第9話 魔法使い③

○○○


 ダンジョンに潜るに当たって問題が発生した。

 ミカが竜宮院を第一に考えたいと言い出したことだ。


「パーティー編成の変更をお願いします」


「うむ」


 端女のように竜宮院の側を侍るミカを見るのが辛かった。

 鷹揚に頷く竜宮院にも憤りを覚えた。


「変更? 変更も何も竜宮院が前衛、俺が前衛兼中衛、ミカとアンジェリカが後衛だろ? 今さらどこを変更するってんだ?」


「それでは竜宮院様が危険です。勇者様をお守りするためにも必ず変更を受け入れてもらいます」


 ミカの提示したパーティ編成は以下の様になる。





────────────────────

前衛:俺

中衛:該当者無し

後衛:竜宮院、ミカ(竜宮院専用ヒーラー)、アンジェリカ(遠距離アタッカー)

────────────────────





「これなに?」



 思わずぽろりと洩らしたセリフだ。

 俺の脳が彼女の言い分を認識することを拒んだのだった。



「チョ! 待てよ!」


 などと意見してみたものの、俺の疑問や感情は考慮されることく上記の案から一切の歩みよりがなかった。


 え、これ本採用なん?


「受け入れられないなら、私達は迷宮探索に同行しません」とのミカ側の強硬な姿勢に、悲しいかな俺は受け入れるしかなかった。




○○○




 悲しいついでに、ダンジョンの探索を繰り返していると、さらに辛い出来事に直面した。


 ミカが俺に回復魔法を使ってくれなくなったのだ。何でも、彼女は勇者様専用聖女なのだとか。専用聖女って何だよ。


「勇者様、おみあしはお疲れではありませんか?」


 心配そうなミカの声音に、


「よくわかったね、ミカ。さすが僕の聖女だ。これが助け合いなんだね。見たか山田! これが僕達の助け合いだ! これが僕達の助け合いなんだ!」


回復魔法ヒール!」


「おお! 足がすっとしてきた!」


 俺は何を見せつけられているんだ?


 竜宮院は俺に見せ付けるようにミカの腰に手を回し、声を張り上げた。

「まあ、勇者様ったら」と満更でもなさそうなミカは置いといて、実際問題ミカの回復魔法がないのは大きな痛手であった。


 毎度繰り広げられた俺の抗議は、なるべく割愛しよう。

 この場面でも、ミカは勇者ファーストを崩さなかった。


「いざと言うときに勇者様にかける回復魔法ヒール分の魔力は残さねばいけませんで」というミカの意見と、これまで通りにしろとの俺の意見とを擦り合わせた結果、



「仕方ない。そこまで山田が求めるなら……。なるほど、これが"持つ者"が"持たざる者"へ"施しを与える"ということなのか……」



 竜宮院が何か一つの真理を見つけたかの様にポツリと呟いた。


「テメェ! ダンジョンの敵討伐率俺100%なんだぞ! ちなみにテメェは0%だ!」とか、

「ミカもこれまで魔力切らしたことないだろ!『私の魔力は無尽蔵☆』みたいなこと言ってたじゃねぇーか!」などと言いたいことはいくらでもあったが、何とか堪えた。


 こちらの心情を考慮することなく、竜宮院さんサイドからは"与える"などという、上から目線のイラつかせる言い回しで、ダンジョン探索をするに当たってミカが二回だけ回復魔法ヒールを使ってくれることになった。


 けれどたったの二回の回復魔法ではどうしようもないので、結局大量のポーション頼みになることは明白であった。



○○○



 探索を続けながら、


「何あれ? あの二人ヤバくない?」


 アンジェの疑問は至極当然のものだと思った。


「やべぇよ! どうしてこんなことになっちまったんだか……皆目検討もつかねぇよ」


「たとえどんな理由があってもあの態度はダメよ。特に聖女様の方。どうして仲間へのヒールを勿体ぶるの?」


「あまり、ミカを責めんでやって欲しい」


 あんなでも、半年は背中を預けた相手なのだ。

 一時は、お互いに心の深いところでの繋がりを感じた相手なのだ。だからそれが幻想であったとしても、アンジェからミカのことを責められると、我が身が責められているように苦しかった。


「だからってッッ───!」


 堪えきれぬ思いが塞き止められなかったように、


「私がヒーラーだったらこんなに傷だらけになっても闘い続けるイチローをほったらかしになんて絶対にしないのに!」


 彼女は涙をこぼし声を上げた。


 肩を震わせる彼女を前に、俺はいつだったか彼女と街中を歩いてるときのことを思い出していた。



○○○



 二人で雑貨の買い出しついでに散歩しているときのことだ。

 偶然彼女の学園時代の同級生達と鉢合わせたのだった。


 どいつもこいつもがいけすかない奴でアンジェに出会うや彼女をバカにし始めた。


「まだ魔法使いをやってるの?」

「お隣の可哀想な冒険者さんを紹介してくださる?」

「彼女みたいな初級者ファーストグレードなんて捨ててしまった方が貴方のためになりますよ?」


 アンジェを侮蔑したバカげた嘲笑に対し「余計なお世話だ!」と声を荒げた俺を尻目に、けれど彼女は全く意にも介さず、


「イチロー!バカ達はほっといて行くわよ!」


 と自信に裏付けされた笑顔を見せた。


 自分は傷付けられても平気だけど、仲間である俺が傷付けられたら怒る──それがアンジェリカという気高い女性だった。




○○○




 少し拍子抜けではあるけど、探索自体は前回ほど苦労はしなかった。

 ダンジョン自体に慣れたのもあるが、この頃になると単純に俺が強くなっていたからだ。

 そりゃそうだ。回復魔法頼りとは言え、ほとんど単独で禁種指定された凶悪なモンスター共を撃破したのだ。


 加えて、鏡の迷宮でのボスを撃破したときから、自分がそれまでとは明らかに異なる、一つ上のステージに上がったような万能感にも似た感覚があった。



 それが勘違いでないことは時間を経ずに実証された。


 前回のダンジョンでは撤退を繰り返さざるを得なかった下層のアダマンタイトレベルの硬度を誇る、甲殻類系のモンスターを一撃で断ち切ることが可能となったのだ。


 俺が次々にモンスターを切り裂いて、アンジェが《私の世界ジ・ワン》で敵を粉砕していき、気付いたときにはボス部屋の前に到着していた。





○○○




 ボス部屋の重々しい扉を開けると、目の眩むような光をまとった女性天使型モンスターが、ばさりと、純白の翼を羽ばたかせた。


 なるほど、俺達が二番目に挑んだダンジョンの名前は《光の迷宮》だ。

 まさかとは思いつつも、俺が何度も《天使》を切りつけても効果がなかった。それならばと魔法剣によるダメージを狙い《光のサイリウム》で切りつけるも、ダメージを与えることは叶わなかった。


 最後の確認として《光時雨レイン》を飛ばすも、予想通り全くの無傷だった。

 

 二番目のダンジョンボスは物理を完全に無効化する相手だった。

 それどころか俺の光魔法が効いてる様子すらねぇ。

 物理攻撃が無効な上に、光魔法すらも無効にした。


 ギルマスであるプルミーさんの嫌な予感が当たってしまった。 


 相手は純粋に俺の天敵だった。

 俺にとって絶望的な展開が待ち構えていた。


 ただそれはアンジェがいないときに限っては、だ。

 そうだ、今の俺にはアンジェがいる。


 俺は敵のヘイトを一身に背負い、タンクに徹することに意識を切り替えた。


「アンジェ! こいつを一撃で滅ぼせる魔法を頼む!!」


「任せて!!」


 力強い彼女の返事が、俺の心に火を着けた。

 彼女の存在が、頼もしかった。



○○○



《天使》は格ゲーの近距離専用キャラみたいな動きで、その長い手足を自在に扱い途絶えることのない連撃を繰り出してきた。


 俺は必死に捌き続けた。手数が多い。そして技が多い。《天使》はモデルのように長い両手両足を変幻自在に振るい、本人は物理無効のくせして、物理的暴力たる多様な技の高速連撃を雨霰あめあられのように俺に浴びせ続けた。

 俺は戦局を立て直すべく距離を取り大きく息を吐き出した──その瞬間、


《天使》の輝かんばかりの翼から無数の羽が射出された。


 間一髪で俺がその場から飛び退くと、後方からパリィン! とガラスが割れるような音が響いた。

 遥か後ろで竜宮院を護るべく待機していたミカの結界が貫かれた様だった。

 後方へ顔を向けると、俺の心配は杞憂らしく次はより強固な結界を張り、さらに後ろのもはや入口手前まで退避していた。


 羽の射出による攻撃は生半可ではない貫通力を発揮した。

 あの羽は単なる物理的威力の範疇を大きく超えていた。ミカの張った人類最高レベルの結界を貫くことを可能にする、何らかの強力なバフが掛かっているに違いなかった。


 俺が何度も瀕死にさせられた《鏡の迷宮》のボスでさえ、ミカの結界を破るには至らなかったと言えば、そのヤバさもわかろうものだろう。 


 俺は羽による射出で穴だらけになった自分自身を想像してしまい背筋が凍えた。

 ミカの結界すら破る攻撃だ。一撃でも貰うわけにはいかなかった。


 俺は《天使》の羽を避けつつ羽による攻撃の弱点を探り続けた。しかしその全ては無駄であった。

 射出距離と射程範囲があまりにも長く、そしてあまりにも広過ぎた。


 近距離、中距離、遠距離、部屋のどこへ移動しようともお構いなしに、俺という最高レベルの聖騎士職のガッチガチの守備を貫かんとする高威力の攻撃をバンバン放つモンスター──それこそが《天使》の正体であった。



○○○



 俺に出来ることは《天使》の攻撃を捌き、ダメージが溜まるとポーションを飲み、アンジェの魔法が発動するのをひたすらに待つことだけだった。


「まだか!?」


 彼女は呪文を高速で呟きながら、俺に軽く首を振った。



 ───ごめんね、もう少しだけ耐えて。



 彼女の真っ白になるまで握り込んだ掌から赤い血が流れた。

 痛いほどに彼女の気持ちが伝わってきた。



 後ろからは、「痛いィィィィィ!」と剣を鞘から抜いたときに指を切った竜宮院に、「《回復魔法ヒールゥゥゥ!!》」と声高く、そして力強く援護(?)するミカの声が聞こえたが、俺は気付かない振りをした。



 アンジェの切り札たる魔法の発動は思った以上に長く、《天使》との勝負は、いかに俺が彼女の発動時間を稼げるかに掛かっているものと思われた。


 俺は《天使》に対する遠距離からの攻撃手段を持たず、凶悪な羽の射出を考慮し、近距離戦闘を余儀なくされ、間断無く襲いくる、骨に響く高速の連撃を捌いて捌いて捌き続けた。

 攻防の拮抗はまさに綱渡りであった。


 そこにきて相手の攻撃のギアがさらに一段上がった。

 連撃の勢いが増した。

 その先は激流だ。

《天使》の攻撃速度が際限なく増し始めた。

 捌く捌く捌く捌く。そのたびに連撃速度は高まった。

 俺の反応速度限界はもうすぐそこだった。


 そしてついに───《天使》の放った下からの蹴り上げが、空気を切り裂く音と共に鞭のようにしなった。


 しまった! と思ったときにはもう遅い。

 俺のガードが『バチィン!』と音を立てて弾き飛ばされた。

 もはや《天使》の連撃が完全に俺のガード許容閾値いきちを上回ったのだ。


 


 リカバー不可のガラ空きのボディ。

《天使》の拳に莫大な魔力が集中した。


 クッソ! 間に合わねぇ!!


 次に来たる破滅的な一撃に備えて俺は歯をぐぐっと食いしばった。それだけが出来ることだった。


 南無三!!


 その瞬間、ようやくアンジェの声がフロアに響いた。


「完成よ! 離れて!!」


《天使》がアンジェの声に気を取られた隙に、俺はその場からすぐさま離脱した。



「《ナルカミィィィィ》!!」



 アンジェの力ある言葉と共に、みるみる内に生成された積乱雲から、極大の稲妻がほとばしった。


「ひバババババババアアアーーー」「勇者様大丈ババババババ!!」稲妻の効果範囲から奇声が聞こえた気がするがここでは無視していきたい。



 彼女の切り札の一つである《ナルカミ》。


 いづれもが初級で、水魔法、土魔法、火魔法、光魔法の四種を複合した彼女以外に再現不可能な術式。

 聖女にも匹敵しうるほどの彼女の魔力が尽きるか、敵が滅びるまで、絶えることなく雷を浴びせ続けるという凶悪な魔術であった。


 勝負はまさに鎧袖一触と言えた。


 バリバリバリバリと数分以上に渡って終わらない稲妻にさらされ続けた《天使》は、亡者のような叫び声を上げ、やがて霧散した。




○○○



 前回の方針と同様、俺はこの街のギルドマスターには大事にしないようにと釘を刺し、ダンジョンの状況などの様々な詳細を報告した。

 遠足は家に着くまで遠足理論かな? などと独りごちながら今にも休みたい身体に鞭打ち、パーティでの仕事を優先した。


 ミカや竜宮院と食事を共にする気分にはなれなかったので、街の教会に集合し、ダンジョン探索での儲けを分配することになった。


「これでいいだろ。まあ極力無駄遣いしないでくれな」


「勇者は資産管理もしなければいけないのか。二足のわらじ。デュアルタスク。ふむ、これが勇者の辛いところか……。

 そうだ、知ってるか山田! 資産は預けるよりも運用すべきだってことを。以前見た僕の大好きな投資系UTuberが言っていたことだ。資産は投資してこそなんだよ。資産側も僕に投資されて本望だろうよ」


「さすが勇者様ですわ」


 投資投資って何だよ! こっちは心が凍死しそうだっての! そもそも資産側ってなんだよ。


 戯れ言をべらべら語る竜宮院に、壊れたさす勇者ロボと化したミカの二人の会話がとてつもなく空虚なものに思えた。


 立ち止まっていても虚しいだけだ。俺は二人に背を向けて出口へと向かった。


「アンジェ戻るぞ。戻って飯でも食おう」


 視界に入ったアンジェは頬を紅潮させ、



「ちょっと待ってヤマダ様、私伝えないといけないことがあるの」



 ヤマダ様? 俺のことはイチローって───。

 まさか! 二度あることは───


「私は、この世界を救う旅を、貴方と共に出来ることを誇りに思います。これからも、もっともっとよろしく───」


 彼女は抱き付いた。



「─────お願いしますね、勇者様!」





 たまげたなぁ。


 これ以外に何と言えるのか誰か教えてくれよ。

 彼女のあれだけ眩しかったアーモンドアイがどろどろに濁っているように思えてならなかった。


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