第9話 逃亡者①(憧れの勇者パーティ)

○○○



 さて、非常に楽しい時間であった。


 俺は日が暮れるまで、ミランを連れて回ったので、彼女を家まで送ることとなった。


 そんな道中でのことであった。


「おにいさん! オレさ、さっきはとっさに受け取っちまったけどさ! やっぱり金貨四枚は貰いすぎだと思うんだ!」


「別に構わねぇよ。それより明日もお願いしていいか?」


「『構わねぇよ』って! こっちは構うよ! どうしよう絶対に貰いすぎだよ───」


 生意気な子供なのに、実は正直者で誠実であったミランに、俺はある種の感動を覚えた。

 ミランは「どうしよう!」などと両手を帽子にやって悩んでいたが、やがて何かを閃いたように俺の袖を掴んだ。


「おにいさんさ! 宿まだ決まってないからうちの家に泊まりなよ! 母ちゃんも妹も絶対に喜ぶからさ!」



 後から思うと、俺はこの申し出を断るべきだったのだ。

 どれだけ楽しくとも用事を手早く済ませて、すぐにセナの元へと帰るべきだったのだ。


 このときの俺はどう考えても浮かれていた。


 久しぶりの地上。人々の熱気。アホみたいな買い物。


 それに俺を『おにいさん』と呼ぶミランは、地球に残してきた俺の妹にどこか似ていた。

 俺がバカをやらかすたびに『やれやれお兄ちゃんはバカだなぁ』と笑う妹と「ほんとにもぉ、おにいさんさーそういうとこだぞ」と屈託のない表情を浮かべるミランがオーバーラップしたのだ。


 けれど、どれだけ原因を書き連ねようが、結果を変えることはかなわない。



○○○



 始まりは何気ない話だった。


「そう言やさぁ、おにいさん今日だけで金貨百枚以上使ってたよね? 一体どうやってそんなに稼いだのさ?」


「俺が貴族だから金を持ってるって答えたら信じるか?」


「信じられるわけないじゃん! おにいさんが貴族だなんてさー! そんなの質の悪い冗談だよ!」


 だよな! わかってるよ! 自分でもよ。


「だって服装も格式高そうに見えないし、仕草や態度も全然上品じゃないし、なにより目が微妙に死んでるし、」


 言い過ぎィー! 最後なんか悪口やないかい!

 生意気な口を叩かないようにアイアンクローでこめかみを掴んでワカラセてやろうかと逡巡していると、


「けどしゃちほこばった偉そうな貴族達なんかよりおにいさんの方が好きだぜ! バカっぽくてさ!」とミランは言った。


 一言余計なんだよなぁ。

 これはワカラせる必要ありゾ?


「これをやろう!」


「いらないよっ! おにいさんそういうところ成金みたいだぞ!!」


 はっ!?

 ワカラセどころか無意識にミランに金貨を与えるところだった。こんな感じでも褒められて嬉しかったのか俺よ。だからと言ってさぁ俺……。

 金の持つダークサイドパワーに戦々恐々としていると、


「そんなことより、おにいさんはどうやってお金持ちになったのさ?」


「こう見えても俺は、そこそこの探索者なんだよ。実力もあるんだぜ?」


「えぇー! 探索者かよー! おにいさん! かっけー! うおおおー!」


 ミランが探索者と聞くと、急に興奮し出して、その様子は少しオーバーじゃないかと思うほどであった。


「なんだミランは探索者に興味があるのか?」


「そりゃそうだよー! オレの周りの友達もみんな探索者になりたいって言ってるぜ!」


 ミランは身体をいっぱいに動かしていかに探索者が人気であるかを表していた。


「みんな、勇者様に憧れてるんだ!」





○○○






 顔面が固まるとはこのことだった。

 いや、落ち着け俺。


 勇者と言っても、何かほら、いっぱいいるはず。

 ほらドラ○エだけでも十人以上いるし。


 外伝のほら、アベルとかダイとかもいるし。

 あの・・勇者とは別の、どこか遠くで生息してる勇者のことだろう。


「へ、へぇー、そうなんだミランは勇者に憧れてるんだ?」


 ミランは「うん!」と快活に返事をし、


「けど、まあ勇者はレア職だから。勇者様みたいに強くなるのは難しいだろうけどさ」と続けた。


「別に勇者以外にも優秀とされてるジョブはあるわけだし、それに最悪ジョブに恵まれなかったとしても───」


 俺の発言に食い気味にミランが食い付いた。


「そうなんだよ! さすがおにいさん良いこと言うよ!」


 少し過剰とも言えるミランの熱がどこからくるものか、この時点の俺には全く計ることが出来なかったが、


「勇者は一番人気だけどさ、けど女の子友達の中じゃジョブは魔法使い、剣聖、聖女の順で人気なんだよ!」


 という彼女の発言で、嫌な予感が暴走トラックの如く、俺目掛けて突っ走ってくるのをどこかで感じ始めた。


 勇者ときて、聖女、魔法使い、剣聖とくる。

 まるでどこかの勇者パーティのメンバーみたいじゃないか。


「勇者と聖女は唯一無二って感じの職業だから、みんなも勇者になりたいとか聖女になりたいなんて簡単には口に出来なくってさ」


「あ、あーそうなんだぁーー」


 俺が青息吐息で返事をすると、


「その点、大事なのは努力だって教えてくれる魔法使い様や剣聖様は万人から憧れられてるんだ」


 ミランは瞳を輝かせ熱く語り続けた。


「女の子でも小さい子は何も知らないからみんなキラキラしてる聖女様のことが大好きだし、少し上の年齢の友達になると努力の人で有名な魔法使い様にみんな憧れる」


 努力の人で有名な魔法使い様……。

 どうか間違いであってくれええええええ!!


「オレは、剣聖様を尊敬してるんだ」


「それはどうしてなんだぜ?」


「おにいさん知らないのかよ!剣聖様のこと!」


「うん、おにいさん、わかんない、教えて」


 いっぱいいっぱいになりながら御教示願った俺に「仕方ないなぁ、えへん」とミランは薄い胸を張った。


「まず、剣聖様と言えば、才能、謙虚さ、努力、この全てを兼ね備えた人物とされてるんだ」


 まさかまさかまさかまさかエリス────。


「剣聖様を説明するときに欠かせないエピソードがある、それが」


「それが?」


「《十六時間の打ち込み》ってエピソードなんだ」




○○○




 彼女の熱弁が始まったが、それはどうも、どこかの剣聖さんが、来る日も来る日もギルドの訓練場で毎日十六時間も鬼のような訓練に費やしたというどこかで聞いたことのあるエピソードだった。


 アカン! ほとんど一致しとるやんけ!

 どうなってんだよ! やべぇよ! やべぇよ!


 

 嫌な予感暴走トラックはもう目の前だった。

 俺の心中にお構い無く、ミランは自分の功績を誇るかのように、張った胸を俄然反らしていく。


「その訓練の光景を見て、たまたまその街で仕事してたSランク探索者の《剣凪ソードダンス》のオルフェリアも『あたしには死んでも無理』って酒場でくだを巻いていたんだってさ!」


 完全に一致!!


 これはどういうことなんだぜ!

 これだけ辺境に逃げても俺のことを逃してくれないのか。


 そこで、ふと閃いた。

 当たり障りなく流せばいいのに俺は余計なことを閃いてしまったのだ。


「なぁ、その剣聖ってエリスって人物のことか?」


「なんだー! おにいさん知ってるのかよぉー!」


 嫌な予感を盛大に積んだ暴走トラックはもう既に俺の目の前に迫っていた。

 ぶーっと頬を膨らませるミランに俺は尋ねた。


「その勇者のパーティによ、もう一人男いたよな?」


 言ってる最中に瞬間的に舌が強ばった。

 これ以上深く聞くのはやめろという神様からのサインだったのかもしれない。


「ほら、聖騎士のさ」


「あー、いたねー」


「そいつはどうだったんだ?」


 ミランは明らかに侮蔑の表情を浮かべた。


「どうもこうもないよ、おにいさん!

 だってそれ───」


 そう言って彼女が告げたワードはまさに嫌な予感暴走トラックそのもので、この瞬間俺を正面から跳ね飛ばしたのだった。



「───逃亡聖騎士のヤマダのことでしょ?」









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