第7話 Hero's Come Back!!

○○○



「イチロー、わたし、別に料理を作ってくれなくてもいいわ」


「いやいや俺も食べたいしさ」


「なら、狩りで得た肉と採取した森の恵みだけで充分」


 彼女は俺の下界行きに反対していた。

 なので、お食事大好きなはずの彼女が、食事なんて問題ではないのだとでも言いたげな様子であった。


「いや、食は人間にとっての最大の幸せだって人もいるしさ。それにちょうど俺も、食料品を一気に買い溜めする機会を伺ってたんだ」


「けど───」とセナはなおも言い募った。


 俺は彼女の勢いに、少し気圧された。


「わたしはね、イチロー、あなたが悪意に晒されないか不安なの」


 少し過保護じゃないかと思いもするが、ついこの前悪夢を見て彼女と布団を共にするという事態を引き起こしているので強く言い返せない。


 ちなみに、あの日から彼女とは一緒の布団で寝ている。

 やましいことは何もしてないが、朝起きると彼女の胸の中で眼を覚ます確率がやたら高かったりするのはここだけの話だ。


「大丈夫だって。ギルドで下界の話を聞いて、食料を買ってくるだけだからさ」


 彼女は俺の服の端を掴んで、なおも引き留めるために何かを口にしようとしたが、上手く言葉にならないようだった。


「俺も良い歳だし、あんまり心配しないでくれよ」


 その言葉が決め手になり、俺の下界行きは、しぶしぶながらもセナの了承するところとなった。



○○○



「食料は入れた?」


「入れたよ」


「水は持った?」


「持ったよ」


「ああ……イチロー」


 何? このやり取り? オカンなの?


「だいじょーぶだって! そんなに心配してくれるなよ!」


「けど、」


土産みやげ、楽しみにしといておくれよ」


「うう──」


 目に涙を浮かべて俺にしがみつくセナ。

 ふよふよと浮かぶ着物のもどのような理屈か俺の身体を抱き締めるように巻き付いた。


 そのように反対の意を身体全てで示してくる彼女を引き剥がして、出発するのは骨の折れる仕事ではあった。



○○○



 さて、それからしばらくすると、俺は何とか彼女を納得させて(しぶしぶではあるが)、下界に向かって歩を進めていた。

 街がどこにあるかも、帰りはどうすればここに戻ってこれるかも全てばっちし打ち合わせ済みだ。

 そうでなければ彼女は俺を離しはしなかっただろう。


「そこまで心配しなくてもいいんだけどなぁ」


 などと独り言ち、彼女の指定したルート方向(モンスターが極力出現しないルートらしい)へと、乱雑に生え散らかした木々を避けつつ、急斜面を滑るように駆け降りるとついに下界に辿り着いた。



○○○




 地上に降り立ち、少し進むと踏み固められた道が現れた。


 その道を進み、目的地へと向かってる最中に事件に遭遇したりもした。


 どういう組み合わせか謎であるが、そこそこの身なりのオッサンと汚い格好をした盗賊風の四人の、計五人の男が見えた。

 彼らは見目麗しい貴族っぽい女性(もしかしたらどこかからさらってきたところを逃げられたのかもしれない)を麻袋に詰め込んで、その場から離れようとしていた。


「おいおいおい、いくら人気ひとけが少ないからってそれはアカンやろ」と俺はそいつらを遠くから《光時雨レイン》で牽制し、姿を見られないように忍び寄り、一人また一人と意識を奪った。


「こんな奴らはどうせ再犯するんだよぉ!」などと決め付けた俺は、彼らの両手両足を叩き折って縄で縛って放置したのだった。


 気絶した貴族女性(仮)を背負いながら「こいつはどうすればいいの?」「勘違いされたりしないかな?」などと頭を抱えつつも再び歩み始めた俺の目の前には、商人の馬車とそれを取り囲むゴブリンの集団が現れた。



「ちょうど良かったぜえええええー!」などと奇声を上げながらゴブリン共を《光時雨レイン》で穴だらけにして殲滅した俺。

 馬車を覗き「もう、大丈夫やで」と声を掛けると、車中で震えていた眼鏡の女性商人に、背負っている貴族女性(仮)を押し付けたのだった。


 女性商人は名乗りを上げて「是非礼をさせてください」と頭を下げてきたが、これを固辞し俺はその場を去った。名前はもう覚えてない。当たり前だよなぁ。




「それにしてもどうしてこう事件ばっかり起こるんだよおおおお!! どうしてだよおおお!!」と溜まり過ぎたストレスを発散させるべく、更なる奇声を上げていると、採取クエスト中の女の子三人組のパーティがミドルオークに追われていた。


 ちょうど溜まりに溜まったストレスゲージを発散させねばならぬと「オークのことは俺に任せて先に行け!!」と彼女達へと、俺に出来る最高のイケボを投げ掛けた。


 めげずに「私達も戦うわ!」と逃げるのを渋った女の子達に「お前達は逃げろ!」「お前たちが逃げるだけの時間は稼いでみせる!」と悲愴感を演出しつつ「大丈夫、倒してしまっても構わんのだろう?」などと一生に一回は使ってみたいセリフベスト1を俺は叫んだ。


 涙を流しながら「助けを呼んでくる」とその場から離れた彼女達の姿が見えなくなったら、貫通拳スティンガーの練習台にと、「オラオラオラオラオラオラアアアアアアア!!」とボッコボコの挽き肉にしてやったりもした(結局一撃もそれらしいものは放てなかった)。



 ってかこの世界治安悪くね?

 治安の悪さはこの地域だけの話しかね。


 などのトラブルを片手間に解決しつつ、道をそれることなく進んでいくと目的の街へと到着した。


 道中、徐々に人の姿が増えてくるにつれ、どこか感慨深いような変な感覚を抱いていた。



 そもそも《刃の迷宮》を攻略し、勇者パーティを抜けてこの南の辺境の辿り着くまでに一月ひとつき、そこから遭難し、セナの元で暮らすようになってから、三月みつきほどしか経過していない。


 自分から逃げ出したくせに、たった数ヶ月でこのような感情を抱くだなんて、全く現金なものである。



 さて、街は思ったよりも大きく、壁で覆われていた。

 いわゆる城壁というものだろう。

 南の辺境街ということもあり、国境線を守る役割を持つとともに、《隠れ山》から降り立った凶悪なモンスターを討伐する役割も持っているのだろう。


 一般に辺境伯はその辺の高位貴族よりも国内カーストが上だという話も聞いたことがあるし、そう考えたら思ったよりも大きい街の規模や、かなり頑丈に作られた城壁は当然のことなのかもしれなかった。


 何はともあれ、つつがなく城壁の検査を抜け俺は久しぶりの街へと辿り着いたのだった。


 街に入ると人目も憚らずに「到着わっほい!!」などと気炎を吐いたが、それはもう、何らかのフラグでしかなかった。









  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る