第11話 彼がここにいる理由
○○○
セナの持たせてくれたお薬袋に鎮痛剤の役割をする薬があった。
どれだけ過保護なのよ、と溜め息を吐きそうになったが、今回はちょうど良かった。
鎮痛薬とポーションを用いて、部屋からミランとフィオを追い出して、何とか出来る限り手早く、施術を行った。
○○○
「お疲れさん、終わりましたよ」
俺が告げると糸が切れたように、マーロはそのまま「本当にありがとうございます」と述べ、額に大粒の汗を浮かべて眠りに付いた。
彼女をそのまま寝かせて、部屋から出た俺に「かーちゃんは大丈夫なのか!」とミランが駆け寄った。
完治したことを説明し、ポーションを数本渡す。
「貰えないよ!」と半べそかいて返そうとするミランに、マーロは不自由な脚で無理をした結果、過労気味となっていたことや、不安からか不眠なども患っているので、これから数日は目が覚めると飲ませるように指示を出した。
「ロウにいさんは、どうしてここまでしてくれるの……?」
目を袖で擦りながら、ミランは俺に尋ねた。
「何でだろうな? まあ、大きくなったときに、誰か困ってる人がいたらさ、助けてやってくんなよ。人生ってそんなもんだろ」
俺の言葉のなんと薄っぺらなことか。
これまでの人生、じいちゃんから胸を張って歩けるように生きろ、それが後に俺自身のためにもなると教えてくれた。
それがどういうことか、俺にはまだ少し難しいけれど、はっきりと分かることはある。
俺達は、後から振り返ったときに、自分自身がこれまで恥ずかしい生き方をしてきたと、悔やむことのないように生きるべきなのだ。
だから今回の俺の選択は、どこまで行っても自分の為だ。
けど、俺はどうしても、考えてしまう。
かつて俺の知っていた全ての人を慈しみ、彼らの幸せを願っていた
疑問に答えてくれる彼女はもう、いない。
○○○
さて、夜もそこそこにふけてきて、窓の外にはほの青く光る月が見えた。
子供なら床につく時間である。
しかし、子供達は母親の心配からか、俺の宿泊によってもたらされた非日常感からか、中々寝ようとしなかった。
「マーロさんも寝てるんだからお前達もそろそろ寝なよ」
「「ええー!」」
寝るまでの付き合いだとミラン姉妹とボードゲームに興じていたが、一向にその気配を見せない。
それどころか「ね、ね、それじゃあさ! 迷宮探索の話を聞かせてよ!」「聞かしぇてー!」と目を爛々と輝かせている始末だ。
「話かぁ、ならどんな話が聞きたい?」
「じゃあさ! 探索したときのボスモンスターの話が聞きたい!」
「ボスモンスターっていっても攻略してねぇ奴の方が圧倒的に多いんだぞ」
「けどロウにいさんは攻略してるんだろ? あれだけお金持ってることだしさ!」
金持ちすなわち迷宮踏破者という決め付けは間違っているのだけど、ここで指摘するのは野暮だろうか。
それにここまでおねだりされて断れる兄がいるだろうか、いやいない。違うわ! そもそも俺は彼らの兄ですらなかった!
「わかった! 今のところ一番最後に攻略した迷宮の話をしてやる。それを聞いたら寝るんだぞ!」
俺が二人に言い聞かせるように告げると、彼女達は、
「「はーい!!」」と元気よく返事をした。
ホントに分かってるのかよ……。
○○○
「俺が受け持った刃型のモンスターは、ピカっと光るたびにトンでもなく速く動く厄介な奴だった」
俺は刃の迷宮の最奥のことを思い出しながら、実感たっぷりに話をしていた。
「それが眼で追うことも出来ない速度で動くんだ」
エリスや竜宮院達に関しては、名前を変更したり、大事な情報はぼかして説明する運びとなった。
「バヅン! って片腕が切り飛ばされててよ」
などとピンチに陥った場面に差し掛かると、
「しょれでしょれで!」とフィオが熱心に先を促した。
話し始めるとどうもフィオの方の食い付きがやたら良かったので、ミランの反応が少し鈍いことに、俺は中々気を回すことが出来なかった。
「で、弟子がその最強の剣士のモンスターを奥義を使って、こういう感じにバッサリと切り裂いたんだ。そんでそのときに剣士のモンスターが言った台詞が『オミゴト』だったってわけだ」
身振り手振りも交えた語りをそこで終えるも、俺が話を進めるたびにきゃっきゃっ! と声を上げるフィオに反して、ミランがだんだんジト目で俺を見ていたことにはさすがに気付いていた。
○○○
俺の話が終わったのを見計らって、ミランはベッドへとフィオを運んだ。
俺もそろそろ眠るかと、マジックバッグから就眠セットを取り出し、床につく準備をしていると、
「ねぇ、ロウにいさん」と再びこちらへと赴いたミランから声を掛けられた。
「どうした? 約束したんだからもう寝ろよ」
「さっきの話のことなんだけど……」
「さっきの話?」
「ロウにいさんは、めっちゃ良い人だから、オレ達を騙そうとしたんじゃないってのと、フィオがいる手前、話をさ、こう面白くしようとしたってのはわかるんだよ」
俺はミランから何を言われてるか全く理解出来なかった。
「ん? それはどういう───」
「あの話、あーー、さっきロウにいさんがしてくれた話ってさ、あれって」
ミランは言いにくそうにしていたが、やがて意を決したように口を開いた。
「勇者リューグーイン様達の英雄譚でしょ?」
ミランの問い掛けに、俺は、驚愕の余り言葉を忘れたのだった。
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