第12話 剣聖③
○○○
正直、ポンコツ娘───エリスとの生活は楽しかった。
「師弟は同じ部屋でないといけないのです」
エリスの主張だった。
ポンコツなのに妙な頑固さを発揮され、結局俺は彼女と同じ部屋で暮らしていた。
彼女の押しの強さはとどまる所を知らず、訓練だけではなく日常のほとんどを共にしたのだった。
『ははーん、ついに今回こそは美少女とヤることヤったんかぁ?』と察したお前。
毎回俺の不遇さを「あっ(察し)」とピタリと当ててきたお前達よ。
今回に関してはお前は間違えている。
ふはははは! 今回はお前の負けだぁ!!
もちろんやましいことは何もしていない(血の涙)。
え、俺これ手を出しても文句言われないんじゃ? と勘違いするような無防備なところは多少はあった。
いや、違うわ、あったというよりよく考えたら防御力
例えば、ご飯を食べるときも、「あーん!」してくる。
ご飯を食べさせるのは弟子の勤めだと言って
「飯くらい、一人で食えるわ!」と拒否った俺に、
「私は弟子失格なのですか……? 師匠、私は聖剣も扱えない剣聖失格者です。それなのに師匠への『あーん』すらもロクにこなすことの出来ない弟子失格者なら、こんな私に、一体何の価値がありましょうか……?」
「わかったわかった。あーん! あーんして欲しいな! あーん!」
「あーん」
エリスは笑顔で口を大きく開けた。
「俺が食べさせんのこれ!? 師匠に食事を食べさせる弟子って何!?」
そんなこともあったし、
例えば、お風呂入ってるとき、
ガラガラと戸が開く音と共にエリスの声が聞こえた。
「師匠ぉーー! 不承、このエリスがお供に来ましたぁーー! 是非とも私の背中を流してくださぁーい!」
「俺が流すの?! 普通逆だろ! お前の師弟観念どうなってるんよ!!」
なんてこともあった。
他にも、例えば、夜風を浴びに散歩へと出掛けたとき、
背後からとっとっと彼女の足音が聞こえた。
「師匠、お供します」
「ただの散歩だぞ。何も楽しいことなんてない」
「別に構いません! 師匠が側にいてくだされば毎日が楽しいです!」
「そうかよ」
臆面もなく、よく言えるよ。
純粋な好意を向けられた俺は、誤魔化すように答えた。
「それにしても師匠っ! 月がキレイですね!」
わかってて言ってんのかこれ?!
「たまたまだよな?」
これはアレか? 擦られ過ぎて陳腐表現の一つに片足を突っ込んでる夏目漱石のアレか?
エリスは「ん? 何がですか」と無垢な表情で首を傾げた。
「それに星がキレイですね」
ああ、良かった。たまたま口にした系ね。
「将来ヤマダファミリア騎士団の団長はやっぱり長男に継がせたいですね!」
「たまたまじゃないじゃねぇかあああ!!」
つかヤマダファミリア騎士団って何?!
長男って誰と誰のだよ?!
そんなこんなで、普段は凛とした彼女は俺の横にいるときだけポンコツになってしまう。
そんな彼女との生活は、暖かく穏やかで、俺のささくれだった心を少しずつ、けれど確実に癒してくれた。
○○○
もちろん目的である訓練にも彼女は一切手を抜かなかった。
その日のことは今でも鮮明に思い出せる。
いつものギルドの訓練場で彼女の訓練を付けていた。
「おいおい見ろよなんだよあの振り込み」
「見ろよってか、速すぎて見えねーよ」
「見えないってことが見えるだろ」
「なんだよそれ」
「そんなことよりいつからやってんだアレ?」
「いつも訓練場解放と同時に開始するらしいから」
「じゃあもう11時間?さすがに休憩は」
「それがとってないんだってさ。疲れてきたらポーション飲んでぶっとおしで訓練続けてたらしい。ポーションそんな使い方する奴初めてみたよ」
「前にここのギルドに来たSランクの冒険者があいつらの訓練見て白目剥いてたわ」
「確かに酒場でくだ巻いてたな『あんなに訓練しなければ頂きに立てないのならアタシには死んでも無理』ってさ」
などという他の冒険者達のざわざわとした見学は日常茶飯事なのでもう慣れたもんだった。
俺は構わずにひたすらエリスに剣を振るった。
木剣を打ち合う音が絶え間なく響いた。
カカカカ───音の間隔が徐々に狭まった。
聞こえるのは剣戟の音とお互いの息遣いのみ。
尋常ならざる集中力とそれを持続させる彼女の精神力こそがこの状況を可能にしていた。
そこは二人だけの世界だった。
彼女は天性の剣聖だった。
振れば振るほど剣速があがる。
振れば振るほど剣は洗練される。
彼女は今まさに何かを掴もうとしている。
悩み苦しんだ卵の殻を突き破り、
英雄として、歴代最強剣士として覚醒する。
そのときが近いことを俺は知っていた。
本日訓練最後の仕上げに、疲労も考慮した彼女の限界点──俺はその一つ上の一撃を繰り出した。
疲労から目が霞んだのか、それとも単に能力不足か。
彼女の合わせた木剣は、致命的なまでに反応速度が不足していた。
当たる寸前で止めるつもりだった。
けれど彼女の目は死んでいなかった。
力も速度も不足した彼女の剣は、このままだと鍔迫り合いにすらならず弾かれた衝撃で己の身体へとぶつかるだろう。
けど俺には確信があった。
彼女が《英雄》の位階に辿り着くのは、
ぬるり───彼女の剣はたゆたう水のように俺の剣を受け流した。
まさにその瞬間だった。
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