第6話 聖女③
○○○
俺達の挑んだ第一のダンジョンは《鏡の迷宮》だった。
そしてこれは《鏡の迷宮》の最深部へのラストアタックを明日に控えた夜の話だ。
窓から射し込む月明かりが煩わしかった。
眠れない夜だった。
何度も寝返りを打ったけれど、明日の不安が頭から離れなかった。
ちょうどそんな感じでウダウダしていたら、ノックの音と共に「起きてますか?」とミカの声がした。
起きてるぞ、と返事をしてミカを部屋に招き入れた。
「どうした?」
俺が尋ねると、
「……眠れません」
少し、頬を膨らませてそう答えた。
「ミカでもそんなことあんだな」
「私を何だと思ってるんです?」
「完全無欠の聖女様」
もう、とベッドに座る俺の隣に腰掛け俺の肩を叩いた。
この頃になると俺とミカは軽口を言い合うくらいの気安い関係になっていた。
「うそうそ。今ならわかるよ。
ミカは責任感がめちゃくちゃ強くて、無限の魔力と最高の回復魔法を持っているだけの、甘いものが好きで実はおしゃべりが大好きな普通の女の子だ」
「なんですかそれ」
元々彼女は表情が硬いので、表情がコロコロと変わることはない。けれど俺にはそれで十分だった。
眉がほんの少しハの字になるときは少し拗ねてるときだ。
彼女は王城時代から貴族から「表情が乏しい」「何を考えておるかわからん」などと陰口を叩かれていた。
けれど俺にはわかる。
甘いモノを食べたとき。
俺の世界の話をふんふんと聞いているとき。
ダンジョンで俺に回復魔法を掛けるとき。
数え挙げればキリがない。
その全てが違っていて、その全てが魅力的だった。
彼女は、ただ少しだけ自分を出すのが苦手な、ただの普通の女の子だった。
どうしようもなく俺は、ミカに惹かれていた。
こんな夜中に隣にミカがいて「心臓やべぇよ! やべぇよ!」と取り乱すくらいには心拍数がどえらいことになってたし、態度に出さないように心掛けていたもののハチャメチャに狼狽えていた。
「心を落ち着けて、よく眠れるように、何か、貴方の住んでいた国───日本の話をしてください」
平常心とはほど遠い俺に、ミカはお話をせがんだ。
「しゃあねぇな、今回だけやぞ」
と俺は内心を隠して、彼女へと一つの寓話を話した。
どうしてその話を選んだのか、出来ることならやり直したいくらいだ。
○○○
「『ああ、見られてしまったのですね。掟により貴方とはもうこれ以上一緒にいることは叶いません』と鶴は若者に告げて、空の向こうへと旅立ってしまいました。若者は何故見てしまったのかと一生を悔やみながら、僧になって暮らしましたとさ、めでたしめでたし」
デジャブを感じたお前は正しい。
何故この話を選んだのか。
「それは悲恋ですね……僧になった若者よりも姿を見られた鶴の女性の方が後悔したのではないでしょうか?
ようやくお慕いしている相手と一緒に生活することになり、彼の役に立てることもわかったのに、好きな人に姿を見られたことが別れのきっかけになったのなら、もっと、もっと彼に強く念押しをすれば良かった」
彼女はうつむき、
「そう後悔したのではないでしょうか?」
ぽつりと洩らした。
俺は、既にミカのことを好きになっていた。
けれどこのとき不本意ながら別のことが頭をよぎった。
そういえば、パフィにもこの話したよなぁ。
今頃何してるんだろうか?
元気にしてるかな?
ふわふわとした、とりとめない思考は、それでも一瞬であの衝撃の瞬間を思い起こさせた。
こちらへ向けて息を切らせて駆け寄ったパフィ。
彼女は、あろうことか竜宮院の胸に飛び込んだ。
「……どうしましたか?」
俺は、
「泣いているのですか?」
俺は、
「隠さないでください。少なくとも私の前では」
俺の涙を、ミカは指で拭った。
「大丈夫です。私が側にいます」
パフィのこと、モンスターへの恐怖、ダンジョンが育ちきるまでの制限時間。
目の前に積み重なった物はあまりにも大きかった。
だから俺はこれまで、その全てから目を背け、気付かない振りをしてやり過ごしてきたのだ。
「大丈夫です、聖女である私が保証します。
イチロー、貴方なら、いえ、私達二人ならダンジョンを踏破出来るでしょう」
俺は、
「大丈夫ですよ」と彼女は俺が泣き止むまでずっと側にいてくれた。
思えばこのとき、異世界召喚されてから初めて弱音を洩らしたのかもしれない。
しばらくして落ち着いた俺に対してミカは、
「明日ダンジョンを踏破したら、貴方に伝えたいことがあります」
そう告げて、部屋を出た。
○○○
翌日、ボス部屋を前にして、ミカと俺は覚悟を決め互いに頷きあった。
竜宮院の「初めてのボス部屋だ。気を付けるべきが何か分かるかい? そんなの決まり切っている。僕の安全さ。だって僕は選ばれし勇者だからね」なんていう戯れ言を「はいはい」と流し、俺は最下層のボス部屋の扉を開けた。
それと同時に部屋が光に包まれ、目を開けると、莫大な魔力を秘めた水晶を思わせる鉱石から構成された、俺達と同じくらいの背丈をした人型モンスターがいた。
○○○
死闘という言葉をこそが相応しい闘いだった。
《鏡の迷宮》の本領がダンジョンの最後の最後で発揮された。
迷宮の主は身体が水晶で構成された人型のモンスターであった。以降は
こいつにはとんでもなく厄介な性質が備わっていた。それこそが全ての魔法を例外なく跳ね返す性質であった。
普通のパーティなら何も気付かずに、しょっぱなから持ち得る最大魔法を叩き込むも反射され全滅───なんてこともあり得るだろう。
けれど不幸中の幸いか、《水晶のヒトガタ》と俺との相性は決して悪いものとは言えなかった。
というのも、《魔法反射》という点に絞って考えてみればわかる。
アタッカーが俺だけのパーティなので、相手にミカのデバフ魔法が通じない、ということに目をつぶれば、物理攻撃オンリーの俺からすると、単なるメチャクチャ硬くてメチャクチャ攻撃力の高いだけのモンスターと言えるのだった。
けど、だからといってそれが簡単にクリア出来る
攻撃力と防御力───そのどちらもが、下層に現れた《
まさに戦いは気の遠くなるような消耗戦だった。
水晶のヒトガタの攻撃力が余りにも凶悪なので、一撃喰らうごとにほぼ致命傷となった。ミカには大きな負担となったがその
成立したといっても、そこがスタート地点だ。
俺が剣でぶった切るも、ダメージというのも
戦闘開始から数分でのことであった。
どうしようかと一瞬迷ったものの、俺は躊躇うことなくぼーっと後方で立ち尽くしている竜宮院から聖剣をもぎ取った。
その選択は完全に正しかった。
聖剣で同じ箇所を何度も何度も切りつけることでやっとダメージを与えることが可能となった。
そうして、致命傷をくらいながらも相手にダメージを少しでも与えるという、肉を切らせて骨を断つ戦法を取り、ダメージの蓄積を狙ったのだ。
一時間か二時間か、それとも半日か、時間感覚が消え去るほどの長い時間、数えることも億劫になるくらいの回数を切りつけ続けることで、俺達は《水晶のヒトガタ》をようやく討伐することに成功したのだった。
○○○
帰還した俺達は、ギルドへの報告をさっさと済ませ、盛大なパーティを開こうとするギルドと国からの申し出を固辞し、三人で街でも評判の食堂に集まった。
お互いにダンジョンでの頑張りも十分にねぎらったし、腹も膨れたとこで、そろそろお開きにしようと提案した。
「待ってください!」
ミカが俺を呼び止めた。
「私はお二人に伝えなければならないことがあります」
まさか、こんなところで?
「場所を改めた方がいいんじゃないか?」
「大丈夫です。みなさんにも知っていただきたいですし」
ミカは俺の意見を一蹴し、話を続けた。
「私───聖女ミカは貴方をお慕いしております!」
そう言って、ミカは抱き締めた。
竜宮院を。
………竜宮院を?
あっ(心拍停止)。
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