第16話 ポケットの中の願い②
○○○
翌朝目を覚ますと、俺の隣で横になったセナが俺の顔を見ていた。
顔が近過ぎて、少し恥ずかしかった。
頬が熱を持つのを感じた。気付かれてませんようにと願った。
一方セナはいつものように「おはよ」と言い、軽く支度を済ませると、小屋の外に向かった。
彼女は舞い、俺は朝ごはんを作る。
これが俺達のいつものルーティンだった。
○○○
食料の調達が無事に終わったこともあってか、朝から俺は腕を振るった。
オムライス、クリスピー生地のピッツァ、ハンバーグなどの料理がテーブル一面に並んだ。
さすがに朝から揚げ物は控えたが、それでも半端ではない量の調理をこなした。
なのに、セナは涼しい顔をして完食した。
「むふー」と鼻息を荒げ、やったったぞ! とばかりにドヤ顔を俺に向けた。
彼女の瞳が『これで終わりなのか? まだやれるぞ!』と雄弁に語っていた。
「イチロー、甘味が足りない」
セナがスプーンの二刀流でテーブルをスプーンの底で叩き『もっとよこせ』のポーズをとった。
「ですよねー」とそんなこともあろうかと万全に準備していた俺は、果汁で作った氷菓をセナへと差し出したのだった。
○○○
美味しそうに食べ終えた彼女には砂糖たっぷりのミルクティを、自分にはストレートティを淹れ、椅子に腰を落とした。
「あのよ、」と思い切って話を切り出した。
「何?」
「昨日はありがとな」
彼女には感謝してもしたりない。
「わたしは何もしていない。頑張ったのは、イチロー、あなた」
セナは当たり前のように、俺を
「ありがとよ」と再び感謝を伝えると、彼女は「いいえ」と答え、口角を上げた。
「これのことなんだ───」
俺はポケットの中にあった、ひんやりとした
竜宮院をはじめとした勇者パーティの面々が今ごろ、
ソレは淡い光を放つ球状の結晶だった。
不思議なことに、結晶の放つ光は、まるで液体のように流動して見えた。
「これは何?」とセナが簡潔に問い掛けた。
俺は覚悟を決めて答えた。
「これは《願いの宝珠》だよ」
○○○
「俺はこいつを手に入れるために、この世界で戦い続けてきた」
いきなり異世界召喚だなんて、非常識な目にあったが、俺はこの《願いの宝珠》を手に入れるために、これまで何度も死ぬ思いをしながらも、迷宮探索を続けてきた。
「それがさ、俺がこいつを手に入れたのは《刃の迷宮》を踏破した後なんだ。不思議なことに気が付いたらポケットに入っててよ」
入手経路も不思議であったが、その効力はそれに輪を掛けて不思議なものであった。
「こいつは、持ち主の願いを叶えてくれるマジックアイテムなんだ」
俺はセナに言わなくてはならない。
彼女に、隠さずに伝えることこそが、誠意だから。
「だからさ、こいつがあれば、俺は日本の、あの時間のあの場所に戻ることが出来るんだ」
○○○
「イチロー、あなたは何を恐れているの?」
俺が恐れていること?
そんなのは決まっている───
「大丈夫、イチロー、何も恐れることはない」
彼女はそう告げて「よいせっ」と椅子を俺の隣に運び、腰を下ろした。こんな真面目な話をしているのに、彼女のとった行動がどこか可愛くて、どこか愛しかった。
背丈の低い彼女は、俺に対しどことなく上目遣いで、まるで聞き分けのない愛し子に言い聞かせるように、
「大丈夫よ、イチロー」と言った。
大丈夫よ、と彼女はいつも言ってくれた。
その
そして、今回も───
「イチロー、あなたは自由よ」
俺の目の前に提示された選択肢は、一つではないのだと彼女は言ったのだ。
「あなたは身体が治って、帰る手段も見つけたことで、ここにいる理由がなくなったと思ってるのかもしれない」
それは俺が思っていること、そのものだった。
「理由なんてなくていい」
正面に相対した彼女が、俺を柔らかく抱き締めた。
「ここはあなたの家」
言い聞かせるように、背中を軽く叩いた。
「そしてわたしはあなたの家族」
セナは言葉を選ぶように、ゆっくりと語った。
「もしあなたが、何らかの必要に駆られて、ここを立ち去ったとする。そうして、あなたが何かに疲れ、傷付いたときには、いつだってここに帰って来てもいい」
彼女は俺に噛み含めるように、
「もしあなたの心の苦しみが癒えてないのなら、あなたが、その苦しみから解放されるそのときまで、いつまでだってここにいていい」
優しく告げた。
「わたしは、あなたがいなくなるそのときまで、あなたの側にいることでしょう」
そして────
「いつか、あなたが、日本に帰りたくなったときは、わたしはあなたを笑顔で送り出したい」
小さな彼女は両手いっぱいに俺を抱き抱え、
「だから大丈夫よ、何も心配はいらないわイチロー」
俺の言いたかったこと。
俺の言わなければならなかったこと。
その全てを言葉にすることは俺には難しかった。
けれど、彼女が俺を許してくれた。
彼女は、いつだって甘い。俺をバカみたいに甘やかせてくれる。出会ったときからそうだ。
だけど、彼女に全てを委ねずに、俺自身が、逃げずに、恐れずに、言葉にしなければならないことがあった。
「セナ、俺はここにいたい」
答えが分かっていても言わなければならないことがあった。
「俺の心の中に渦巻いている、もやもやがなくなるそのときまで、俺はここにいてもいいか?」
彼女は
「イチロー、あなたは自由よ」
再びセナはそう言い、俺の両手に自分の手を重ねた。
セナの瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちた。
○○○
さて、いつまでもお互いに手を重ねていた俺達であるが、不思議なことに、どちらからかその手を離そう、といった反応をとることはなかった。
俺はセナに触れているだけで幸せだったし、セナは俺の手をこれでもかとしっかりと握り締めていた。
俺達は、お互いに見つめ合い、次第に────
「うおおおおおおぉぉい!! 帰ったぞおおおおおおお!!」
ズピシャーン! という荒々しく扉を開けるけ音と共に、一つの騒動が唐突に俺達の前に顔を現した。
どこかのラノベ主人公のように「やれやれ」などと首をすくめてみたものの、セナと二人ならどんな困難だって乗り越えられると、俺はそう確信していたのだった。
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これにて今章は終わりです。
最後まで読んで頂きまして本当にありがとうございます。
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