればすぐに刃物を抜く。何でも暴力暴力、暴力で解決。全く、文明的じゃあないよ」


 君もなのかい───とは恐らく先程のエリスとのやりとりを踏まえて言ってるのだろうとオルフェリアは察した。


 オルフェリアはそれがなぜだかひどく気に入らなかった。

 その感情は、まるで瞬間湯沸し器のように、怒りにも似た彼女のそれを一気に上限値付近にまで押しやった。

 自分を抑えろと彼女は何とか自身を律した。


「それは失敬。では勇者リューグーイン、剣を交わそうとも、戦おうとも言わない」


 彼女は内に秘めた怒りなどの感情をおくびにも出さず、譲歩し、交渉とも言えない交渉を持ち掛けた。

 ただ目の前の男が相手であれば、それだけで十分だろうとも感じられた。


「英雄と呼び名の高い勇者様の、その勇姿をしかと目に焼き付けたい。だから、一度で構わない。腰に差した剣を構えてはもらえないだろうか?」


 彼女のセリフの前半部に気を良くしたのか、リューグーインは鼻の穴を膨らませた。


「いいだろう! とくと見るが良い! この! 勇者竜宮院王子の荘厳たる姿を!!」


 まるで、舞台役者が見栄を切るときのように、リューグーインは声を張り上げ「ハイッッッ!」と一気呵成(本人的には)に腰から剣を抜いた。


「──────」


 オルフェリアは声を失った。

 違う。

 違う違う。


 基礎を除いて、唯一のシモンズの教えである『心で見て、心に焼き付け、心で繰り返せ』という教え───これに従い彼女はかつて見たエリスと彼との訓練を、何度も何度も気が遠くなるくらい頭の中で繰り返してきた。


 構えを見ればわかる。

 あのときのエリスの師匠は───この下衆でないことは確かだった。



◇◇◇



 何かが起きていた。

 記憶が、あのときのエリスの師匠は、眼前で間抜けな構えを晒すリューグーインだと告げている。

 けれど、心が、剣が告げた。

 エリスの師匠はこんなクズではない。


 何かがおかしかった。

 脳内にアラートが鳴り響いていた。

 今すぐにリューグーインの前から立ち去るべきか、どうか。


 目の前に唐突に提示された選択肢に、オルフェリアは自分を慈しみ育ててくれた、両親のことを思い出していた。


『敵か味方かわからないなら、とりあえず先制攻撃なさい』


 そうだ、わたしはこれまでそうやって生きてきたのだ。

 彼女は決意し拳を固く握りしめた。


 リューグーインが間抜けな構えのまま「どうだ」と鼻をヒクつかせてこちらに顔を向けた。

 迷いは全くなかった。


 己の持てる目いっぱいの力でクズの腹にボディブロウを叩き込んだ。


「うぶおえ!」とリューグーインの身体がくの字に・・・・折れ曲がり吐瀉をばらまいた。


 それをひょいと避け、オルフェリアは彼の足を払った。避ける素振そぶりすら見せず、彼の両足は地から離れた。支えを失い中空で倒れ行く彼───その顎がちょうどいい角度に落ちてきた、その瞬間、ダメ押しとばかりに、アッパーでかち上げた。


「ヴヴァン!!」と奇声を漏らしリューグーインの身体は衝撃をもろに受け、彼女の身長を超える高さまで跳ね上がり、ゴム毬のように地面に二、三度バウンドした。


 オルフェリアはここでも武闘派思考な両親からの教えを忘れていなかった。


「『一度ヤったならヤルとこまでヤれ』だよね、父さん」


 オルフェリアは「死ななければいいっしょ」とばかりに横たわるリューグーインを、助走を付けてS級ランカーの持つ全力の脚力で蹴り上げた。

 リューグーインの身体は訓練所の壁へと激突し、轟音と共にピクリとも動くことはなくなった。


「よし! これでオッケー!」


 後顧の憂いは絶ったとばかりに、彼女は膝を地に付けて顔を地に伏せたエリスへと近付いた。




◇◇◇




「エリス・グラディウス。やろう」


 オルフェリアはエリスへと木刀を投げ渡した。

 投げつけられた木刀が背に当たり、エリスが顔を上げた。


「貴女は、オルフェリア・ヴェリテ……」


 泣き腫らした目が、痛々しかった。


「わたし達剣士が二人揃えばさ、こうなるのも当然のことなのよね」


 オルフェリアは木刀を各々の手に持った。

 剣凪ソードダンスは双剣使い。


「貴女とする理由がない」


「理由なんていらない、そんなものよ」


 オルフェリアはいつだってシンプルだ。


「私にはもう」


 精気の失せた表情でエリスは答えた。

 オルフェリアはリューグーインを殴っても感情がちっとも晴れていなかった。

 それどころか、内側からぐつぐつと沸き上がるマグマのような激情を抑えることがもう不可能なところまできていることに気付いていた。


「もう? 何? もう剣士はやめる?」とエリスに問い掛けた。

 それならそれで構わない───



「ならそこで死んどけ!!」



 両の手に持った各々の木刀を一気に叩き込んだ。



◇◇◇



 怒りのままに動いたのだ。

 別に当たっても良かった。殺すつもりで放った剣であったが、所詮は木刀だ。当たったところで、手足一本失うかどうかだっただろう。

 けれど、奇妙な信頼があった。


「うるさいですね」


 二刀の振り下ろしチョッピングはエリスの木刀に遮られていた。


「ちょっとはやる気でた?」


 答えはいらない。オルフェリアは仕掛けた。


 二刀を自由自在に操る剣凪ソードダンス職の連撃はその名の通り踊るようだと言われている。

 中でもオルフェリアの連撃はまるで芸術の域に高められた舞のようだと評されていた。


 オルフェリアは器用にも二刀を用い、様々な技を繰り出した。


「《アクベンス》」

 甲殻類の鋏に見立てた二刀をエリスが弾いた。

「《開腹ラパロトミー》」

 切っ先から双剣でこじるための突き───弾かれることは、折り込み済み。

「《偽十字剣クロストゥピアース》」

 彼女のスタイルは手数と速度。攻撃が弾かれる度に、それを自身の速度に上乗せする。

「《螺旋ヘリクス》」

 捻る様に放たれた高速の突き───を何とかかわしたエリスに、

「《二重螺旋ダブルヘリクス》」

 二発目の回転突きが襲い掛かった───回避は不可能と判断し不本意な体勢で間一髪で木剣を差し込んだ。

「《アギト》」

 龍の顎を模した上下からの回避不可の双剣を───エリスは何とか弾き、剣凪たるオルフェリアの速度がさらに増した。

「《エクス》」

 エリスがしのぎオルフェリアの速度が増す。

「《二重爪デュオ》」

 オルフェリアの木刀がエリスのバトルドレスの肩をえぐり取った。

「《デルタスラスト》」

 オルフェリアの速度がさらに上がる。

「《┃┃ツインピークス》」

 長い手足を存分に操り両の手で繰り出される連撃速度は天井知らずだと言えた。

「《首刈エトゥエ》」

 対するエリスは何とか凌いではいるものの、明らかに精彩さを欠いていた。



 こんなのをライバルだなんて。

 その思いにオルフェリアの内に沸き上がる怒りはここにきて最高潮クライマックスに達した。



「《致命の六十四連撃モータルフェイト》」



 内に溜まった激情を解放するようにオルフェリアはさらに速度を上げた。

 カカカカカカカカ───まるであのとき・・・・のように、木刀が交わされる音が訓練所に響いた。

 エリスが連撃を何とか捌き切り一呼吸付こうとした、その直後───




「《絶死の百二十八連撃フェイタルフェイト》」




 カッカカカカカカカカカカカカ───凌いだはずの倍の連撃がさらなる速度を持ってエリスへと襲いかかった。


「ぐっ……」


 苦悶するエリスに、「まだまだやれるでしょう」とオルフェリアはどこか願うように問うた。


 されど極点はすぐに訪れた。

 七十七発目がエリスの木刀を弾き七十八発目が廻るように放たれエリスの背へと叩きつけられた───そして、


「終わりね」


 七十九発目で彼女の首もとに木刀が突き付けられた。


「情けない」


「……」


「情けないわ。こんなのをライバルだと思ってたなんて」


「うる、さい」


「うるさかろうが結構。一度しか言わないわ。耳をかっぽじってよく聴きなさい」


 もうこんな思いをするのは充分だった。

 これ以上エリスの泣き顔を見たくはなかった。


「あそこで倒れてるアレ・・はあなたの師匠ではないわ」


 オルフェリアは親指でうつ伏せに横たわるアレを差した。


「なに、を?」


 何かが致命的に間違えている。

 オルフェリアにも何が何だかわからないけれど、


「記憶ではなく、己の剣と、己の心を信じなさい」


 オルフェリアにはそれだけで十分だった。


「わたしはわたしで、あなたの師匠を探すわ」


 あなたが見つける前にわたしが見つける。


「そうして、わたしは次のステージへと至る」


 これは次の勝負なのだとオルフェリアなりの発破であった。


「それじゃあね、また会いましょう」


 エリスの反応も見ずに、オルフェリアは踵を帰してその場を立ち去った。


 残されたエリスは彼女の言葉を反芻し、いつまでもその場に立ち尽くした。








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