第3話 剣凪③(剣聖との邂逅)

◇◇◇



「自分に適した教師がいないの」


 再会以降、シモンズはオルフェリアに度々会いに来た。


「才あるものにはつきものの悩みだなそれ」


 といって、シモンズは中庭の木の根に腰を下ろした。


「けど、才能のあるやつは、それを乗り越えて強くなる」


「どうやって?」とオルフェリアは尋ねた。


 それに対してシモンズは、方法論を述べることなく、逆にオルフェリアへと聞き返した。


「お前は自分に出来ることをやってるか?」


 彼女は出来ているとすぐには言えなかった。


「教師の教えてくれた型をマスターしたか?」


「……必要ない」


 シモンズは自らを落ち着かせるためにも、ふーっと一旦息を吐いた。


「オメー、エリス・グラディウスって知ってっか?」


「知らない」


「知らないか?」


「うん」


「ちげーだろ。知らないんじゃなくて興味がねーだけだろ。オメーは他人に興味を持ってねーだけだ」


「だってみんな弱いもの」


「全ては強さか? あん? オメーの親父やお袋は強えーのか?」


「強く、ない」


「ならわかるだろうよ、人間の価値は強い弱いだけじゃきまらねーんだよバカヤロー」


 ん、んんとシモンズは一度咳をして「まあ、それはいいさ」と脱線した話を戻した。


「そのエリス・グラディウスはオメーと同い年の化物だ」


「ばけ、もの?」


 オルフェリアは何かを咀嚼するように、聞き返した。


「騎士団長の隠し玉。希代の天才。人生二周目。アイツを表す言葉はいくらでもある。実際に天才のくせに、全く努力も怠らねー。若干十歳のくせして基礎訓練の化物さ」


「それほど強いの?」


「強い。何たって俺は負けてるからな」


 オルフェリアは絶句した。


 自分を唯一負かした剣士を同年代の女の子が下した。

 その事実を上手く飲み込めなかった。


「さっきオメーは基礎や型なんかを必要ないって答えたよな」


 オルフェリアは何故だか急に己が恥ずかしくなってきた。自分は天狗だったのかもしれない、と強く思い知らされたからだ。


「必要あるかないかは、オメーが決めんじゃねぇんだよ。結果が決めんだ」


 話はそれからだ、とシモンズは厳しく告げた。


 十歳の女の子に言い過ぎたかもしれんなぁ、と頭の中で反省しているシモンズを脇目に、


「わかったわ! なら、わたしが型をマスターしたり、あなたの課題をクリアしたら、飛び級させてよ!」


 彼女は全くノーダメージだった。

 それどころか条件を提示する始末だ。


 オルフェリアの提案に一瞬唖然とはしたものの、売り言葉に買い言葉か、


「よぉーし! わかった! やれよ、絶対! 俺の言った通りに! そしたら飛び級の件は考えてやるよ」と言い返した。


 このときのやりとりがあったからこそ、オルフェリアは騎士学校を卒業する年齢である十七歳になるまえに、弱冠十二歳で学校を首席で卒業することが出来たのだった。



◇◇◇




 卒業後の彼女に、王家に仕える守護騎士にならないかという国からの誘いがあった。

 彼女は一顧だにせずに断り、己は探索者になるのだと伝えた。


 意外なことではあるが、彼女の実力なら騎士になるよりも探索者になった方が、国や世界のためになるだろうと、しつこく引き留められるということはなかった。


 それどころか逆に、ワンマン統治のやり手国王と揶揄される筋骨隆々な見目のランデ王は、彼女のことを滅法めっぽう気に入った。

 卒業記念に彼女を王宮に呼び出し、王家が歴代に渡り管理してきた宝具の一つを授けた。


 そのときに彼女が受け取った武器こそ、双剣陰陽インヤン───双剣遣いの特殊職剣凪ソードダンサーである彼女の代名詞となる伝説級武器レジェンダリィであった。




◇◇◇




 十二歳の彼女は卒業するとすぐさま、とある有名なクランへと足を運び、その一員となった。

 以降の彼女の活躍は破竹の快進撃というべきものだった。



 それから数年経ったある日。

 彼女はモンスターの間引きの仕事で召集された。

 そこそこのレベルのモンスターの群れだったので、クランのエース候補のオルフェリアが呼ばれたのだが、その討伐は他のクランとの合同であり、弱冠十歳でシモンズを下したという少女───エリス・グラディウスとここにきて初めて共に仕事をすることとなった。


 討伐の仕事を終えたあと、オルフェリアはエリスの動きを回想していた。

 正直に言うと、オルフェリアがエリスの強さに大きな脅威を覚えるということはなかった。

 彼女の動きには迷いがあった。

 迷いは全てを曇らせてしまう。


 確かに技術では、オルフェリアよりも上かもしれなかった。

 けれど技術と強さが完全に比例するわけではないのだ。


 人間の根っこにある、生き汚さや容赦のなさ、戦場慣れのような、そういうのをひっくるめた、最後の最後に人間が追い詰められたときに発揮されるさがのようなもの───エリスの持つそれは、目を奪われるほどに美しいけれど、儚くて脆い硝子ガラス細工のようなものだと感じられた。


 オルフェリアは、総合的な強さ、こと純粋な強さに関して現時点ではエリスには負けないという確信があった。



 そして、彼女が再びエリスを目にするのはとあるギルドの訓練場であった。

 その日オルフェリアの確信は崩れることとなる。



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