第5話 剣凪⑤(剣聖の慟哭)

◇◇◇



「久しぶりに来て早々、何の話かと思えば、なんだよそんなことか」


 卒業してから数年ぶりに会った彼───シモンズは、あの頃から変わらずに、国営騎士学校の教師としてそれなりに辣腕らつわんを振るっていた。


「そんなことって何よ、シモンズさん」


 かかっとシモンズは笑った。


「『シモンズさん』、ねぇ! 俺のことを『アンタ』とか『アナタ』って呼んでた嬢ちゃんがねぇ! 言い合いなど始まろうものなら躊躇わずに『お前!』だなんて声を荒げていたのによぉ」


『やられたらやり返す』『舐められたらおしまい』『敵か味方か悩んだらとりあえず先制攻撃』などの彼女の根っこにある武闘派ヤクザばりの思考は、彼女の両親から承った薫陶の賜物であった。

 シモンズへの言葉遣いの荒さは、彼女の両親の教えがしっかりと根付き、それらが発露された結果だった。


「あ、あれは───」


 オルフェリアは顔を赤くした。世の中は広く、自分は子供であった。自分はシモンズに甘えていたことを自覚している。

 数年ではあるが、剣士以外にも様々な職種の人間がいて、強いとか弱いとかに関わらず彼らにもそれぞれの役割があった。

 回復魔法を用いるヒーラー、罠のありかを探知しパーティを安全に先へと誘導する斥候、などというパーティを支える職業。

 それだけにあらず、戦闘に出ずともパーティを支えている人はいくらでもいる。数字があまり得意でなかったオルフェリアはパーティを運営することのスゴさをこの数年間で骨身に染みるほど理解していた。


「わーってるって、嬢ちゃんのは若気の至りだ」


 ってもまだまだ若いけどな、とシモンズは笑った。


「そもそもさ、教える人間が二人いちゃいけねぇ、なんて理由はねぇよ」


「ちょ、ちょっと待って」


「いーや待たねぇ、こればっかりは俺に言わせてくれ」


 シモンズはオルフェリアへと頭を下げた。


「俺の力不足で、嬢ちゃんの師という役割を十分には果たせなかった。ごめんよ」


 彼女は急なことに驚いて、下げた頭を押し止めるようにシモンズの肩に手を伸ばした。


「そんなこと言わないでシモンズさん」


 オルフェリアは彼にそんなセリフは言わせてはならないと強く感じた。


「退屈な学園で、不貞腐れてた生意気なクソガキだったわたしに構ってくれてありがとう」


 彼女が考えるよりも先に出た言葉。


「あなたがいなければ、今のわたしはないわ」


 だから、全てが純粋な、本当の言葉だった。



◇◇◇



「おーおー! 英雄候補様からのありがたいお言葉ってかー! おー! 涙がちょちょぎれんぜ!」


 と悪態を吐いたシモンズは、最後には笑って、


「また元気な顔を見せてくんな! そんでまた剣を交わそう! だからよ、オルフェリア───お前が次会う奴が、お前をしっかりと導いてくれるように、俺はここで、ガキ共の面倒を見ながら願ってるさ」


 と手を振り見送ってくれたのだっま。


 彼に対してオルフェリアは「また来ます! そんで、ボッコボコにしてあげるわ!」と返した。


 これもやっぱり彼女なりの感謝の表現だった。

 彼女は成長してもどこまでも武闘派なのだった。



◇◇◇



 エリスと竜宮院の居場所はすぐに判明した。

 くだんの《刃の迷宮》をクリアした後に、しばらくしてから、次のダンジョンを攻略するためにも、新しい拠点とすべくダンジョンの付近にある、レモネという一番大きな街へと向かったそうだった。


 そうと聞けば、すぐさま動き出すのが彼女であった。

 そんな彼女の好きな言葉の一つは『善は急げ』でもあった。




◇◇◇




 馬車を乗り継ぎ、普通なら三週間かかる行程を、彼女は二週間で辿り着いた。

 脳筋ならではの荒行ではあったがチンタラするなんて、焦る心が許してくれなかった。


 レモネの街に着くと、通常の探索者なら真っ先に探すであろう宿には目もくれずに、目的第一で探索者ギルドへと向かった。


 彼女は一刻も早くエリスと、そして彼女の師匠と会いたかった。

 もし彼女たちが探索者ギルドにおらずとも、少なくとも彼女達の近況や、どこに滞在してるかなどの状況を知ることができるだろうと考えたのだ。



 勢い良くギルドの扉を開けると、人の気配がほとんどなかった。

 割りの良い依頼が朝方にけてしまえば、昼を過ぎる頃にはギルド内がガラガラ、なんてことはよく見られた風景だった。


 ギルド内を見回すも当然ながらエリスはいない。

「そう上手くいかないか」と一瞬落胆したものの、「まずは受付嬢に話を聞けばいいわ」と、カウンターを前にしたとき刃が風を切る音が聞こえた。


 音の出所は、訓練所だった。


 まさか! あそこに!

 超一流の剣士であるオルフェリアには、素振りの主が誰であるかは自然に察せられたのだった。


 一度落胆しただけに、喜びもひとしお・・・・であった。

 ただ気掛かりな点もあった。



◇◇◇



 ギルドの訓練所の扉を開けると、その奥に少女がいた。


 タイミングが良かったのか悪かったのか、少女───エリス・グラディウスは素振りの手を休め、ちょうどここに訪れただろう男性と何やら話をしていた。

 気になったオルフェリアは野次馬根性よろしく彼らの言葉に耳を傾けて、聞き取ることに注力した。


「師匠───だから私は──もう一度───私は」


 エリスは縋るように、手を伸ばした。


「いや君もしつこいね───バカには何度言えば──だからさ────ってこと───のが笑える──また機会が──だからさ──」


 男性は鼻で笑い、エリスの手をはたいた。


「どうして──師匠──私は──どうか──私を──どうか──」


 地に膝を付けて、慟哭するように、嗚咽を漏らしたエリス。


 かつての彼女と同一人物だとは思えなかった。

 あのときの訓練所での彼女はキラキラと輝いて見えた。


 理由はわからない、けれど、目の前の彼女───エリス・グラディウスが哀れだった。

 目を背けたくなるほどに、哀れだった。



 男性はエリスの言葉に耳を傾けずに、後ろを一瞥いちべつすることなく手をひらひらと振った。


 エリスを置きざりにし、一人訓練所から出んと扉に近付いてきた人物。

 この人物には見覚えがあった。


《刃の迷宮》攻略前にエリスと激しい打撃を繰り広げ、彼女を導いた人物。

 そう、確か彼が、エリスの進化の立役者とも呼ばれている人物───勇者リューグーインだった。






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