第11話 剣聖②

○○○



「参りました」


 数度の剣戟を交わし、俺は彼女の喉へと剣先を突きつけた。


「やっぱり、私には……」


 剣を持たない左手で目元を隠し、彼女は上を向いた。

 肩を震わせる彼女がやけに小さく見えた。


 出会ったばかりの俺に掛ける言葉なんてなかった。

 出来ることは彼女が落ち着くまで彼女の側にいることだけだった。




○○○




 しばし時間が経ち、


「エリスは父ちゃんのこと好きか?」


 俺は彼女に尋ねた。


「……私は、父を誰よりも尊敬しております。

 自分を厳しく律し、他者の気持ちを慮れる父を」


 確かに団長は彼女の言うとおりの人間だった。

 でなければ、一月もの間不休で素人が一人前の戦士になれるように訓練をつけ続けることなど出来ない。


「ならよエリスの父ちゃんを信じるなら、その父ちゃんがべた褒めした俺を信じてみないか?」


「貴方を………? それは───」


「まだ会って、それほど時間は経ってねぇ。俺の人と為ひととなりを信じるには圧倒的に時間が足りてないのはわかる。

 けど、お前のこれからのこと、俺に任せてもらえねぇか?」


「え……それは……もももももしかして、私のことをもももも貰い受けけけけけけけけ───」


 顔のみならず耳まで真っ赤になったエリスを見て、はたと気付いた。


 あれ、これ勘違いしてね?

 俺が勘違いさせたの……か?


「違ぇ違ぇ! そういう意味じゃなくて!」


 俺の言葉が届いてないのか、


「いけません! いけません! 殿方と! ヤマダ様と!? けど…! だけど……! ひぁああああ!」


 ぐりんぐりんぐりんと頭を振って悶えるエリス。


「騎士団を作れるくらいの子供達が欲しいのですか!?」


 言ってねぇよ(被せ気味)。


 己を厳しく律し続けてきた彼女は、どうやらそういった面に耐性がなく、存外ポンコツだった。






○○○




 剣聖であるエリスは、小さい頃から剣技に一筋だった。

 彼女のベースとなる剣技は、彼女の父や騎士団のものと同じ、ソード流剣術と呼ばれる流派のものだった。


 彼女と交わした剣からは彼女の実直さが伺えた。

 最短での打ち込みに利にかなった切り返し。

 それらは彼女が長きに渡って積み重ねてきた鍛練の賜物であった。

 

 けれど彼女の他を凌駕する剣技には瑕疵があった。

 彼女の剣技は素直過ぎるのだ。

 生来の実直さや正直はときにマイナスとなってしまうものなのだ。


 何も彼女が弱いと言っているわけではない。

 身体能力が同レベルの相手なら歯牙にもかけないだろう。

 たとえ彼女よりも5,6段階上の身体能力の持ち主でさえ彼女と戦えばあっという間に負けるはずだ。


 そもそも彼女は剣技に関するスキル以外にもレアとされるスキル《豪腕》《力補正:大》を所持していた。

 他をはるかに凌駕する剛力でソード流剣術を自由自在に操るのだ。その相乗効果の前では、アルカナ騎士団の副団長でさえ彼女には圧倒されるだろう。


 けれど、それだけだ。


 エリスは俺にはもちろん、自分の父である騎士団長にも敵わない。


 ただ、それは現状での話だ。

 俺は彼女との打ち合いで、彼女の潜在的な能力に気付いた。

 彼女自身、己の持ち味の全てを理解出来てはいないのだ。


 これは訓練(地獄)と鍛練(地獄)の果て(地獄)に鍛え上げた動体視力を持つ俺だからこそわかったことかもしれない。


 そもそも、彼女と交わした剣戟の中には常人(たとえ騎士団長だったとしても)なら交えることすら出来ずに剣を真っ二つに叩き折られるレベルの振り込みも交えていたのだ。


 全力には程遠いとは言え、エリスは俺とも剣を交わすことが出来た。


 それを可能にしたのは、本人すらも気付いていない彼女のしなやかさ・・・・・だった。


 彼女には、常人離れした、水のようなしなやかさ・・・・・があった。

 しなやかさこそが彼女の実力を最大限に発揮するためのポイントであることは、俺からすれば明らかであった。


 誰しもが自分自身を見つめるための客観的な目を持つことは難しい。例えそれがどれほどの達人であろうと、自分のことを十全に理解出来ていないことは多々ある。

 もちろん、俺にしてもそうだ。

 だから彼女がさらなる高みに辿り着くには、自分自身のことを今まで以上によく知ることが重要であった。




○○○




 ギルドの訓練場に留まり、俺はエリスに感じたことを伝えた。


「なんと! 私にそのような……」


「おう、まぁなんつうか、俺で良ければ訓練に付き合うよ」


「つつつつ付き合う……?」


「違ぇよ!」


 どうしてこのポンコツ娘は……。


「訓練に付き合うって言ってんだ!」


「つつき合う……?」


「言ってねぇよ!」


「《つつき合う》とは私の読んだ小説に出てくる男性と女性がおこなうあれとそれとこれとどれのことですか?私にはまだまだ早いんじゃ……いや早くはないのか───子供達で騎士団を二つ作りたい!?」


 などと、少女は目をぐるぐると回しながらぶつぶつと何らかのことを供述しており───




○○○




 再び落ち着いたエリスにこれからの修練の方針を伝えた。

 ひたすら俺が打ち込み続けるから、彼女が捌き続ける。

 そして疲れたらポーションで回復して訓練を再開させる。

 要するに俺が王城でやった訓練のエリス版だ。


 ダンジョン探索はサクサク進み過ぎてるぐらいなので少し休息期間を伸ばしたところで支障はないだろう。

 というか、誰にもごちゃごちゃと文句なんていわせねぇ。

 潜りたいなら俺抜きで勝手にやればよかろうよ。


 そうハラに決めた。


「じゃあ、朝の六時にここ──ギルドの修練場に集合な!バシバシいくから覚悟しとけよ! っつか遅れるなよ!」


「はい!わかりました! イチロー師匠!」


「師匠だなんてガラじゃねぇ! イチローって呼んでくれよ」


「はい! イチロー師匠!」


 言ったそばから言ってんじゃねぇか!


「もう……。まぁ何でもいいか。そんじゃ解散! 俺は宿に戻るわ」


 帰り支度を手短に終えた俺は、宿へと帰路に着いた。

 その後ろをエリスがついてきた。


「エリスの宿こっちの方なの?」


「そうですね」


「どの辺よ?」


「イチロー師匠と同じ宿です」


「たまたまだよね?」


「はい! たまたまです!」


 だよなぁ、考え過ぎだよなぁ。


「イチロー師匠と同じ宿の同じ部屋です!」


 たまたまじゃなかったぁーーーーー!


「離れろ!!」

「離れません!」

「離れろよおおおおおー!!!!」

「同じ宿の同じ部屋の同じベッドです!!」


 俺はこの日、エリスとバカみたいに騒いだ。

 これからもこんな感じでこいつとバカをやっていくのかと考えたとき、どこかでそれを楽しみにしてる自分自身に気付き、全く俺も現金なもんだなぁと苦笑してしまった。

 苦笑ではあるが、俺はこのとき久しぶりに笑ったのだと後に回想することになる。




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