第10話 逃亡者②(ヤンマー・ディーチ・ロウ)
○○○
逃亡聖騎士ヤマダ……?
俺は混乱の極みにあった。
俺は、これまで俺に出来ることを全力でやってきた。
それこそ、その全てはこの世界のためであった。
竜宮院達とは相容れることが出来ずに、袂を分かつこととなったが、このような辺境の地で、このような十を過ぎたばかりの少女に蔑視されるような罪を犯したわけではない。
竜宮院の首をちょいとばかし
「ちょ、ちょっとそれどういう───」
「っとと、とうちゃーく! ここがオレの家だよ」
詳しい話を尋ねようとしたが、タイミング悪く話はぶつ切りとなってしまった。
○○○
「かーちゃん! 帰ったぞー!」
扉を開けて俺達を出迎えたのは、ミランとよく似た女性だった。
けれど快活なミランに比べてミランの母は薄幸という言葉がぴったりなように思えた。
彼女の頬は紙のように白く、目の下に
「おかえりなさい、ミラン」
もしかすると今の今まで横になっていたのかもしれない。
彼女ははミランの
「ところで、こちらの方は?」と問うた。
「この人は、オレの客だよ! ねー、おにいさん!」
それじゃ、何にもわかんねぇんだよなぁ。
むしろ変な勘違いされるまである。
やれやれと溜め息を吐いて ミランの母へと自己紹介を兼ねた状況の説明を試みようと前へ出た。
「私、ヤマ───」
名前を述べようとした、そのときに、一瞬のことではあるが脳内に盛大にアラートが鳴った。
逃亡聖騎士ヤマダという名前は知れ渡っているのではないか?それも悪評の
「ヤマ?」
ミランの母が俺の言葉をそのまま呟き、途中で停止した俺に不思議そうに首を傾げた。
「おっと、失礼しました。私、探索者をやっているヤンマー。ヤンマー・ディーチ・ロウと言います」
やっべぇー! 何とか噛まずに言えたわ!
内心冷や冷やしながらも俺は続けた。
「ロウって呼んでください」
焦りを出さずに咄嗟の自己紹介(偽)を乗り切った俺を誰か誉めてくれ。
「まあまあ! 探索者さまでしたか! 何かうちの娘が
そら勘違いするわ。
頬に手を当てて不安そうな様子のミランの母。
彼女へと今日一日の出来事と、ミランから泊めてもらうように提案されたことを説明し、何とか宿を確保する運びとなった。
○○○
ミランの母はマーロという名前だった。
宿泊させてくれる代わりに振る舞ったハンバーグにマーロは「まぁ!」と声をあげた。
子供も大人もみんなハンバーグは好きだからね。
仕方ないね。
俺に見られていることに気付き、恥ずかしいそうに頬を染めて「あらあら」と頬に手を当ててふんわりと笑う様子には、どこか気品を感じられた。
話を聞くとどうも、マーロは元々貴族の女性だったようで、平民と結婚する際に貴族から抜けたのだという。
マーロの隣に座る幼女が「おねぇちゃん、この人だえー?」と少し舌足らずに尋ねた。
ミランの妹であるフィオであった。
彼女達と話をしていくうちにマーロの異常な顔色の悪さが何に起因するのか理解した。
マーロは愛する夫と死別したそうで、女手一つで家計を支えていた。
状況は余り良くなく、端から見ている俺でもわかるほどに、無理が祟っている様子だった。
「かーちゃんは向こうから突っ込んできたタルカネ商会の馬車を避けたときに転んで脚を怪我したんだ!」
とはミランの弁。それまではミランとマーロの稼ぎで貧しいながらも幸せな生活を送っていたそうだ。
その生活がマーロの脚の怪我を切っ掛けに今まさに崩壊しようとしていた。
「でしたら、ご実家を頼ればいいのでは?」
にべもないが、死ぬよりはマシだろう。
「平民に嫁ぐ際に、実家には縁を……」
「あー、そういう」
彼女達がこれから先、不幸になると分かっていて放っておくには寝覚めが悪い。
ただなぁ……骨折はなぁ……。
彼女の脚を治すには、単純にポーションを用いればいい。
俺がマジックバッグに大量にストックしてるポーションはいずれも上級ポーションと呼ばれる回復薬で、そんじょそこらの回復薬とは比にならない代物だ。その効能たるや骨折なんてちょちょいのちょいで完治してしまうほどだった。
量に関しても、希少なのかと思いきや、俺とエリスがエナドリ感覚で飲んでた位なので全くの問題はない。一本一本それなりの金額(金貨××枚)ではあるももの、迷宮攻略で稼いだ俺の金は莫大なので、無くなっても買えばいいやくらいにしか感じなかった。
骨折が治るときに、ちゃんと接合しなかったことが原因で、完治することなく不自由な歩き方となってしまうことがある。
これがポーションですぐに治るかと言われると、少し手間が掛かってしまう。
きっちりと歩けるように治すには、不完全に接着した部位を一度外して、再度ポーションによって接着させないといけない。
「もしよろしければ……」
俺はポーションの提供と施術を買って出た。
ただ、彼女には耐え難いほどの激痛が及ぶだろうが、俺の提案を飲まねば、自分達が
マーロは少し逡巡し、やがて頭を下げた。
「ロウ様、よろしくお願いします」
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