第13話 俺と変わってしまったお前ら
○○○
あの日ギルドの訓練場で、エリスは剣の頂に手を触れた。
ただ、あのときの剣捌きを自由に使えるようになるまで、まだまだ時間が掛かるだろう。
彼女の剣技は1つの到達点だ。
苛烈な剛の責めと水のような柔らかさを兼ね備えた剣技。
それはつまるところ究極の剛と至高の柔という矛盾を止揚した剣技だ。
俺は《諸刃の極み》と名付け、エリスは《ダブルエッジ》だと主張した。お互いに譲歩はない。
「師匠の意見に譲歩しない弟子って何だよ?」
との俺の疑問に、
「それはほら、私と師匠の関係はそんな単純などこそこに転がってるようなそんじょそこらの二束三文で売ってるような師弟関係では表せない、深い深い何かそんな感じの絆のある将来を誓いあったスペシャルな関係じゃないですか?」
「お前よく喋るなぁ」
それからこれを読んでいるお前達もわかってると思うが、エリスと将来を誓いあったことなんて一度もない。
話を戻す。彼女の剣技はもはや完全なオリジナルと称することも出来るほど洗練されていて、かっこよく言えば《グラディウス流剣術》あるいは《エリス流剣術》と言えるのだろう。
何か、カッケェじゃねぇか。
別に、羨ましくはない。ないったらないのだ。
○○○
ある日二人で訓練を終え、食事の買い出しに出た。
登った日はそろそろ沈みかけており、夕日が俺達二人は照らした。
「エリス、剣を極めたその先によ、何か目標でもあるんか?」
ふと、それほど考えずに俺は尋ねていた。
「目標ですか?」
「んーそうだな。俺だったら地球に戻る、だろうし。例えば、エリスは騎士団に入りたいとか思わないの?」
「そうですね。騎士団に入ることが私の夢でした」
「『でした』ってことは今は違ぇのか?」
「はい、師匠に会う前の私は、父を超える騎士になり、いつかアルカナの騎士団長になって、国を護る剣になりたいと願っておりました」
彼女は俺の目を見て、
「私が信ずるに値すると認めた主と生涯を共に過ごし、願わくば生涯に渡って仕えたいと思ってます」
俺にはその瞳が眩し過ぎて、
「そうか。あーー、話は変わるけどよ、」
急な話題転換だとは分かっている。
けれど、いくら鈍感な俺でも、彼女の気持ちは察せたのだ。
生半可な返事は出来ない。
だから話の流れに多少無理はあれど、少し前から頭にあったプランをエリスへと伝えた。
「最近エリスに掛かりっきりだったし、そろそろこの辺にある迷宮を一つ踏破してくるわ」
俺が告げるとエリスがにこりと、
「いつごろ出発しましょうか?」
「明日に準備して、明後日に出発、今日から3日後に到着予定だ」
「じゃあ明日は訓練を休みにして迷宮探索の支度をしましょう!」
「なあ」
「はい!」
「返事じゃなくてさ……」
「はい! 何でしょう?」
彼女は小さく小首を傾げた。
ポンコツだけどこういう仕草はめっちゃかわいいんだよなぁこいつ。
「まさかついてくるの?」
「え、何を今さら……師匠もしかして熱でもあるのですか?」
「熱なんてねぇーよ……、まぁ来るなとは言わねぇ。けどよ俺が今から行くダンジョンは新造最難関迷宮っつって、その辺のダンジョンとは桁外れに危険な場所だ。何かあったとき100%お前を守れる保証がねぇ」
「危険は承知です。私は私の身を護れます」
「けどなぁ──」
「私のいるところは師匠のいるところ! 師匠のいるところは私のいるところ! これは摂理ですよ、摂理!」
そして何より、と彼女は続け、
「私は、貴方を一人にはしたくない───」
凛とした佇まいで、はっきり告げた。
○○○
竜宮院パーティの泊まる宿。
彼らのことを考えると胸をかきむしりたくなるような衝動に襲われる。
だから、彼らには手短に用件だけ伝える。
『三日後の正午ダンジョンに潜る。来るなら来い』
それだけを手紙に記し、彼らに渡してくれと、宿の女将に手渡した。
最大の懸念材料であった彼らとの
臆病な俺は、宿から離れると、ほっとした自分に気付いた。
無性にエリスの顔が見たかった。
○○○
「久しぶりだね山田。この世界のためにも共に戦おうではないか!」
はっは! と笑いムダにイケメンがムダにイケボを発した。
竜宮院は、いつも通りだ。俺に引け目なぞ感じていない。
俺と仲の良かったパフィが、ミカが、アンジェが俺に以前では考えられない無関心な目線を向けても、彼は何も思わない。
まるでそれが当たり前かのように、俺に接する。
竜宮院の右腕を掴みしなだれかかったアンジェが「勇者様の前に立ちはだかる有象無象は私が滅ぼすわ!」と気勢を上げた。
ずっと一人きりで頑張ってきたアンジェは自分と共に立ってくれる同士を求めていた。
孤独の中、虐げられてきた彼女は、誰よりも寂しがり屋で、誰よりも仲間を大事にする女性だった。
左腕に侍ったミカは「なら私は、勇者様を苦しめる全ての苦痛から勇者様を御守りいたしますわ」と対抗意識を燃やした。
生来から持ち合わせた慈愛の心───俺にはない彼女のその心根を俺は尊敬していた。見ず知らずの他人のために全てをなげうつことが出来るのがミカという女性だった。
「まあまあ二人ともかわいいね! 僕のために争わないでくれよ! 仲良きことこそ美しきかな!」
女性を二人も侍らせておいて、あまりにも空虚なセリフだった。
竜宮院はおもむろに俺の隣に佇むエリスへと、上から下までまるで物色するかのように視線を向けた。
「ちょうどいいね」
「ちょうどいい?」
一瞬、意図が掴めずに聞き返した。
「そう。ちょうどいい。山田もちょうどいいとは思わないかい?」
何がだ?と、答えようとしたとき、確かに竜宮院の瞳の中にある下卑た光を見たような気がした。
「勇者。聖女。魔法使い。剣聖────まるでお話の中の勇者パーティみたいじゃないか!!」
竜宮院は異常なほどの大きな声を上げ、下手な役者のように両手を広げ、ゲラゲラと、何が可笑しいのか、バカみたいに笑い続けた。
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