第8話 魔法使い②
○○○
次のダンジョンの街までは一週間ほどと、比較的近いところにあった。
前回が三週間だったのと比べ、竜宮院からそれほど不平が挙がらなかった。
ただ馬車旅をするに当たり非常に辛いことがあった。
目的の街までは馬車二台で向かうこととなったのだ。
「あっ(察し)」となったそこのお前達。
そうだ、お前達の想像は恐らく正しい。
一台には、竜宮院とミカ。
もう一台には、俺とアンジェリカ。
二人から提案された俺は、四人でいいじゃないかと食い下がるも二人により一蹴。
「私は聖女です。その本分は勇者様と世界を救うこと。
聖女は勇者様の盾となりいついかなるときでも側におらねばならないのです」
彼女の話し方は、出会った頃のミカを思わせた。そしてその表情からは、ミカと俺との間に今だかつてない距離を感じさせた。
「その通りだよ山田。護国に救世───それこそが勇者の本懐。
成し遂げるためにも聖女が僕の側にいるのは必然」
救世? 護国?
お前がこれまで何をした!
怒りで視界が一気に赤くなった。
俺は竜宮院に一発食らわしてやろう掴みかかろうとした───けれどそれは叶わなかった。
「ヤマダ様、勇者様に手を上げてはいけません」
彼女の張った結界により弾かれて阻まれてしまったからだ。
言葉少なく、俺の前に飛び出した彼女の硬質な表情は、どうしても以前と同じミカとは思えなかった。
このとき初めて、俺とミカとの間に横たわる溝はあまりにも深いのだとようやく悟ったのだった。
○○○
馬車の旅はもちろん街に着いてからも、馬車の割り当てと同じように過ごした。
竜宮院はミカと、俺はアンジェリカと。
前回の《鏡の迷宮》踏破から、自分を酷使し過ぎたと反省し一ヶ月は休もうと考えていた。
彼らがどのように過ごしているかはわからない。
俺とアンジェリカは魔法の研究をメインに過ごした。
俺達二人は、アンジェリカの部屋に菓子を持ち寄り、魔術理論について話し合うことも多く、実りの大きい期間を過ごすことが出来た。
○○○
「だからさ、この前見せてくれたライトの魔法あるじゃん?
あんな感じでさ、初級の火魔法を大量に出せないの?」
「それは出来るけど、たくさん出したとこで所詮は初級の火魔法でしかないの」
十の初級魔法をぶつけたところで中級一つでかき消されてしまうのだという。
「じゃあさ、初級火魔法を火種のように出来ないの?」
「火種? 出来るけどそれでどうしろと……?」
「火種を敷き詰めて一気にそれを爆発させてやればいいんじゃないか?」
「─────ッッ」
アンジェリカが驚いた顔で俺を見た。
「他にもさ、火種と初級魔法を交互に発動して、連鎖爆発を起こすとかさ」
「ちょっと! ちょっと待って! メモするから!」
「そんでさ、それらの手順を一つにまとめた術式を創れないかな?」
俺の何気ないアドバイス(アドバイスと呼んでいいものかわからない)を聞いて、アンジェリカはあごに手を当てて何やらぶつぶつと呟き出した。
こうして俺とアンジェリカが二人でいるときは、俺の思いつきや、日本で読んだ漫画の知識なんかを話し、二人で検証を重ねていった。
○○○
ばら蒔いた火種を一度に爆発させる《フレア》。
火種と初級魔法で連鎖爆発を無限に起爆させる《
単なる初級魔法のウォーターボールをアンジェリカのスーパーコントロールで超超超圧縮したミスリルさえも断ち切るウォーターカッター《
極薄の氷の膜と空気の層とを交互に挟んだ、超複数断層を作り強力な物理防御壁とする《
これらをはじめとする一撃必殺の破壊力を持つ魔法を、俺と共に幾つも開発していった。
そして彼女のこれらのオリジナル魔法の数々を《
もちろん俺の魔法に関しても二人でオリジナルの光魔法を多数開発した。
ここでいくつかを紹介したい。
収束した光を極細に纏めたレーザー《
このレーザーをさらに細かく飛ばし広範囲の面を制圧する《
膨大な量の光魔素を聖剣に圧縮し宿らせる《
プリズムの間に存在する別次元である光空間へと対象をぶっ飛ばす《
このように後衛の魔術師であるアンジェリカが加わっただけでなく、俺個人にも多数の強力な魔法攻撃の手札が加わったのだった。
これまでに多くの魔術を作り上げた俺とアンジェリカは彼女の部屋で研究と称し、いつものように二人でうだうだと雑談に興じていた。
終盤には俺は果物のジュースで、アンジェリカはハチミツ酒を呑むのが最近のお決まりだった。
「あのさ、私最近ホントに楽しいんだ」
「急にどうしたんだよ?」
「私さ、実はあんまり友達とかいなくって」
あはは、と笑いながら彼女は言った。
「でさ、イチローはさ、私をバカにせずに話を聞いてくれるじゃない? それにさ私と同じ目線で話してくれるじゃない」
「それは俺のセリフだよ。俺だって今じゃ楽しく話せるのはアンジェだけだよ」
「魔法の研究にしても自分のことみたいに熱心にさ」
「そのことにしても、俺も楽しかったからお互い様だよ」
「ううん、私こんなにも人と一緒にいて楽しいと思えたのは、十歳のあの時以来よ」
その真摯な声の響きに、俺は伝えるべき言葉を悩んだ。
「ありがとね、イチロー。私、ホントはね世界を救うとかどうだって良かったの……、イチローといることで、燻っている現状を打破出来たら、今まで私をバカにしてきた実家や、学園の関係者達に一泡吹かせられるんじゃないかって…」
最後は、掠れるような声でアンジェリカは言った。
「軽蔑したよね」
すがるような、泣きそうな彼女に、
「違う! 俺は軽蔑なんてしない!」
俺は力を込めて否定した。
「俺だって同じだ」
もし今の生活にアンジェリカがいなかったら……。
嫉妬心を抱えた生活を俺は一人で乗り越えることが出来ただろうか?
「俺だってお前に救われたんだ」
アンジェリカは涙を流す俺を抱き締めた。
「これまでのことを話して」
これまで以上にお互いを知ろうと誓い合った俺達二人は、信の置ける仲間に、いやそれ以上に、お互いに取ってかけがえのない唯一無二の存在になった。
○○○
休息期間の一月が終わった。
ダンジョン探索を再開するに当たって、一つ問題が生じた。
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