第8話 嵐の前の成金

○○○



 街に到着すると、まずは案内人の溜まり場に足を運んだ。

 ちょうど暇してる小遣い稼ぎの子供がいたので声を掛けた。


「案内お願いしたいんだけどいいかい?

 俺さ、初めてこの街に来たんで、この街のこと何にもわかんねンだわ」


 子供は帽子に手をやり生意気そうな表情を浮かべた。


「んー? 別に構わないんだけどさー、おっさん金持ってんの?」


 !?


「なんかさーおっさん、カッコからして金もってそうに見えないんだよねー。別に貰えるもんさえ貰えたら、どこだっておっちゃんを連れてくけどよー」


 おっさん……。


 このときの俺は『おっさん』と呼ばれたことで精神的に大きなダメージを受けていた。

 だって俺はまだ二十歳になるかどうかの年齢なのだ。


「ボウズ、金ならあるんや」


 誰がおっさんだよ! 舐めたガキだぜ!

 ええわい! 大人のパワー見せたるわ!


「これが何かわかるか?」


 マジックバッグから金貨を取り出し、指で摘まんで見せつける。


「き、金貨……けどよ、金貨一枚くらいなら───」


「俺の金貨が一枚しかないだなんて、誰が言った?」


「ま、まさか」


「そう。そのまさかだ。俺は───」


 そこで言葉をいったん区切り、マジックバッグから掴めるだけの金貨を掴み、子供に見せつけるようにそれを彼の顔の前へと近付けた。


 黄金の輝きに子供が目を剥いたのを見て、多少の溜飲を下げ「───金持ちだ」と言い放った。


 全く大人気おとなげなかった。

 けれど自覚していてもやめられないのが俺である。


「おっさん!」


「んー? 『おっさん』? お前の言う『おっさん』とやらは一体誰のことを指すのだ?」


「え……?」


「いいか? 俺は、まだ二十歳だ。ここまで言えばわかるだろう? 貴様の取るべき態度とやらがなぁ!」


『金は力なのだ! 金こそがこの世の全てなのだ!』などと、ギャンブル漫画に出てくる黒幕のようなことを考えていると、


「えと、ごめんよ! 失礼なことを言って!」


 子供は帽子を取って頭を下げた。

 帽子の下から纏めた茶色の長髪がぱさりと落ちた。

 驚いたことに子供は女の子だった。


「わかればいいんだ」


 自分の物分かりの良さに、俺という奴は何てうつわが広いのだろうと自画自賛していると、


「えー、てことは……おじさん?」


 小首を傾げて、俺の反応を伺うボウズ。


「ほぅー! ええ度胸しとるやないかーい!!」


 コレは教育やろなぁ!

 呼び名に関して俺は、全く譲るつもりはなかった。

 それぐらい我慢すりゃいいのにという、お前達の意見はここでは受け付けない。



○○○



「おにいさーん! もっと速く歩けないのかよー!」


 俺を先導する役割を金貨四枚(慎ましやかに暮らせば4ヶ月は暮らせる)で了承したボーイッシュ少女は、俺を急かすように声を上げた。


「ボウズ、ちょっとゆっくり歩けよ。案内人ってのは腐ってもサービス業みたいなもんだろ」


 元気が有り余ってるのか、駆け足で俺の前までやって来た少女は、


「ちょっとそのボウズってのやめてくれよ! オレにはさ、ミランって親の付けてくれた立派な名前があるんだよ!」


 ここで新事実が発覚した。

 少女───ミランは俺っ娘だった。

 そんな内心の驚愕をおくびにも出さずに、俺は彼女と会話を続ける。


「悪かったなミラン。良い名前じゃないか、上品で、洗練されていて、何より強そうな名前だ」


「だろ! オレも気に入ってるんだ! へへ!」


 彼女は名前を誉められたことを純粋に喜び、鼻の下に人差し指を当てた。


「っとと、ここが中央の市場だよ! 街の中でも特に何でも置いてあるのがここさ!」


 市場に足を踏み入れると、まずめちゃくちゃ活気があるなって感動した。どいつもこいつも客を一人でも呼び込もうと必死で、けれど客もその熱を楽しんで買い物していた。


 そのとき感じたがやがや・・・・とした喧騒が俺は嫌ではなかった。それどころか、日本での祭りの様な熱を感じ、どこか少し、懐かしさを覚えた。




○○○



 基本は簡素な作りの店構えが多く、中にはテントみたいに組立式の作りの店もあり、少し進むと露店商よろしく敷物に売り物を置いただけの店も少なからずあった。


「小麦を挽いたやつはあるだけ買ったし、ええと他は───」


 ミランを侍らせつつ、さらに商品を物色する俺。


「この調味料クミンっぽい? まあいいわ! おじさんこれとこれとこれとこれ、あるだけちょうだいだわさ!」


「買ってくれるのは嬉しいけど、全部売っちまったら他の客が困っちまう」


 などとのたまうマッチョ店主には、札束ビンタよろしく、金の力でゴリゴリとゴリ押しして黙らせ、楽しいお買い物を満喫していた。


 当初探していた香辛料などは、店の多さやバリエーションに比例するように、思っていたよりも簡単に見つかった。

 その都度つど俺は、成金のような嫌らしさを発揮しながら、大人買いに精を出していたのだった。


 ちなみに、歴代の勇者召喚によって連れてこられた勇者達によって、香辛料や調味料などの知識チートは既にとうの昔に擦られていた。


 全くよくやるよ、とは思うものの彼らのお陰で調味料が手に入ったと考えたら、彼らに足を向けて眠れないぜ。



 商品の物色を続けながら、目当ての一つである甘味の元となる各種ドライフルーツや、歯応え楽しいナッツなどの乾きものを見つけては即座に購入。俺はバンバンとマジックバッグに放り込んでいったのだ。


 さらに買い物は続いた。

『うおォン!俺はまるで買い物発電所だ!』などと益体もないことを考えつつ、良いと思ったものは躊躇うことなく、取り敢えず購入した。

 買い物は一期一会だって言うしね。

 やがてセナのために探していた果物屋さんが見つかったが、ここでも俺という人間は自重を知らなかった。


「店長さん、この果物、ここからここまで、全部ちょうだいな」


 どうせ冷やかしだろう? 今日は商売あがったりだ! なんて考えてそうだった果物屋のオジサンは、俺の注文を聞き、冷たい目をしていた。

 ほほーいつまでそんな顔出来るかなぁ?

 あえて麻袋いっぱいの金貨をジャラジャラ鳴らした俺。店主はその音を聞くと、壊れたオモチャのように両手の上下運動を繰り返し、「へへぇー」と喜びの念を示したのだった。


「へっ! まだまだ買い物はこれからだぜ!」という俺の独り事を聞き、ミランは「ウゲェー」と漏らしたが、俺は気付かない振りを決め込んだのだった。





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