第4話 剣凪④(違和感)

◇◇◇



 その光景を見たとき、シンプルに美しいと思った。

 純粋な武と武がぶつかり、彼女───エリスは疲労困憊の中でも瞳だけは爛々と輝かせていた。


 オルフェリアはその光景に大きなショックを受けた。

 彼女の胸中には一瞬の内に複雑な思いがよぎったのだ。


 エリスの行っていた訓練は真似の出来るものではない。

 オルフェリア一人で行う訓練とは密度も量も全く違っていた。自身が一人で行う訓練では、彼ら二人のそれには到底追い付けやしない。


 今までと同様の訓練を続けていけば、近い内にエリスに追い越されることは火を見るより明らかであった。

 それは嫌な確信であった。


 そして何よりも、オルフェリアはエリスを心底羨ましいと思ってしまったのだ。

 彼女はエリスのことを、自分と同様に指導者を見つけられないほどに卓越した才能を持つ同士のようなものだと、どこかシンパシーにも似た感情を抱いていた。

 勝手な話ではあるが、それが裏切られたように感じたのだ。


 あのときの光景を思い出すにつけ、シモンズに心の中で謝りながらも、オルフェリアは自分を一段上の世界へと手を差し伸べ、引き上げてくれる男性を───師を、心の底から羨んだのだ。


 その衝撃からか、オルフェリアは柄にもなく、その夜酒場で、バカみたいに酒を飲んでくだを巻いた。


「ああー!わたしにはムリー!」


 後日多くの人に聞かれていたと知り顔を赤くしたが、それ以上に「ムリ」だと口にした自分自身に腹が立って仕方がなかった。




◇◇◇




 それからも彼女は足繁く、ギルドの訓練所に足を運んだ。

 覗くという言葉を用いるのはやや抵抗があったが、彼女はそれなりの有名人であり、酒での失態をやらかしていて、それをまずまずの人に見られてもいた。

 そのことを後悔しながらも、もじもじと恥じらいながら、眼鏡を着用し、シンプルな衣服に髪を二つに結った町娘のような格好で訓練所へと見学しに行ったのだった。


 訓練所を覗くと、エリスと男性は延々と打ち合いを続けており、オルフェリアが来る前から訓練が始められていたことは一目瞭然だった。

 エリスの汗が飛び散り光が乱反射した。そんなものはもはや些事とばかりに、一向に構うことなく、純粋行為と化した剣戟のみが繰り広げられる光景があった。

 女性である自分から見ても美しいと思った。

 エリスを。彼女の訓練を。その光景を。



 そして、それ・・が起こったのは、ちょうどその日のまさにその瞬間だった。


 男性とエリスの無限にも続くような剣戟の音が、繋がるほどに短くなったその時、男性の剣が、見たこともない水のように柔らかなエリスの剣に絡め取られた。


 ああ、ああ、今のわたしでは彼女には勝てない。


 目の前の光景に嫌でも理解させられた瞬間であった。




◇◇◇



 シモンズと飛び級の話をした当時。

 オルフェリアと実力が拮抗していたシモンズは、自分がオルフェリアを引き上げることは難しいと判断し、彼女には一つ重要な訓練の指針を教えていた。それが、


「心で見て、心に焼き付け、心で繰り返せ」というものだった。


 幸い彼女は一目見たものを模倣出来るほど動体視力に優れ、さらには器用さも持ち合わせていた。またそれを活かし、脳内で何度でもリピート出来るほど記憶力も良かった。


 さらにシモンズは前述の教えに加えて、「自分よりも遥かに上の人間がいたら、ソイツをしっかりと心で『見て、焼き付けて、繰り返す』ことで己を高めろ。それこそがお前の教科書になる」と教えていた。


 だからか、彼らの訓練の光景を見て以来、特にエリスの動きが別物になった瞬間を目にして以降は、一人で訓練を積んでいても、ダンジョン探索をしていても、何をしていても、あのときの、あの瞬間の光景が頭をよぎった。


 そして、彼女は調子を崩し、自分を見失った。

 その結果ダンジョン探索でミスを連発することとなったのだった。

 しくもシモンズの教えが彼女を苦しめることとなったのだ。




◇◇◇




 ちょうどそれは、エリスを含む勇者パーティが難関中の難関とされた《刃の迷宮》を踏破した時期になる。


 彼女は自身が、致命的な何か大事を犯す前に、しばしの休みを願い出た。

 彼女は自分が何をすべきか、自分が一段上に昇るにはどうすればよいか、ある一つの答えを見つけていた。



 自分があのときの、彼らを見たことで不調に陥ったのなら、そして、彼に出会ったことで、エリスが殻を破ることが出来たのなら、わたしも彼に会いに行けばいい。


 オルフェリアはそう結論付けて、エリスと対峙する男性のことを思い出していた。












 彼女と無数の剣戟を交わす相手の男性は──黒髪で、背が高くて、背が高い?───いや、背は高くない、顔は端正とは言わずともどこか愛嬌のある──いや違う、 顔は童顔で非常に整った、整った?縺溘☆縺代※縺溘☆縺代※繧上°繧峨↑縺?o縺吶l繧縺溘☆縺代※縺溘☆縺代※繧上°繧峨↑縺?o縺吶l繧────








 ───そこはオルフェリアにとってはあまり重要な点ではなかったのか、朧気おぼろげで曖昧な記憶しかなかった。

 けれどそんなことは二人の訓練の光景にとっては少しも大事なことではなかった、重要なのは、彼がエリスを導いたという事実。



 願わくばどうか、誰かがわたしを導かんことを。

 オルフェリアは祈るような思いでそう呟いた。





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