第7話 魔法使い①
○○○
ミカと竜宮院の抱擁は俺に強烈なダメージを与えた。
使命も何もかもを忘れ、なわばり争いに敗れた昆虫のように、俺の脳では変な脳内ホルモンがドバドバ放出されていた。
そのためか無力感にも似たやるせなさを感じ、俺は独り惨めに自室に引きこもっていた。
当時の俺は暗い部屋のベッドの上で布団に包まり、「どうしてなんだよぉ!」と地下生活を強いられたギャンブラーのような叫び声をあげていたのだった。
どうしてもこうしてもない。
考えても答えの出ないことがあるのだ。
そんな単純なことすら分からないほどに、俺は思考の袋小路にはまり込んでいたのだった。
そして、立ち直る切っ掛けのないまま、休養だと自分自身に言い聞かせ、結局のところ《鏡の迷宮》を攻略してからほぼ二週間ものあいだ、俺は宿に引きこもり続けた。
これはちょうどそんな
俺の宿泊してる宿にギルドマスターが訪ねてきた。
○○○
ギルドマスター(エルフ!)───彼女は、ダンジョン攻略に関する俺の報告を聞いて、最悪の展開を危惧したのだった。
《水晶のヒトガタ》は魔法反射特性を持つモンスターだった。
だからこそ今回は物理ごり押しの俺一人での攻略は可能であった。
そこで、ギルドマスターは考えた。
これから先、他のダンジョンを攻略していくにつれ、物理無効のボスも出現するのではないか? と。
確かに、その可能性は無視できないだろう。
ならば危険性を鑑みて、有能な魔法使いの人材を紹介してくれないかと、俺はギルドマスターへと願い出たのだった。
俺がギルドマスターと相談したその二日後、彼女によって連れてこられたのが魔法使いのアンジェリカだった。
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エルフのギルマスに連れてこられた彼女と初めて会ったとき、彼女の瞳を見て俺は息を呑んだ。
吸い込まれそうだと錯覚したのだ。
きらきらと輝くアーモンドアイは彼女の意思の強さを表していた。
強く目を惹く赤髪は美しく豪奢で、頭には魔女の代名詞たる大きな魔女帽が乗せられていた。一目見るだけでわかるほど魔術に優れた希少な素材で作られた黒のローブを身にまとい、彼女───アンジェリカは俺を見据えた。
○○○
アンジェリカ・オネスト。
彼女のフルネームだ。
家名のオネストに関してアルカナ王国の人ならば知らない人はいない。
優れた魔法使いが多いとされるアルカナ王国の中でも、特に傑出した魔法使いを代々輩出し続けてきた名家だ。
アンジェリカはそんな名家で落ちこぼれだと蔑まれていた。
しかし、彼女が子供の頃は、元々、聖女に匹敵する魔力量の持ち主として将来を有望視されていたのだった。
潮目が変わったのは彼女が魔法の使用を許可される年齢である十歳(破ると罰せられる)になったときであった。魔法を使用する機会を得たことで、膨大な魔力量を誇る彼女には重大な欠陥があったのだと判明することとなった。
彼女は、先天的に魔力放出孔が小さく、何度やっても初級魔法しか使えなかったのだった。
けれど───と俺の眼前にいる彼女が発した。
「私は魔力量と魔力操作ならこの世界の誰にも負けない」
彼女の紅い瞳に焔が灯った───ように見えた。
○○○
しかしギルドマスターはなぜ現段階で無力に近い彼女を俺の所へと連れてきたのか、という疑問が浮かんだが、これには彼女なりの理由があった。
実家からも落ちこぼれとされたアンジェリカは、ギルドから斡旋される魔石に魔力を込める仕事をしながら、国立アルカナ学園の学費を自力で支払い、落ちこぼれだと周りに蔑まれながらも、必死に卒業したのだ。
その姿を間近で見ていたギルドマスターはアンジェリカの保護者として何とかしてやりたいと思ったそうだ。
○○○
「だからって、何で俺なんですか?」
「頼むよ。君の異世界人ならではの発想があれば、彼女を飛躍させることが出来るかもしれないんだ」
ギルドマスターはその美しい
「頼む。私では彼女の力にはなれなかったんだ。だからこそ君ならあるいは───」
それに、と続け、
「彼女が自分の莫大な魔力量を生かすことが出来れば、絶対に歴史に名を残す傑物になる! 私の長年の勘がそう言っているんだ!」
それまではどこかクールなイメージの彼女が声を荒げた。
ここまで言われて断れる奴もいないだろう。
「わかりました。ただ彼女にもダンジョンに同行してもらいますが、彼女からの了承は得ていますか?」
横から彼女が答えた。
「当たり前だわ! 危険も承知の上よ! 私、絶対に貴方達の役に立つわ!」
ほー、自信満々やないの、じゃあ一丁どんなもんか見てやろうやないかーい、などと考えていたがよくよく思い返すと初級魔法しか使えないのだ。
そんな俺の表情からギルドマスターは心情を読み取ったのか、アンジェリカに顎で何やら促した。
アンジェリカがちょいと何かを呟くと(詠唱短縮と言うらしい)、部屋中に光を極限まで絞った光源が数え切れないほど浮かび上がった。
「わかった、わかった。消して消して! 眩しくて何も見えねぇ!」
要するに彼女は初級魔法しか使えないが、莫大な魔力量と圧倒的なまでに精緻な魔力コントロールを持っているのだ。
これは俺に対するデモンストレーションだった。
生まれつきの素質による魔力量とは異なり、魔力のコントロールは素質よりも訓練が重要だと聞いたことがあった。
その圧倒的なコントロールを手にするまで、彼女はどれほどの鍛練を積んだのだろうか?
ギルドマスターによると、彼女を初級魔法使いだと蔑視する輩は少なくないのだと。
アンジェリカの家族を含めた多くの輩が、彼女に、訓練なぞしたところで無駄だと、愚かだと、彼女をバカにし、その努力を踏みにじるような暴言を吐いてきたのを目の当たりにしてきたのだと。
その全てに挫かれることなく、彼女はここまで己を研鑽し、ここまで己を高めたのだ。
それは辛く険しい棘の道だったろう。
俺はもう、彼女のことを単なる初級魔法使いだとは思わなかった。
彼女は卵だ───それも英雄の。
俺は確信にも近い何かを覚え、彼女に手を差し伸べた。
「まぁなんだ、これから長い付き合いになるかもしれない。どうかよろしく頼む。俺と共に戦ってくれ」
ぐっと勢いよく俺の手を握りしめた彼女は、
「喜んで! 私こそ世話になるわ! けど絶対に後悔はさせないから! ね、聖騎士様!」
俺の眼を見つめ、答えた。
俺は、彼女を美しいと、そう思った。
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