第3話 アルカナ王国姫殿下②
○○○
城から出発するまでの期日が近付くに連れ、俺とパフィ姫様の仲もより親密なものになっていった。
この頃パフィ姫様が取り組んでいたのは、この世界の魔術の発展が何故滞っているのかであった。
その原因についてパフィ王女はいくつかの説を持っており、またその根拠を、数多くの文献から探し続けていた。
図書部屋で俺の対面に座ってたパフィ姫様は今では、俺の隣で座っていた。
これは俺が王城を立つ二日前のことだった。
「ヤマダ様はどうしてそこまで頑張られるのですか?」
パフィ姫様は真剣な表情で俺に尋ねた。
彼女の瞳を見たとき、彼女は俺の心の内に一歩踏み込もうとしたのだと───パフィ姫様の考えがはっきりとわかった。
下手な嘘や誤魔化しは失礼だと感じた。
「この世界を救うため、なんて答えたらカッコ良いんだけど、やっぱり俺は自分の世界に帰らなければならないからね。
だから睡眠時間を削ってまで頑張ってるのは、結局のところ自分のためさ」
パフィ姫様は瞳をそらさずに俺の話の先を待った。
「向こうでみんなが俺のこと心配してるんだよ。
特にさ、俺はじいちゃんばあちゃんっ子でさ。共働きの両親に代わってたっぷりと甘やかされて育てられたんだ」
「ヤマダ様はお祖父様達を愛してらっしゃるのですね」
パフィ姫が慈しみを感じさせる表情で問うた。
「俺はじいちゃんとばあちゃんを愛してるし、向こうも俺を愛してくれてる。
それに最近ばあちゃんの具合がちょっと悪くてさ、俺がいなくなったら結構ヤバイんじゃないかと思ってる」
「やっぱり……」
パフィ姫様は意を決したように言葉を発した。
「やっぱりヤマダ様は、優しい人です。
貴方が頑張るのは貴方の家族のため。そしてここにはおられないリューグーイン様のため。
違いまして?」
確かに違わないことはない。
俺の頑張りは、もちろん俺のためだ。
そんなのは当然に決まっている。
けれども俺の頑張りの
「私、決めました。私はこれまで自分のために姫として振る舞い、努めてまいりました。
けれども私も、国民のために───そして私の大事な誰かのために、ヤマダ様───貴方のように、私も胸を張って、自分を誇れるように邁進してまいりますわ」
そして、そして───と彼女は二度ほど続けて、
「私は、私の世界を切り拓きます」
彼女は俺の瞳を見つめ、そう宣言した。
たまに見せる憂いある表情とは異なる、彼女のその凛とした表情に、俺はもう目を離すことが出来なかった。
彼女から不思議な引力を感じた。
「世界の安寧と魔術の発展。その先に、貴方の世界があるのかもしれません。
だから私は───だから」
そこでようやく、パフィ姫は自分が何を言ってるのか気付いたようで、ボンっと音が聞こえるくらい赤面した。
「こほん」と一つ、かわいらしい咳払いをして、今さらではあるが彼女は俺に尋ねた。
「貴方をこれからは『イチロー様』とお呼びしてもよろしいですか?」
彼女は有能で、美しいと持て囃されているが、本質は俺と変わらない年の頃の少女だ。
彼女を支えたかった。
そして彼女に支えて欲しかった。
別れの季節はもうすぐそこまで来ている。
次に会えるのはいつになるのか。
離れがたい。
心の底からそう思った。
この感情を悟られてはいけない───だから俺は全てを飲み込んで───本心を隠して笑顔で答えた。
「俺達の仲です、当たり前ですよパフィ!
これからはイチローと呼んでください」
何とか作った笑顔が、彼女にバレませんように。
○○○
時が経つのは早いもので、あっという間に出発の日となった。
国から用意してもらった馬車(全然豪華ではない)に荷物を放り込む。
行き先はここから馬車で三週間ほどのところにある鏡の迷宮だ。
出発だからと言って、あまり大事にはしたくなかったので、王やパフィ姫様にも見送りは最低限で良いとお願いした。
だからか見送りは三人だった。
やたらフットワークが軽い宰相さん(俺談)。
俺を何度も何度もフルボッコにしてくれた騎士団長。
メチャクチャ世話になったお姉さんシスター長。
以上の三人である。
まず宰相さんがいつものしかめっ面で、俺の肩を叩いた。
「わしらもわしらにしか出来ないことをする。このままではダメだと貴様を見てて強く思った」
心なしか宰相さんの目の
頻繁に訓練を見に来たり、俺が勉強しているところによく差し入れと共に顔を見せに来たりしていたので、宰相なのに仕事ないのかなと心配していた。
そんな感じなので俺が「てかこの人暇なんかな?この国大丈夫かよ」と心配している一方で、宰相さんがそんな風に俺のことを評価してくれてるとは夢にも思わなかった。
「ありがとうございます。月並みですけど、お互いに出来ることに全力を尽くしましょう!」
俺の差し出した手を宰相は力強く握りしめた。
次は、一番お世話になったと言っても過言ではない、騎士団長が俺の前に立った。
「ヤマダ、君はここだけの話、すでに私の強さを超えている」
「俺が──ですか?」
俺はそこで自惚れることが出来るほど図太い人間ではない。
「自信を持つんだ。あの地獄の特訓を乗り越えた君ならやれる。私達騎士団も、国のため世界のため、己の命を尽くそう」
無事に戻った暁には娘を紹介してもいい───そう言って騎士団長は「はっはっはっ」と締めくくった。
「俺が無事に戻ったら、また訓練をつけてください」
当たり前じゃあないかと───騎士団長は俺をがっしりと抱きしめた。
最後はお姉さんシスター長だった。
シスターと言えども年頃の少女が多く、そんな彼女達をまとめていたのが彼女───シエスタさんだった。
「聖騎士様、余り無茶はしないでください。傷病伴えばすぐに聖女であるミカに頼ってください」
「わざわざ見送りありがとうございます。わかってます。聖女様がいるので百人力ですよ」
心配かけまいと力こぶを作る俺に、
「本来であれば私が貴方の回復を務めたかったのですが───私ではどうしても力及ばずでした。だから心だけは、私の心だけは持っていってください」
シエスタさんは両手を組み合わせて神に祈った。
「改めて言います、あまり無茶は───貴方は私達と何も変わらないただの少年なのに、貴方を頼ってしまって───ごめんなさい」
シスター達のいいまとめ役のお姉さんだと思っていたシエスタさん。
彼女はふんわりとした人柄で、俺が精神的に疲れたと感じた時にいつも「無理はしてませんか?」と声を掛けてくれた。
「シエスタさん、いつもありがとうございました。
俺は貴方を───貴方の優しさを尊敬しています」
シエスタさんは涙を堪えきれず、袖に顔を
三人からの出発のエールに不覚にも涙が出そうになった。
そもそも彼らにとって召喚は不本意だったのだ。
姫様と同じで「この世界のことはこの世界の人が何とかするべきだ」と口にしているのも何度も耳にした。
だからだろう、俺に良くしてくれた。
そこにはもちろん、同情や償いなどの気持ちがあっただろう。
けれどそれだけでないことも、俺は知っている。
彼らは俺達を温かく送りだしてくれた───その気持ちが何より嬉しかった。
「それじゃ、竜宮院と聖女様が馬車の前で待ってますので、この辺で。それでは!互いに己の出来ることに尽くしましょう!」
俺は前を向いて歩きだした。
その時、
「ちょっと待ってくださああああああい!!」
城の方面から、声が──パフィ姫様の声が聞こえた。
「待ってくださあああい!!」
彼女は俺のいる馬車の前に来た。
息を切らして、それでもなお、何かを伝えようと彼女は声を上げた。
「ずっと! ずっと待ってます 貴方の無事をずっと祈ってます! だから、あまり無茶はなさらないでください!」
その美しい瞳から真珠のような涙を溢し、
「無事に戻ったあかつきには、私と、私と……、私は貴方を慕っております!」
彼女は飛び込んできた。
竜宮院の胸に。
………………………ん?
竜宮院の胸に?
何故。何故。何故。
どうしても理解は出来ないけど。
そういうことだった。
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