第5話 聖女②

○○○


 この世界に来てから半年も過ぎ、共に過ごした聖女ミカや竜宮院について今まで以上に知ることが出来た。



 竜宮院は相変わらずだった。


 戦闘ではからっきし役立たずではあったが、この頃になると俺が何か言わずとも何故かダンジョンには自分からついてくるようになっていた。


 ただついては来るけども戦力外であることに違いはなかった。にもかかわらず一丁前にヤジだけは飛ばすのだ。


「山田! 速く倒してしまえ! そんな雑魚に手間取っていてはダンジョン制覇なんて夢の夢だろう! 願いを叶えるのだろう!」


「黙れやこのボケェえええええ!! 状況見てヤジを入れろや!!!」


 このやりとりは俺が《大罪種デッドリィシリーズ》の中でも最強として知られる憤怒の蟷螂ラースマンティスとの戦闘中、しかもちょうどその鎌で俺の右肘から先がバッサリと切断されたときのものだった。


 何というか彼は、戦力にならないのに宿にも残らず、ヤジを飛ばし続ける不可解極まりない存在と化していた。



○○○



 竜宮院についてはまだ述べなければいけないことがある。


 俺はダンジョンの下層で倒したモンスターの素材を売り捌いて得た金を四等分(俺達3人分とパーティ運用のために資金)しているのだけど、竜宮院は金が手に入るとそういう・・・・・に行っていた。


 街中を気分転換に散歩しているときに女性を連れてる竜宮院を何度も見かけた。


「俺が血みどろになりながら稼いだ金でする遊びは楽しいか?」

「俺が血反吐撒き散らしながら稼いだ金で呑む酒は旨いか?」


 俺は喉元まで出かかった台詞を飲み込んだ。

 急に異世界に連れてこられて彼だって心細いに決まってる。

 そんな彼を追い詰めてもいいものか。

 彼の肩を掴んで『辛いのはお前だけじゃない、俺だって辛いんだ』と声を荒げるべきであったか。


 結局のところ、悩んだ挙げ句、彼に掛ける適切な言葉が見つからずに俺は踵を返したのだった。



 どうするのが正解だったのか。

 答えは今でもわからない。




○○○




 そして何と言っても、聖女であるミカのことをここでは語っていきたい。


 半年という時間は、聖女であるミカと俺との間に信頼を深めるには十分な時間だった。


 その頃には既に、聖女ミカからは「ミカとお呼びください」とのお許しが出ていた。

 俺は、彼女を「ミカ」と呼んでいたし、彼女も俺を「イチロー」と呼んでいた。


 彼女に「イチロー」と呼ばれる度に胸の奥から温かくなったことを今でも鮮明に覚えている。




○○○




 初めて王城で会ったときミカに冷たい印象を抱いた。


 だから出会ってからはじめの一ヶ月はミカの口数が少ないことや、最低限のコミュニケーションしか取らないこともあり、「聖女様は人と話すことが好きではないのかもしれない」と決めつけていた部分がある。


 言い訳をすると、俺がミカに話しかけても淡々と表情を変えずに返答することがほとんどであったからだ。

 要するにリアクションが薄く、何を考えてるのかが彼女の表情から全く読み取れなかったのだ。


 そんな俺が彼女と半年間共に過ごしてわかったことがある。


 ミカは単なる口下手だった。


 つまり俺達が十分なコミュニケーションを取れないのは、俺が彼女が話すことが苦手であることを十分に理解せずに、また彼女も自身の口下手を伝えようとしなかったからだ。


 それが判明したのは、とある出来事があったからだ。




○○○




 モンスターは何もダンジョンのみに生息するわけではない。森や山から降りてきては人里で悪さをすることもあるのだ。


 俺達が攻略中だったダンジョンのある街から少し離れた場所に村があった。当時の俺は全く知りもしなかったことだが、その村も少し前にモンスターの群れに襲われた集落だった。


 俺達のダンジョンアタックが三ヶ月を過ぎた頃になると、三人は各々適度に休日を取るように定めていた。


 俺は休息しつつも鍛練や下層のモンスター対策に時間の多くを費やしていた。


 一方の竜宮院は娼館や酒場でスーパー勇者バトルに精を出していた。

 精を出していた(大事なことn)。

 さらに付け加えるとこの頃になると昼に顔を合わせると吐息からアルコールの臭いがするなんてことはザラにあった。



 ミカは普段からほとんどの時間を俺と共に過ごした。

 鍛練を積む俺の側にいたり、俺と二人で一緒に必要な買い出しをしたり、お互いにダンジョン攻略のために意見を交わしあって頭を悩ませたりと共に絆を深めた。


 けれどある時から「用事があります」と俺から離れることが多くなった。不思議には思ったが、彼女にも一人になりたいときがあるのだろうと、それほど気にしなかった。


 彼女の行方、その謎は案外すぐ解けた。


 きっかけとなった出来事があったのだ。


 俺は鍛練を終えて宿の裏手で水浴びをしていた───これはそんなときに起こった。


「あの……」


 ミカの悩まし気な声が聞こえた。


「イチロー、少しお願いがあるのだけれど……」


 珍しく、誰が見ても分かるくらいに眉をしかめて俺に頭を下げた。


「お願い?」


「ええ、お願い」


 清貧を旨とするミカがお願いと口にしたことに驚きつつ、俺は先を促した。


「お金を貸して欲しいの……」


 ミカがグレた。ミカがグレちまった……。





○○○




 なんと聞けば簡単な話であった。

 ミカはこのところずっと、モンスターの襲撃で生活に困窮している村へおもむいて、炊き出しを行っていたという。

 今回のお願いは炊き出しに必要な費用だ。


 けど俺は、

「超超レアなモンスターを素材として売っぱらったんだ、炊き出しくらいで無くなる額じゃねーぞ。あの金があれば炊き出し300回しても余裕で釣りが余るわ」と少し厳しく答えた。


「寄付を……」


 声が小さい。


「あん? なんだって?」


「寄付したの……」


「寄付した? いくら?」


「ほとんど全額です! 私の持ってるお金を最低限残してほとんど寄付してしまいました!」


 彼女がこんなに恥ずかしそうに顔を赤らめるのも、これほど声を張り上げるのもこのときに初めて見たのだ。


 あれほど俺の身体がモンスターどもにハチャメチャにされても常に冷静に回復魔法や支援魔法を使い続けたミカが、自分の行いにはっきりとした恥ずかしいという感情を示したのだ。


 彼女は聖女としての職業に誇りを持っており、絶対に自分を飾るための嘘を吐かない。


 そもそも俺は、すでにミカを最高に信頼できる仲間だと思っていた。どんな怪我でも(致命傷ですら)、全回復してくれるのだ。


 それに俺の考えた無謀なダンジョンアタックにも弱音一つこぼさず挑んでくれている。

 しかも、パーティメンバーと言えば女性に対して気の利かない俺と、役立たずのぐうたら穀潰しである。


 プライベートでも、俺なんかの想像も出来ないほどの苦労があったはずだ。それら全てを受け入れ尚も俺のため、世界のために身を粉にして奮闘しているのだ。


 そのような苦労の果てに、稼いだ金を、己のために一切手を着けず、清貧を守り続け、躊躇いもなく、見ず知らずの他人に分け与えることが出来るのが彼女───聖女ミカだった。

 俺はこのやり取りでこれまで以上に彼女に深い尊敬の念を覚えたのだった。



 このとき不覚にも俺は、感情をあらわにした彼女をカワイイと思ってしまった。





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