第10話 剣聖①
○○○
アンジェが竜宮院の元に行ってからはや一年が経過していた。
この一年の間に、俺はさらに四つの迷宮を攻略していた。しかもほとんどソロでの攻略だ。
破竹の勢いではないかと思う。
王城での報告通りだとしたら残りの迷宮は六つか。
このままのペースでつつがなく攻略出来れば、計算上では少なくとも一年半で帰還の願いが叶う、とされていた。
一年の内に変わったことがいくつかある。
パーティ編成の更なる変更がその最たるものだった。
以下が攻略時のパーティ編成だ。
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前衛:俺
中衛:該当者なし
後衛:該当者なし
勇衛:竜宮院、ミカ(勇者専属ヒーラー兼結界師)、アンジェリカ(勇者専属結界師)
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「勇衛ってなに?」
このプランを目にしたとき、純粋な疑問から尋ねてしまった俺は何もおかしくはないと思う。
ツッコミどころしかねぇぞ、と思ったそこのお前達。
そうだお前達の感性は正しい。
正しくない感性の奴が俺の側にいる、そういうことだ。
「勇者様専用のポジションです。後衛のさらに後方にある私達二人の張った二重結界の奥の奥です」
やべぇー!
なんでこんなわけわからないこと真顔で言えんの?
戦力俺だけじゃんというのは、この際もう深くは言わない。
「後ろ過ぎるだろ!」
中衛もなし、後衛もなし。
「僕達だっていつでも君に手を貸せるとは限らない。そうだろ? いつだって全てが揃ってる、なんて状況の方が珍しいのではないのかな?
なくても取り敢えずやってみる。その心構えがないと何事も始まらないし、上手くいかないよ。まぁこれは僕の好きな社長系Utuberの教えだけどね」
とは、竜宮院達からのありがたいお言葉であった。
正直なところ殺意しかわかねぇよ。
歯を食いしばって我慢していると、
「さすが勇者様」
「まあ勇者様は深い見識を備えておられるのね」
隣で謎のよいしょを繰り広げるさす勇ロボ(ミカ)とタールアイ(アンジェ)の姿は哀愁を誘った。
そうだ彼女達はおかしい。
正常な人間ならこんな提案するはずがない。
けれど彼等はこのパーティ編成を紙にしたためて、大真面目で俺に手渡してきたのだ。
編成に関しては別に構わない。
迷宮に潜って、モンスターを倒す。
俺がしなければいけないことは、いつだってシンプルだ。
すでに体をなしていないパーティ編成なんて言葉遊び勝手にやってればよかろうよ。
けれど、やけに胸がざわめくのだ。。
ミカの慈愛に満ちた穏やかさと、アンジェリカの輝かんばかりの意思の強さ───それを今の彼女達から感じなかったこと。
そのことがやけに俺の心を
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ちょうど七つ目のダンジョンの攻略を目指して、新たな街に辿り着いたころのことである
その頃はもうパーティで食事を共にすることもなく、彼等とも別の場所に宿を借りていた。
別に戦力なんて俺一人で十分だった。
だからこそ戦力を求めない俺と彼女との出会いは偶然だった。
出店で少し遅れた昼食を物色していたとき、
「少しよろしいか」
後ろから呼び止められた。
それが彼女───エリス・グラディウスとの出会いだった。
○○○
彼女を一目見たとき場違いだと思った。
彼女のいる空間だけがやけに澄んで見えたのだ。
清廉。高潔。そのいづれもが彼女を表すのに不足しているように思えた。
「大丈夫か? 体調でも優れないのか?」
腰まで届くストレートの金髪に、アイスブルーを思わせる碧眼。
一目で何らかの魔術が込められたことがわかるバトルドレスとサークレットを身に纏った美少女。
彼女の美しさに息を飲んだ俺に、彼女は少し困ったように眉を下げた。
「いや、大丈夫だ。それより俺に声を掛けたのか?」
「そうだ。もしや、貴方は勇者様か?」
「人違いだよ」
「なら、その腰の剣は……?」
俺の腰には、聖剣があった。
竜宮院からかっぱらって以降俺の物になったのだ。
「いや、こいつは貰いもんさ。俺は聖騎士山田。一応、勇者パーティの一員──ってことになっている」
「貴方があのヤマダイチローか……!!」
彼女はしばし逡巡し、
「失礼を承知でお願いしたい」
彼女は頭を下げた。
「どうか、一度私と剣を交えてはもらえないだろうか」
○○○
彼女は聖剣の使い手として将来を嘱望されていたという。
子供の頃から子供らしい遊びも一切せず、鍛練のみを友とし、自らを強く律してきた少女。
全ては剣聖になるため。
全ては聖剣の相応しい自分となるため。
それが、エリス・グラディウスという少女だった。
グラディウスという名前に聞き覚えがあったが、なんとアルカナ王城で訓練を積んでくれた、王国騎士団長の娘だという。
なんでもエリスは騎士団長から何度も俺の話を聞いていたそうな。
いわく、地獄のような地獄を耐え抜いた猛者だとか。
いわく、全くの素人から一ヶ月で最強の剣士たる騎士団長を倒すほどに成長した怪物だとか。
いわく、最凶と名高い鏡の迷宮を踏破した
どうも、騎士団長が俺のことを、娘さんに自慢して聞かせていたそうで、彼女の瞳は俺への敬意と尊敬でキラキラと輝いていた。
しかし、敬意や尊敬とは別に、彼女には彼女の複雑な感情があった。
己の人生の全てを掛けてようやく剣聖になり、やっと聖剣に相応しい剣士になれたと認められた。そんな折りに横から現れた鍛練を積んだことはもちろん、剣も握ったことのないような実力のない勇者に聖剣をかっさらわれたのだ。
清廉。正直。実直。
これらを旨にしている彼女にも忸怩たる思いがあったことは想像にかたくなかった。
彼女の気持ちはわかっていた。
俺に剣を挑んだのは聖剣を諦めるためだ。
《諦める》
凛とした佇まいのエリスには相応しくない言葉だと感じた。
だからこそ、騎士団長に恩を返すためにも、そして彼女の背を押してやるためにも俺は、
「いいぜ、やろう」
彼女の申し出を受けることにした。
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