第4話 聖女①

○○○



 パフィのことを考えるだけで苦しかった。

 陳腐な表現ではあるけど死ぬほど胸が痛かった。

 涙が勝手に流れるし、そんな自分を誰にも見せてはいけないので隠れて余計に涙した。

 もちろん竜宮院には何も聞けていない。


 時間が全てを解決してくれるのだろうか。

 俺はそんな甘いことを考えていた。






○○○





 さて、ここからは気分を変えて聖女の話をしたい。


 散々聖女と呼んではいたものの、彼女にももちろん名前がある。

 目ざとい人ならすでに気付いてるかも知れないが、彼女の名前はミカという。


 しかし彼女から許可が出なければミカという名前で呼ぶのは失礼だと思うのだ。だと思うんだけどなぁ。


「おいミカ! 何か菓子はないのか!」


 馬車の中に相変わらずの竜宮院のイケボが響いた。



 結界を張った馬車であるので戦闘もなく、すんなりと目的の新造最難関迷宮の付近にある街に辿り着けた。

 けれど馬車の中の竜宮院は終始傲慢に振る舞っていた。


「おい山田! 面白い話をしろ!」


 そのフリは一番嫌われるやつだぞ。

 

 こんな感じで三週間が過ぎた。

 ただちょっとした旅ではあったが収穫はあった。

 聖女ミカの人柄を朧気おぼろげながらも掴めたことだ。






○○○







 馬車の旅でわかったことがある。

 聖女ミカは意外に食いしん坊だってことだ。


 清貧を掲げる教会から遣わされた聖女ではあるものの、彼女が馬車の中での雑談にピクリと反応したことがある。

 話のテーマはズバリ甘いものだった。


 たまたまかと思い、竜宮院と聖女ミカに向かってこれまで食べてきた中で一番美味しかったアップルパイの話をした。

 出来立てのアップルパイはどれもこれも美味いけど、お高いモノになるとバターが違う。それにリンゴの味付けに洋酒を用いて工夫している。

 そんな益体もない話をしていると、


「僕は今、甘いものよりしょっぱいものの気分なんだよ。アップルパイのことなんかよりもっと他にするべき話はないのかい?」


 いつものように人に「おもしろい話をしろよ!」と振っといて、竜宮院は悪びれることなく俺に話題を変えるように催促した。


 けれど俺は見逃さなかった。竜宮院から話を変えるように言われた瞬間、聖女ミカは首を小さく振っていた。


 俺が、じぃと見ていると視線に気付き、


「私はこのままの話で構いません」


 聖女ミカは俺に甘いものの話の続きを促した。


「アップルパイ、好きなんか?」


 彼女はどこか悩ましげに返事をしあぐねていた。


「んー、わかった。

 ならよ、ちょっと落ち着いたらアップルパイ俺が作ってやるよ。ただし材料が揃えばだけどな」


 何気ない俺の申し出に、彼女はくわっと頷いた。


「お願いします」


「あいよ」


 言葉少なではあるが、彼女にも感情がある。

 当たり前のことだけど、俺は再確認出来たのだった。


 この世界に来た頃には「こいつロボットかよ」とこぼしたりもしたが、今では到底そのようには思えなかった。




○○○




 当然だが迷宮に関して城で勉強してきたと言っても、俺は実物を知らないので、素人同然だった。


 そこはもちろん王様達も配慮してくれた。

 俺達が街に着いたら、その街のギルドマスターが世話をしてくれる段取りになっていた。


 そんなこんなで街に到着後はあれよあれよと言う間に、ギルドマスター(何とエルフ!)と様々な相談を重ね、ダンジョン攻略に向けて俺は進みだした。

 

 前衛は勇者竜宮院。

 中衛はタンク兼遊撃の俺こと山田一郎。

 後衛はヒーラーの聖女ミカ。


 足りねぇんだよなぁ。足りなさ過ぎるんだよなぁ。

 というかこんなパーティじゃ全く機能しねぇよ!


 原因は明らかだった。

 前衛の竜宮城が完全なる置物だったからだ。

 というかこいつ「大丈夫大丈夫、僕に任せたまえ」なんて言ってたけど剣持って構えるだけでいっぱいいっぱいじゃねぇか!


 やべえよ! やべえよ!

 メインアタッカーが死んでて、タンクとヒーラーだけのパーティとか何これなぶり殺しにされるのを待つだけじゃん!


 不安に頭を押さえて沈み込む俺。


「聖女様は、回復魔法ヒールどんくらい使えるの?」


 聖女ミカは表情を動かすことなく、答えた。


「何度でも使えます。これまで、魔力切れを起こしたことはございません。腕が千切れようが、腹に穴が空こうが、頭が潰れようが、私なら治療することが可能です」


 俺は口をあんぐりとさせた。

 あまりにも非常識なスペックだった。

 伊達に聖女と崇め奉られてるだけのことはあるのだ。


「しゃあねぇ! 聖女様、ちょっとだけ危険にさらすけど、俺が必ず護るよ。

 だから俺が怪我したときは任せるぞ!」


 俺はこの世界に来てから何度目かの腹を括った。




○○○


 作戦は単純だった。

 俺がメインアタッカー兼メイン盾。

 聖女ミカがヒーラー。

 斥候もなし。


 正気の沙汰ではなかった。


 けどヒーラーがほぼ無限に回復魔法を使えるのなら、やってやれないことはないだろう。

 大事なのは俺の心一つであり、俺が実行するかどうかであった。



○○○



 たった二人(+竜宮院)でのダンジョン攻略は熾烈を極めた。

 ダンジョンと言えばまずは罠だ。罠を攻略してようやくスタートラインと言っても過言ではない。


 さて、ここで一度俺のパーティを振り返ってみよう。

 斥候も罠師なんてものは影も形もありゃしない。

 ならばどうすればいいのか?


 正解はどうしようもこうしようもない、だ。

 悩みに悩んだ挙げ句「聖女様、頼むぞ」と俺は腹をくくり、ぶち当たった罠は全部俺が引っ掛けて歩いた。


 毒の霧が降り注ぎ、肌が爛れたこともあった。

 槍が壁から飛び出し串刺しになったこともあった。

 もちろん槍の落とし穴にはまり串刺しにもなった。


 けれど悲しいかなこれだけの脅威であったとしても、ダンジョン探索において罠は刺身のつま《・・》みたいなもんだった。


 ダンジョンのメインと言えばもちろんモンスターだ。


 俺達が探索するのは《新造最難関迷宮》であり、並のダンジョンではない。

 二人の前に次から次に現れる常識はずれ強さを誇るモンスターの数々に悪戦苦闘は必至だった。


 けれど俺には、短期間ではあるが地獄の訓練で鍛え上げた能力と、何よりほぼ無制限に回復魔法を行使出来る聖女様がいたのだ。


 自身のダメージは全て歯を食いしばって耐えた。

 そうして立ち塞がる敵は俺が全部ぶった切ってやった。


 もちろん俺もモンスターにぶっ叩かれたし、ぶっ千切られたし、骨もバッキバキになったし、どっかに投げつけられて、壁にぶつかって、内臓が破裂したことも、盛大に吐血したことも数え切れないほどだった。


 うん、よく考えなくてもわかる。

 どう考えても作戦ミスだこれ。


 何故、竜宮院に鍛練を積ませ、戦力として運用しなかったのか?竜宮院に戦闘を任せることを諦めていたからかって?

 確かにそれはあった。


 けれど口だけは達者な竜宮院に、どう話せば、どう説き伏せたら真面目に動いてもらえるか、俺には全く良い案が浮かばなかったのだ。


 なら王城に置いてくれば良かったじゃないかって?

 情けないことに俺は、竜宮院以外には同郷が一人もおらずに心細かったのだ。


 さらに言えば、後から考えたときにわかったことではあるが、俺は心のどこかで、王城に竜宮院を置くことで姫様とさらに仲を進展させるのではないかと危惧していたのだ。


 嫉妬や寂しさや憎さなどの自分ではコントロール出来ない感情が心の中に渦巻いて、俺は戦力としてカウントも出来ない癖に態度だけは尊大なナルシスト足手まといを連れ歩くという奇妙極まりない中途半端な選択肢を選んだのだ。


 ただ、これはやっぱり間違いだったのだろう。


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 ギルドから借りた道具にポータルと言うものがある。

 ダンジョンにポータルを設置すると、次はそこから探索出来るという優れものだ。


 空間転移魔法に応用出切るんじゃないか?とも思ったけれど、どうも設置したダンジョン自身の魔力を用いて稼働しているらしく、ダンジョンの外では起動出来ないようになっていた。


 俺と聖女様の二人は、戦い続けて、一つずつ、一つずつ、着実に、確実に、深く、深くへと探索を進め、ポータルを設置しては撤退し、訓練を重ねるという繰り返しの日々が続いた。



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 ダンジョン下層には禁種指定モンスターがいた。

 一匹や二匹の話ではない。


 灰白竜カースドドラゴン反逆竜アバランチドラゴンなどの《禁指定竜種ドラゴニクス》や、強欲なグリードアントをはじめとする《大罪種デッドリィシリーズ》。


 その内の一匹が都市部を襲ったとしても単独で壊滅に追いやられるというほどのモンスターだ。

 そんな強敵相手に何度も何度も、挑んでは撤退し、撤退しては挑んでを繰り返し、ようやく撃破するという俺達の命をベットした試行錯誤を重ねた。


 薄氷を踏むかのようなギリギリの対策と、気が狂うような鍛練の果てに、ようやくその全てを退け、最深部にたどり着いたときには既に半年が経過していた。




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